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【21-07】ゼロコロナ政策とウィズコロナ政策の特徴とその影響

2021年11月15日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 COVID-19、俗にいう新型コロナウイルスはまるでエイリアンのように宇宙から来て人類に襲い掛かり、地球上のほぼすべての国に爪痕を残している。人類はあらゆる知恵を振り絞り、新型コロナウイルスに立ち向かってきた。しかし、新型コロナウイルスがいったいどこから来たかについては、依然謎のままである。

 世界各国のウイルス対策をみると、概ねウィズコロナとゼロコロナに大別される。どちらのほうがいいかという議論の結論を出す前に、しっかりした状況分析を行う必要がある。

 振り返れば、2020年1月、新型コロナウイルスの感染者が中国の武漢で見つかった当初、中国の科学者はもとより、世界保健機関(WHO)でさえ、このウイルスが人から人へ感染する力が弱いため、過剰反応する必要がないと主張していた。当時、日本でも一部の医療関係者はこのウイルスはインフルエンザウイルスと同等のものと指摘していた。今となって振り返れば、コロナ禍がここまで深刻化したのは人類がそれを軽視したからではなかろうか。たとえば、日本の空港での検疫と入国者の隔離措置の水際作戦は、いずれも緩いものといわざるを得ない。欧米諸国でもパンデミックに陥ってから、ようやく都市封鎖に踏み込んだ。

 再び中国に目を転じると、2020年の2月と3月こそパンデミックにより医療崩壊が起きたが、その後、思い切った都市封鎖が奏功し、感染者が劇的に減少した。中国のウイルス対策はいわゆるゼロコロナであり、一人や二人の感染者が見つかるだけで町全体が封鎖されてしまう。しかも空港での検疫が厳格に行われているだけでなく、すべての入国者に対して、今でも最低21日間の隔離措置が厳しく実施されている。厳しいというのは日本の自主隔離と違って、すべての人が強制的に隔離されるという意味である。

 2020年下期、中国では、コロナウイルスの感染抑制に成功したことで、経済活動が回復し、第1四半期こそ実質GDP伸び率が-6.8%とマイナス成長に陥ったが、その後、経済成長が第2四半期3.2%、第3四半期4.9%、第4四半期6.5%と徐々に回復した。2021年に入ってから、中国経済は第1四半期18.3%、第2四半期7.9%とV字型回復の様相を呈している。

 中国のインターネットのSNSを覗いてみると、「さすが我が国、思い切った対策によりコロナを退治できた」とゼロコロナ政策を称賛する書き込みが多い。その延長線上に専門家の間で社会主義中国と資本主義を比較してどちらに比較優位があるかの論争を繰り広げられている。

 社会制度と政治制度の先進性に関する議論は軽々に結論を出せるものではないが、民主主義においては、選挙と議会のガバナンスにより、ウイルス対策について思い切った措置を取りにくいのは確かなことである。とくに、政治指導者が選挙を意識して、ウイルス対策と経済成長の維持の二兎を同時に追わなければならないという難しい立場に立たされている。すなわち、いかなる政策をとるにしても、そのコストを意識しなければならない。

 それに対して、社会主義の専制政治において政治指導者は選挙がないため、いかなる断固とした政策もコストを無視して採ることができる。ただし、新型コロナウイルス対策のように緊急を要する対策を実施する場合、民主主義では政策決定には時間がかかるが、政策実施に伴うコストを最小化することが期待される。逆に、専制政治の場合、迅速な対応こそできるが、恣意的に政策決定がなされるおそれがあり、結果的にコストがかかってしまうかもしれない。

 ところで、ウイルス対策として、ゼロコロナとウィズコロナのどちらが効果的かについては、ウイルスの感染を封じ込める目的であれば、明らかにゼロコロナのほうがベストと思われる。しかし、それに伴う都市封鎖の影響を考えれば、ウィズコロナはむしろバランスの取れた対策といえるかもしれない。とくに、科学の進歩を考えれば、ワクチンと治療薬の開発は以前では考えられないほどスピードが速い。だからこそ、予防と治療を強化しながら、ウィズコロナの対策のほうが社会と経済への影響を最小化しながら、感染を封じ込めることができると期待されている。

 むろん、ウイルス対策を検証する際、各々の国の内情を考慮に入れなければならない。欧米諸国の事例を考察すれば、ワクチン接種により、いったん感染者が大きく減少したが、その後、再びリバウンドしている。なぜならば、これらの国において緊急事態宣言が解除されたとたん、人々はマスクを外して、飲食店で飲食するようになったからである。

 それに対して、日本では、緊急事態宣言が解除されても、公共の場でマスクの着用が求められ、ほとんどの社会構成員はマスクを抵抗なくつける。だからこそ日本では、第5波以降、顕著なリバウンドがみられていない。

 あらためて新型コロナウイルス感染対策を検証してみると、もっとも重要な反省点の一つは全地球規模のコロナ禍に立ち向かうための国際機関であるWHOが残念ながら十分に機能していないことである。上で述べたように、初期の段階でWHOはCOVID-19の感染力を明らかに過小評価してしまった。そして、パンデミックの判断もタイミングを間違い、適切な情報提供を行うことができなかった。なによりも、ワクチンの供給について十分なリーダーシップを取ることができなくて、先進国に偏在するワクチン供給になってしまっている。

 しかし、今はグローバルの時代であり、仮に先進国でウイルスの感染抑制に成功しても、ウイルスの撲滅にならない。人流が戻れば、感染が再び急増する心配がある。ワクチンは普通の医薬品と違って、いわゆる公共性の高い公共財である。その配給は市場メカニズムに委ねると、必ず偏在してしまう。

 最後に、地球環境が大きく壊れるなか、人類の活動そのものはウイルスの感染に拍車をかける可能性がある。COVID-19の起源はいまだに解明されていないが、仮に純粋に自然界のものであるとしても、人間がそれに感染し、さらに感染を拡大させてしまった。今後、二度とこのような大惨事を起こさない目的で、COVID-19の起源を解明して、感染ルートと変異のメカニズムを明らかにする必要がある。さもなければ、近いうちにまた別のウイルスが現れ、大惨事を引き起こすおそれがある。