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【21-08】中国の不動産バブルと固定資産税の導入の可能性

2021年12月23日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 中国の不動産バブルがいつ崩壊しておかしくない危険な状態にあるといわれて久しいが、実際はそのバブルはなかなか崩壊していない。むろん、崩壊しないバブルは世の中に存在しない。では、なぜ中国の不動産バブルは崩壊しないのか。

 一番の原因は、中国政府が不動産バブルの崩壊を最も心配していることにある。なぜならば、不動産開発を中心とする都市再開発の経済成長への寄与度は約30%に達しており、不動産バブルが崩壊した場合、中国経済は大きく落ち込む恐れがあるからである。中国政府は不動産バブルが崩壊しないように何とかそれをコントロールしている。

 二番目の原因は中国社会が急速に高齢化しており、年金などの社会保障制度が十分に整備されていないため、多くの地方では社会保障ファンドが資金不足に陥り、それを土地使用権(定期借地権)の払い下げの売り上げによって補っている。不動産バブルが崩壊した場合、地代が落ち込み、深刻な社会不安につながる恐れがある。たとえば、市場経済の国では考えられないことだが、不動産価格が大暴落しそうなときに、中国の地方政府は「不動産価格引下制限令」という通達を出すことがしばしばあった。たとえ取引が成立しなくても、見た目では価格が下がらないため、不動産バブルは崩壊していないようにみえる。

 中国政府はかつての日本のバブル崩壊とその後の失われた20年の教訓を学び、不動産バブルの崩壊を警戒している。しかし、それは中国政府にとってまさに前途多難の綱渡りである。なぜならば、不動産バブルを崩壊させてはならないが、このまま大きく膨らんでいった場合、早晩崩壊してしまうため、唯一の道は不動産バブルをこのままキープしていくことである。それは政策立案者にとってまさに神業といえる。

 最近注目を集めている恒大集団をはじめとする大手不動産デベロッパーのほとんどは過剰に債務を借り入れ、不動産開発を展開してきた。彼らにとって、不動産価格が上昇を続ける局面では深刻な問題が起きないが、不動産価格が上昇しなくても、たとえ横ばいで推移しても、その経営は持続不可能になる。

 では、そもそもバブルの崩壊とは何を意味するものだろうか。

 一部の読者は不動産価格の急落がバブルの崩壊であると理解されているようだが、正しくは不動産価格の急落によりデベロッパーと一般家計は債務返済が困難になり、バランスシートが壊れ、商業銀行に巨額の不良債権が現れる状況ということである。中国の不動産市場の内実を考察すれば、まさに危険な状況にあるといって過言ではない。中国政府は不動産バブルがこれ以上膨らまないようにあの手この手を使って、対策してきた。なによりも、習近平国家主席自身は国内で行った演説で「住宅は住むためのものであり、投機の対象にしてはならない」と強調してきた。2021年12月、北京で共産党中央経済工作会議が開かれ、この会議で習主席はまたも「住宅は住むためのもの」と号令し、不動産業に対する引き締めを表明している。

 しかし一方において、多くの中国人は老後の生活を心配して、当座の消費を控え、貯蓄を増やしている。日本人と違って、中国人は貯蓄をするときに、それを運用してできるだけキャピタルゲインを増やそうとする。問題なのは中国には安心して投資できる金融商品が少ないことである。かつて、国務院発展研究センターの研究員だった呉敬蓮氏は「中国の株式市場はギャンブルのようなものだ」と指摘していた。ギャンブルといわれる背景には、インサイダー取引などの不正が日常茶飯事でリスクが高いということが挙げられる。しかし結局のところ、中国人は不動産投資に走ってしまう。それを助長しているのは、これまでの20余年、上昇し続けた中国不動産価格である。

 不動産経済学によれば、マンションなどの価格は勤労者家族の年収の6倍以内であれば、妥当な水準といわれている。それに対して、中国の不動産価格はすでに勤労者家族の年収の50倍を超えてしまっている。要するに、多くの家庭にとって将来的に住宅ローンを完済することができないということである。

 中国政府は不動産バブルがこれ以上膨らまないように「不動産税」(固定資産税)の導入を検討しているといわれている。確かに日本など世界の主要国では、固定資産税の課税が行われている。日本では、毎年、路線価を基準に固定資産税の税額が算定され課税が行われている。

 中国政府が検討している不動産税の課税について、その制度設計が明らかにされていない。少なくとも路線価の調査が行われていないため、公平に課税できるかどうかが疑問視されている。否、その前に、中国で家を買った人々は建物とその土地の使用権を購入・契約したのであり、公有制の土地に対して課税するのはそもそも論理的に通じないはずである。課税できるのは建物だけであり、原価償却したあとの建物に対する課税がどれほどの意味があるのだろうか。

 たとえば、築20年以上の建物に対して固定資産税を課税しようとしても、ほとんど意味がない。一方、土地について、宅地の定期借地権は70年と設定されているため、デベロッパーの開発は5年かかったとして、それを買った時点で残りの借地権は65年しか残っていない。すでに20年住んでいる人にとって定期借地権は残りがわずか40年しかない。それに対する税率はどのように算定されるのだろうか。しかも、公有制の土地なのに、なぜ一般の個人がそれのための納税をしなければならないのかについて納得のいく説明が必要であろう。少なくとも、一人当たりの平均居住面積(たとえば30㎡まで)については免税にしなければならない。それを上回った面積を占有した場合、固定資産税の課税を行うなら話はわかる。

 もう少し中国人の住宅事情を詳しく考察すれば、問題の複雑さがさらに見えてくる。国有企業などに勤務するシニアの人々(含む退職者)は勤務先が立てた古い住宅が市場価格よりも遥かに安い価格で払い下げを受け購入して住んでいる。この人たちの住宅に対して不動産税の課税が果たしてできるのだろうか。

 そして、共産党高級幹部が住む家は国が無償で与えている。その面積も幹部の等級により異なるが、中国社会の常識を遥かに上回る広い家になっている。彼らはそもそも家賃を払っていないといわれている。その不公平感をどのように払しょくするのだろうか。

 残りは、いわゆる都市再開発の中、市場価格で住宅を購入した個人に対する不動産課税の問題である。不動産価格が大きく変動するものであり、買った当初の値段よりも今の価格が高騰しているため、それをもとに税率を算定して課税しようとすると、かなりの家庭は固定資産税を納税できなくなるはずである。とくに、そのなかでマイホームとして住宅を買った人と投資目的で買った人をどのように区別するかという問題も残る。

 そもそも固定資産税を導入する意味として、①政府にとっての税収(財源)の確保、②資産と所得の平準化、③不動産価格の高騰の抑止などの狙いがあると思われる。①については、課税のベースと税率を算定する方法の説得力が問われる。②については、高級幹部は広い家に無償で住むことを考えれば、果たして、固定資産税の課税の資産と所得の平準化を達成できるのだろうか。③については、厳格な固定資産税の課税を実施すれば、不動産価格の高騰を抑止できるかもしれないが、その価格が暴落した場合、それこそ日本のバブル崩壊の轍を踏むことになると思われる。したがって、一つの経済政策を実施するにしても、全般的な制度改革も行う必要がある。さもなければ、当初の目的に反して、深刻な「副作用」が現れる恐れがある。