【22-02】日本人が理解しにくい中国での「関係」(Guanxi)の意味
2022年03月04日
柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員
略歴
1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員
グローバライゼーションの影響で国際交流のなかでいろいろな国の言葉が国際社会で翻訳されずに直接使われる傾向が加速度的に増えている。日本語にたくさんの外来語があることから、このことについて日本人はとくに違和感がないかもしれない。逆に今は、日本語が輸出され、英語などに進入していっている。たとえば、英語のなかでKeiretsuやIkigaiがそのまま使われている。Keiretsuは日本的経営を解説するうえで不可欠な概念になっている。ただし、日本語のわからない、英語を話す人はその意味をどれほど理解できるかについて多少不安が残る。同様に、中国語のなかでもっとも広く知られている言葉の一つはGuanxi、すなわち、「関係」である。ただし、中国語の「関係」は日本語の関係の意味とは必ずしも100%合致しない。もし中国語の「関係」を英語のrelationに直訳すると、まったくの誤解になってしまう。中国語の「関係」はどちらかというと、英語のconnection(コネ)に近いかもしれない。
長い間、日本では、中国通と呼ばれるコンサルタントの人たちは日本企業関係者に講演するとき、中国での投資を成功させるコツについてもっとも重要と指摘されるのは中国でGuanxi(コネ)を構築することと力説する。しかし、普通の日本人にとって中国社会の「関係」が重要といわれて、どこまでそれを理解することができるのだろうか。少なくとも多くの日本企業は中国投資にあたって、かなり苦労している。なぜならば、日本人の多くは中国のGuanxiの重要性とそれを開拓する方法についてほとんど無知だからである。
実は、外国人だけでなく、中国人自身も「関係」をいかに開拓するかについて必ずしもわかっていないことが多い。中国がコネの社会であるという言い方は間違いではない。そのコネの社会を創り出したのは何なのだろうか。それは中国社会が権力を崇拝する階級社会と密接に関係している。中国人はいかなる権力でも権力を握った瞬間、それを自分の利益を最大化するために最大限に利用する考えがDNAに深く刻み込まれている。言い換えれば、中国は数千年の歴史において平等の社会に一度もなったことがなく、今も平等の社会ではないということだ。
たとえば、日本では、結婚するとき、双方は書類に印鑑を押して役所に届け出れば、結婚が成立する。きわめて簡単な手続きである。筆者は名古屋で留学していたとき、故郷南京に戻って結婚手続きを取るとき、予想を遥かに上回る一大事だった。まず役所が指定した病院で健康診断を受けければならない。しかし、病院で時間がいくらかかっても、医者はなかなか診断書をくれない。最後にコネを見つけ、関係者に聞いたら、「医者は外貨兌換券がほしいだけ。少し兌換券をあげれば、すぐに診断書をくれるよ」といわれた。当時、中国では、外国人は外貨を両替すると、人民元ではなく、外国人専用の外貨兌換券がもらえる。それを使って、友諠商店で外国の商品を買うことができるため、みんな外貨兌換券を欲しがった。事実として、その医者に外貨兌換券を少し渡したら、すぐに「合格」と書いた診断書をくれた。いまだにわからないのは、自分が結婚するのに、なぜ医者に合格と認めてもらう必要があるのか。不合格とはどういう場合なのか。
そのあと、その診断書を持って、民政局という役所に行って結婚申請書を書いた。すぐに結婚証明書がもらえると思ったら、職員は結婚証明書をすぐに発行できないと冷たくいわれた。なぜと聞いたら、「君は外国に住んでいるので、我々はあなた達の結婚について検討(審査)する必要がある」といわれた。俺の結婚についてお前らに検討してもらう必要はないと内心におもっていた。頭にきたが、怒るわけにはいかなかった。
別の事例を紹介しよう。同様に名古屋大学で留学していたとき、名古屋のある会社は南京に行って、お風呂の健康ランドを作った。当時、日本のお風呂+休憩+食事のような健康ランドは中国になかった。それができてから、その社長は、「柯さん、南京に帰られたら、ぜひ来てください」と誘われた。しばらくして、里帰りしたとき、その社長に連絡して健康ランドを見せてもらった。ただし、その社長は少し暗い顔をしていた。なにがあったかと聞いたら、実は、健康ランドは文化局の管轄であり、毎日のように文化局の役人は親戚と友達を連れて、ただで風呂に入り、食べて飲んで帰ると愚痴る。これもGuanxiの一つといえる。
中国人にとって、あらゆるGuanxiのなかでもっとも複雑で難しいのは何かのトラブルで裁判になったときのGuanxiである。日本では、裁判になったとき、腕利きの弁護士に頼むのが一番である。中国では、もっとも重要なのは弁護士ではなくて、裁判官とのコネを発掘することである。むろん、それは無償のものではない。そのトラブルの金額によって弁護士費用のほか、裁判官にキックバックを払う必要がある。さもなければ、裁判に負ける公算が高くなる。
喩えていえば、中国社会は階段状のピラミッド型の社会である。一つの階段は一つの階級、あるいは階層を意味する。下の階級の人は上の階級の人とコネを作っておかないと、何をやってもうまくいかない。
日本では、ちょっとした病気で近所のクリニックに行って薬を処方してもらって終わりだが、重い病気の場合、大学病院などの大病院に行く場合、電話して予約してから医者に診てもらう。大病院の場合、時間はかかるが、基本的に平等である。それに対して、中国にはクリニックのような個人病院が少なく、どんな病気でも、大病院に行くことが多い。とくに心配するような病気の場合、大病院の「専門家(名医)外来」に診てもらうこと少なくない。そのために、コネがないと、徹夜して受付で整理番号を手に入れないといけないことになる。コネがあれば、待たずに、診てもらえる。むろん、医者にかなりのお礼を渡さないといけない。
一般的に階層の低い人は階層の高い人にコネを通じて頼む場合、よりたくさんのお礼を渡さないといけない。結論的にいえば、法律、あるいはルールがきちんと機能しないから、コネがものをいうようになる。言い換えれば、コネは賄賂の変形といえる。
昔、インドに出張に行ったとき、一緒に行った同僚はバンガロール空港の税関で足止めされ、荷物検査で、なかなか通してくれない。検査官はお土産の包装紙を全部開けて中身をみせろと理不尽に要求してきた。同僚は英語があまりできなくて、どうしようかと困っていた。そばに立っていた筆者は、「お土産を一つあげな」といった。すると、お土産を手に入れた検査官はどうぞとパスしてくれた。筆者にも似たような経験が昔、中国の税関であったが、最近はない。
むろん、40余年の改革・開放によって、中国社会は大きく変わった。少額の賄賂などを求めてくることがほとんどなくなった。ただし、Guanxiは依然として重要である。外国ビジネスマンはGuanxiをもっていなくて、うっかり中国に進出した場合、相当の苦労を強いられるだろう。当分の間、Guanxiは姿を消すことがないが、将来的にGuanxiが必要なくなる日が来るならば、中国が本当の法治国家になっている必要がある。