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【22-02】個人事業主と失業・就職難

2022年11月09日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:尚美学園大学総合政策学部 准教授

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2022年より現職

 今月(11月)1日より個人事業主発展促進条例[促進個体工商戸発展条例](以下、促進条例)が施行しました。この条例は、個人事業主条例[個体工商戸条例](以下、旧法)を前身とするもので、促進条例の施行にともない廃止されました(同条例39条)。周知のとおり個人事業主は改革開放時代以降の中国経済を担った一部ですから、促進条例の検討を通じて現状に対する中国政府の理解と今後の展開について論じてみたいと思います。

一、個人事業主の位置づけ

 今月施行した促進条例の前身である個人事業主条例は1987年8月に公布された都市個人事業主管理暫定条例[城郷個体工商戸管理暫行条例]を引き継いでいました。80年代後半は正に改革開放の時代で、富めるものから富めばよい(鄧小平)という掛け声の下で、新規性のビジネスを開発展開しようと蠢いていた時期でした。同時に、中国的法治の根幹にある「どの行為を保護するかは法令に基づかせる」論理も胎動していた時期であり、人々の行動をコントロールするために登記・登録制度を急速に展開させてきました。つまり、失業や不況を克服することと好き勝手にさせて秩序を破壊させないこととを両立することが、当時の中国には求められていたわけです。そのため都市個人事業主管理暫定条例は、都市と農村の労働者個人の経済発展を指導支援し、個人事業主に対する監督管理を強化してその合法的権利利益を保護するため(同条例1条)に制定することを言明していました。

 その後中国経済はGDP基準で世界第2位となるまでの発展を見せます。しかし、経済の急速な発展が様々な光と影をともなうことは日本を含むどの国でも経験してきたことで、中国も例外ではありませんでした。例えば貧富の格差、雇用者による被用者の搾取はその典型例です。この時期の中国においては失業や不況を克服したものの自分たちの思想が忌み嫌う資本主義の問題点と直面することになったわけです。ある人の言葉を借りれば、その当時の中国は日本以上に資本主義社会でした。そのため、旧法はその目的の第1に個人事業主の合法的権利利益を保護することを、第2に個人事業主の健全な発展を奨励支持し誘引することを言明したうえでなければ個人事業主に対する監督管理の強化を位置づけられませんでした(旧法1条)。

 そして経済の発展が落ち着いてくる、ないし停滞してくると、先進国が直面する雇用の持続性という問題が浮上してきます。例えば繁忙期のみ労働者を雇用する季節労働者や福利厚生費を抑制するための派遣労働者や請負契約の乱用などがその典型例です。雇用者側の事情であると言えばその通りですが、その事情を無視して有期雇用から無期雇用への転換制度を法的に強制することが労使関係を難しいものにしたことは日本でも証明済みです。形式だけ整えて実質がないその姿は、所有欲を満たしてくれる MacBook Airを購入したものの中身をWindows OSにしないと使えない「なんちゃってMacユーザー」そのものでした。とはいえ、個人事業主が失業率を形式的にでも抑制してくれることは確かです。ゆえに、促進条例は、その目的の第1を個人事業主の健全な発展を奨励支持し誘引すること、第2に個人事業主の合法的権利利益を保護することを言明した後に、その第3の目的として都市と農村の就業を安定拡大させるため制定したことを新たに追記しています(同条例1条)。

二、個人事業主登録は一時的な失業者隠しか

 日中戦争時から中華人民共和国の建国前後、そして現在に至るまでの中国共産党による対私営経済の法制度を俯瞰すると、私営経済を完全否定した時に破綻し、私営経済を中国経済の一部としてコントロールする時に進展してきたと言えます[1]。これは私営経済、例えば私営企業主の側から見れば、執政党である中国共産党を中心に展開する政治の動向をライバルに先駆けて把握することが商機を掴むことになりますから、様々なルートを活用して接近を図り、自らの権利利益を最大限に守ろうとしたことは想像に難くありません[2]

 本コラムで取り上げる個人事業主も私営経済を構成する一部です。促進条例は「経営能力を有する国民[公民(中華人民共和国国籍を所持する人)]が国内で工商業経営に従事し法に基づき個人事業主と登記する場合に本条例を適用する」とします(同条例2条)。旧法では県、自治県、区を設置しない市および市轄区の工商行政管理部門が登記登録していましたが、造語「市場主体」が登場したことによって、市場主体登記機関が一元管理する分だけ簡潔な規定に生まれ変わっています[3]。なお、類推的予測すなわち個人的な感覚にすぎませんが、促進条例下においても、個人事業主としての登録申請書を提出することで登録自体は機械的に済む届出制のような運用ではないかと推察します[4]。現時点で登記登録を厳格化して窓口を狭める必要を見て取れないからです。

 届出制による市場主体の把握は有象無象の情報を精査する際に役立ちますし、違法行為を含む懸念事案について迅速にアプローチするための基盤となります。そして、これが最も重要であると私は考えるのですが、個人事業主として登録すなわち就職できたことになりますから、一時的であれ失業者ではなくなります。もちろん失業予備軍と揶揄されないように、合法な法主体である以上に実際上の確たる経済主体として社会的信用を高める必要があります。私営経済に対する社会的評価の基本はその営利性にあるため、国家として資金難にならないように各種の支援制度を用意しています(同条例16条~29条)。

 なお、不正登録等の違法行為については「教育と懲戒の組み合わせ及び違法性と処罰性を釣り合わせる」という原則に基づき関係行政部門が処理するとだけ言明します(同条例35条)。これも旧法が具体的な規定を置いていたことと比べて簡潔になっていますが、これは市場主体登記管理条例が法的責任として広範な処罰範囲を言明していますから、問題の事情に合わせて適切に対処するということなのだろうと思います。

三、「党の指導」と個人事業主

 最後に「党の指導」について。中国の国防動員法の問題点などが日本でもようやく認識され始めてきたからか、あるいは、中華人民共和国史上初の3期目に突入した習近平体制という事実からか、実は昨今「党の指導」というキーワードに反応される人が増えている気がします。そういう中でお話しするため邪推される恐れがないとは言えませんが、現状に対する中国政府の理解と今後の展開を検討する上では避けて通れません。

 促進条例は、個人事業主を発展させる業務の促進は「中国共産党の指導を堅持し」、「党組織」を個人事業主の発展プロセスにおける「党組織」の引率作用と党員の先駆けとなる模範作用を発揮させ、そのために「個人事業主の組織内の党組織および党員は中国共産党党章の規定に照らして党の活動を展開する」と言明します(同条例3条)。党の活動が何を意味するかがポイントですが、例えば全国人民代表大会の視聴や閉幕後の学習会、習近平思想の勉強会といったものが差しさわりのない該当する活動となるでしょうか。

 社会の全方位に党組織を設置することによって上意下達の仕組みが完成するというと何か陰謀論めいたものを感じますが、連絡を徹底するため、党の目としてリアルタイムの動向を把握するためという意味では『1984( Nineteen Eighty-Four)』さながらということになりそうです。何かを盗み取るというよりコントロールする意味合いが強いと私は考えます。

 ちなみに、促進条例以前もリアルタイムの動向というわけではありませんが、行政監督に資する制度は存在していました。それが労働者協会[個体労動者協会]です。同協会は1986年に設立され、全中国規模の非営利性社会団体として工商行政管理局が監督し、個人事業主を始めとする私営経済を構成する法主体で組織されます。促進条例でも労働者協会が引き続き個人事業主に対して(行政的)サービスを提供することとなっていますが、個人事業主の組織内における党の建設を推進することが追記されました(同条例7条)[5]

 一応申し添えておくと、労働者協会に個人事業主が加入するかどうかは任意です。自願原則が個人の自由を完全に認めたものでない点については大方の一致を日本でも見ているはずですが、自ら加入したいと望むことが[自願加入]の意味です。前述したように個人事業主が自らのビジネスを展開するには「党の指導」を堅持し、同時に「党組織」を内部に設置しなければならないわけですから、これは任意的強制であると言えます。そして任意的強制を強いる意図は何かがポイントとなりますが、前述した個人事業主の位置づけからすれば、個人事業主自身が何か重要なものを所持しているとは考えにくいので、彼らをコントロールする意図があると思うのです。

四、中国政府はどうしたいのか

 以上、促進条例について、旧法との比較と促進条例の条項の整理を通して検討してきました。それでは、中国政府は個人事業主(という社会集団・社会階層)を今後どうしたいのでしょうか。

 まずは事実上の失業者数を数字上に顕在化させたくない意図を感じます。武漢コロナの蔓延以降に中国経済も苦境に立たされていることは間違いないと思います。ウィズコロナ政策ではなく、ゼロコロナ政策を堅持しているので私たちの経済以上に経済活動は困難が付きまとっていると推察します。その一方で、経済を維持し発展させるために私営経済の力が必要になることは、自分たちの歴史の中における私営経済との関係性の変遷からも理解しているところでしょうから、イノベーションを起こす法主体として個人事業主を無下に扱えないのではないでしょうか。

 次に、そうはいっても私営経済を構成する法主体の本質は営利性の追求にありますから、何かのタイミングで中国政府にとって「良くないビジネス判断」をおこなう可能性がないとは言えません。また、営利性を過度に追求して海外へ移転してしまうということも有り得ない想定ではないでしょう。そうすると、中国政府にとって個人事業主の首に鈴を付けておきたいはずです。それも、いざというときには相手の抗弁を一気に否定できる法的論理を組み込んだ特製の鈴です。

 他方で、個人事業主の側からすれば、自らのビジネスが生み出す営利を邪魔しない限りはウィンウィンの関係が成り立つと考えて行動するでしょう。それは過去もそうでしたから、投影的予測すなわちトレンド予測としてはあながち間違っていないと考えます。自らのビジネスが生み出す営利を拡大させる方向で作用するのであれば、「党の指導」も「党組織」も、ひょっとすると「中国人」であることも利活用するのではないでしょうか。そして、粗暴で文明人でない特定の個人事業主の振る舞いについては頃合いを見計らって中国政府が率先して取り締まることで、迷惑を被っている人に対して恩を売る事に易々と成功する、などと考えているとしたら。国外にその派出所があればさらに便利ですし、四の五の言われる筋合いのものではなく、あなた方のためにわざわざやっていることであると逆ギレされるかもしれませんね。こここまでくると、もはや陰謀論でしょうか。

(了)


1.例えば、宋紫著『中国共産党与私営経済』湖南人民出版社2006年は、新民主主義革命時期から江沢民時期までの対私営経済に関する法制度を整理しています。

2.例えば、王暁燕著『私営企業主的政治参与』社会科学文献出版社2007年は、公式ないし非公式のルートを通じて政治に関与し、時にはロビイスト的な立ち回りをした実際の私営企業主たちの事例を、インタビューを通して分析しています。

3.市場主体については、さしあたり拙稿「造語「市場主体」の意義について」を参照ください。

4.ちなみに、促進条例13条は経営者ないし[企業(企業体、事業体の意味)]の変更についても市場主体登記機関で処理すること、行政許可が必要な場合には監督官庁の行政機関が許可手続きを(当然に)簡略化すると言明しています。

5.同協会のホームページ(光彩網)によれば、会員数約4681万戸に及ぶという。

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