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【23-02】立法法の改正をどうとらえるべきか

2023年03月20日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:尚美学園大学総合政策学部 准教授

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2022年より現職

1.改正目的は「有事を見越した」準備なのか?

 2023年3月13日に、全国人民代表大会(全人代)は「『中華人民共和国立法法』の修改正に関する決定」を採択しました。同決定により改正法が同年3月15日より施行します。現行の立法法は2000年3月に全人代が採択し、2015年3月に部分改正を経ていますので、今回が2度目の改正ということになります。一部の報道によれば、「緊急時」を口実にして1回の審議で制定施行することを合法化するものであり、また通常想定されてきたパブリックコメントの募集や議論のほか一般への通知をおこなわず立法を強行する危険性が指摘されています[1]。そしてスリーステップの原則(=採択まで3度は審議する慣例)を強行できる手続きの整備であることは間違いないので、この改正目的を有事法制の延長線上で把握する言動も散見されます。

 しかしながら、同決定の内容を旧法の内容と対照させていくと、別の評価も加えることができると私は考えます。拙著『中国的権利論』で明らかにしたように、現代中国法が前提とする権利論は私たちのそれと違い、法的保護を与える権利とそうでない権利を前提に構築しているからです[2]。簡単に言えば、私たちの権利論では紛争時になってようやく各自のもつ権利に法的保護を与えるか否かについて、解釈をつうじて明らかにしますが、そうではないのです。平時より既に法令条文上で明らかになっているのが、現代中国法の権利論です。そうすると、過去に香港国家安全維持法を全人代常務委員会が1度の審議後に採択するような行動を合法化するための根拠づくりであるという見方も、やや不正確ですが可能です。では、今回の改正の目的が有事を見越した準備であるという見方は正解なのでしょうか。

 以上の次第で今回のコラムでは、当該評価を導く根拠の検討をおこなったうえで、その他の改正点についても検討を加えることによって批判的検討をしてみることにします。

2.有事法制の延長線上と評価する根拠の検討

 まず有事法制の延長線上であると評価する根拠すなわち改正法第33条と旧法第30条とを対照させ確認してみましょう(下表、下線部は筆者追記した。以下同じ)。

旧法第30条 改正法第33条
 列入常务委员会会议议程的法律案,各方面意见比较一致的,可以经两次常务委员会会议审议后交付表决;调整事项较为单一或者部分修改的法律案,各方面的意见比较一致的,也可以经一次常务委员会会议审议即交付表决。  列入常务委员会会议议程的法律案,各方面的意见比较一致的,可以经两次常务委员会会议审议后交付表决;调整事项较为单一或者部分修改的法律案,各方面的意见比较一致,或者遇有紧急情形的,也可以经一次常务委员会会议审议即交付表决。

 直ちに確認できることは、今回の改正によって「又は緊急事態が生じた場合は」の部分を追加したことです。また、スリーステップの原則は今回の改正前より既に合法化していたことも確認できますね。「各方面の意見が比較的一致した場合」に全人代常務委員会が1度の審議で採択する行動は、今回の改正を俟たずに合法化されていました。なお「規律する事項が比較的単一の内容か又は一部を修正する内容の法律案の場合であれば」と条件付きで、この条件は機械的に判断しにくい基準のように思料されますから、前述の香港国家安全維持法を単一の内容と判断したことに対して本来は司法機関のように第三者が事後的に解釈判断する機会があって然るべきであると私たちは考えてしまいますが、現代中国法の場合その解釈権は全人代及び同常務委員会にありますので、この判断は合法であるという評価を論理上導くことが可能です。彼らが条文の解釈権を寡占しているところがポイントです。

 また、有事法制の延長線上であると評価する根拠に全人代常務委員会の権限拡大を挙げることもできるかと思います。この点については改正法第10条と旧法第7条とを対照させ確認してみましょう。

旧法第7条 改正法第10条
 全国人民代表大会和全国人民代表大会常务委员会行使国家立法权。
全国人民代表大会制定和修改刑事、民事、国家机构的和其他的基本法律。
全国人民代表大会常务委员会制定和修改除应当由全国人民代表大会制定的法律以外的其他法律;在全国人民代表大会闭会期间,对全国人民代表大会制定的法律进行部分补充和修改,但是不得同该法律的基本原则相抵触。


 全国人民代表大会和全国人民代表大会常务委员会根据宪法规定行使国家立法权。
全国人民代表大会制定和修改刑事、民事、国家机构的和其他的基本法律。
全国人民代表大会常务委员会制定和修改除应当由全国人民代表大会制定的法律以外的其他法律;在全国人民代表大会闭会期间,对全国人民代表大会制定的法律进行部分补充和修改,但是不得同该法律的基本原则相抵触。
全国人民代表大会可以授权全国人民代表大会常务委员会制定相关法律

 改正法第10条1項に「憲法の規定に基づき」と追記した点については立憲主義の反映を強めたと評価することも可能でしょうが、今回のコラムで紹介する懸念の見方に立てば、同条4項として追加された内容が重要であろうと思われます。すなわち「全人代は、同常務委員会に権限を授与(=授権)し関連法律を制定させることができる。」としています。

 旧法の法的構造を整理すると、全人代と同常務委員会は共に(国家の)立法権を行使する統治機構であるとしながら、全人代のみ民事、刑事のほか行政その他を含む「基本法律」の制定および修改正をおこなうことができ、同常務委員会は基本法律以外の法律の制定と全人代閉会時に限り法律の基本原則に抵触しない程度の部分的な修改正のみをおこなうことができるとしていたことは自明でしょう。一方、改正法の法的構造は同条4項を追加したことによって全人代の授権を条件としながらも同常務委員会が「関連法律」の制定をおこなうことを合法化しています。何が基本法律で何が関連法律なのかの判断は前述したように全人代及び同常務委員会にありますから、2つの概念の境界は「有るようで無いもの」です。

 したがって、有事法制の延長線上であると評価する見方に合理性がないとは言えません。

3.その他の修改正点についての検討

 やはり有事法制の延長線上であると評価する見方が正解なのでしょうか。私個人の価値観で恐縮ですが、この見方を正解であると判断できるときは、今回の改正内容が上記の2点のみであるときに限られます。そして、実は「『中華人民共和国立法法』の修改正に関する決定」が明記する項目は40個、条文数で換算すると105条から120条すなわち15条ほど増加しています[3]。そのため私が上記の見方を正解であると判断するにはその他の修改正点の評価が、上記の見方と合致することが必要になります。

 次の3点を検討してみることにしましょう。第1に、改正法第16条と旧法第13条です。

旧法第13条 改正法第16条
 全国人民代表大会及其常务委员会可以根据改革发展的需要,决定就行政管理等领域的特定事项授权在一定期限内在部分地方暂时调整或者暂时停止适用法律的部分规定。



 全国人民代表大会及其常务委员会可以根据改革发展的需要,决定就特定事项授权在规定期限和范围内暂时调整或者暂时停止适用法律的部分规定。
暂时调整或者暂时停止适用法律的部分规定的事项,实践证明可行的,由全国人民代表大会及其常务委员会及时修改有关法律;修改法律的条件尚不成熟的,可以延长授权的期限,或者恢复施行有关法律规定。

 旧法第13条が「行政管理等の領域に係わる特定の事項」について、その法律の一部規定の適用を暫定的に規律・変更または停止することを決定できるとしていたのに対して、改正法第16条1項は行政管理等の領域にこだわらないことを言明し、同時に「実践上実行可能な場合は」速やかに修改正をおこない、法律を修改正する機が熟していない場合は授権期間の延長または旧規定の回復ができると追加しました[4]

 特定領域に限定しない点を重視するならば、有事法制の延長線上に置くことができると思います。その一方で、実践上実行可能な内容については速やかに立法し、そうでない場合には旧法の内容を復活させることを追記する必要は、有事法制の延長線上から必ず生じるものではないようにも思えます。むしろ改正法第10条1項が立憲主義の反映を強めた関係で、特定領域に限定すべき理由が希薄になったからなのではないでしょうか。

 第2に、全人代常務委員会において審議する法律案の取り扱いに関する改正法第45条と旧法第42条です。

旧法第42条 改正法第45条
 列入常务委员会会议审议的法律案,因各方面对制定该法律的必要性、可行性等重大问题存在较大意见分歧搁置审议满两年的,或者因暂不付表决经过两年没有再次列入常务委员会会议议程审议的,由委员长会议向常务委员会报告,该法律案终止审议。

 列入常务委员会会议审议的法律案,因各方面对制定该法律的必要性、可行性等重大问题存在较大意见分歧搁置审议满两年的,或者因暂不付表决经过两年没有再次列入常务委员会会议议程审议的,委员长会议可以决定终止审议,并向常务委员会报告;必要时,委员长会议也可以决定延期审议。

 旧法との違いは、2年余の審議期間を経て決着をみない法律案の処遇について、その審議の終了または延長を、どの機関が担うのかを明確にするかどうかにあります。旧法においてもその処遇を常務委員会組織内の委員長会議がおこなうことは推察できましたが、改正法はそれを言明したうえ、審議を延長できる権限も追加しました。これは、不必要な法律案については速やかに見切りをつけられるように、そして必要な法律案についてはお蔵入りさせないようにという意図を読み取れるのではないでしょうか。

 第3に、中央レベルの行政法令と地方レベルの法律法規に関する改正法第84条と旧法第74条についてです。

旧法第74条 改正法第84条
 经济特区所在地的省、市的人民代表大会及其常务委员会根据全国人民代表大会的授权决定,制定法规,在经济特区范围内实施。






 经济特区所在地的省、市的人民代表大会及其常务委员会根据全国人民代表大会的授权决定,制定法规,在经济特区范围内实施。
上海市人民代表大会及其常务委员会根据全国人民代表大会常务委员会的授权决定,制定浦东新区法规,在浦东新区实施。
海南省人民代表大会及其常务委员会根据法律规定,制定海南自由贸易港法规,在海南自由贸易港范围内实施。

 旧法との違いは、経済特区に限定した特別法の実施を認める従来の経済特区法制の枠組みを前提にしながら、上海市浦東新区と海南省海南自由貿易港の2か所については経済特区とは別個の枠組みを承認したところにあります。つまり、今後、改正法の施行にともない全人代は①行政法規、②省、自治区、直轄市の地方性法規、③自治州、自治県の自治条例・単行条例、④部門規則、地方政府の規則という4つの分類に加えて、⑤経済特区法規、浦東新区法規、海南自治貿易港法規という分類が設けられ、以上5つの分類に照らして記録・管理することになるわけです。

 このようになってくると、現行法では現代中国法の枠組みに編成されているとはいえ、香港基本法下の香港の法制とマカオ基本法下のマカオの法制の独立性が脅かされるかもしれないと別の懸念が生じそうです。すなわち、将来的には第5の分類の中へ、または第6の分類として再編されるかもしれないということですが、いかがでしょうか。

 いずれにせよ、第2、第3の点を検討してみると、そこでは有事法制の延長線上であると一律に評価するのは難しそうです。むしろ国内経済を支えるための立法動員すなわち法制による対処をスムーズに適応させるためであったり、予想外の経済危機に即応するためであったりの改正であるという評価もあり得るのではないでしょうか。

4.根本の原因は条文解釈権の寡占にある

 以上の検討から言えることは、今年3月15日より施行された立法法の改正をめぐる評価について、有事法制の延長線上であると評価だけが正解ではないということです。現代中国法を現在の中国経済にさらに即応させるためのものであるという評価も成り立つのではないでしょうか[5]。いずれにせよ、現代中国法に対して従来以上の即応性と実効性が求められていることは間違いないでしょう。

 この状況から、今回の改正目的を、李強・新総理の仕事がしやすい環境を整備するための配慮であると評価するのは不正確なもののように私は感じますが、今回の改正目的を私たちのような権利論を前提としない中国的権利論の限界に対する対処療法の一環である、と評価することは正確であるように考えます。例えば、中国的権利論の特徴の1つに法令条文の解釈権の寡占があります。この寡占状態をあきらめれば論理的には今回の改正は不要で、紛争時になって法的保護の問題を明らかにすれば済むだけであるため従来以上の即応性や実効性が求められることもないはずなのです。いわば「分かっちゃいるけど止められない」何らかの習性が治せないところを私たちは見るべきなのかもしれません。(了)


1.例えばロイター記事(https://jp.reuters.com/article/china-parliament-lawmaking-idJPKBN2VF0CB、2023年3月13日最終閲覧)、山陰中央新報デジタル記事(https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/353688、2023年3月15日最終閲覧)など。

2.御手洗大輔著『中国的権利論:現代中国法の理論構造に関する研究』東方書店2015年参照。

3.「条」単位で単純計算した場合であり、「項」単位の場合は更に増加する。なお旧法については岡村志嘉子訳「中華人民共和立法法」が現代中国法の法体系の整理と2015年改正時の分析も含めて上梓されています(https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9494206_po_02650005.pdf?contentNo=1、2023年3月1日最終閲覧)。

4.ちなみに改正法第79条は、行政管理等の領域における特定事項について、規定する期限及び範囲内で行政法規の一部既定の適用を暫時調整又は暫時停止することができる権限を国務院に付与しています。

5.行政改革の一環として新設された国家監察委員会についても改正法の中に適宜追記されています(同第24条2項、第26条2項)。そのため行政改革を反映したものであるという評価も当然成り立つと私は考えます。

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