【09-015】プラズマ・核融合分野における拠点大学方式日中交流事業
東井 和夫(とうい かずお):
自然科学研究機構核融合科学研究所教授
1947年8月 生まれ。1972年名古屋大学大学院工学研究科電子工学専攻。工学博士。
主な研究:トーラス型磁場閉じ込め装置による高温プラズマの閉じ込め研究に従事、特に、核融合炉で問題となると予想される高速アルファ粒子の背景プラズマの安定性と輸送過程に及ぼす影響の研究を進めています。名 古屋大学工学研究科エネルギー理工学専攻の客員教授として大学院学生の指導にもあたっています。
日本学術振興会(JSPS)と中国科学院(CAS)の支援のもと、人類の究極のエネルギー源として注目される制御熱核融合分野の交流事業が2001年度から開始され、今年で9年目を迎えます。本学術交流の主目的は、プラズマ核融合分野の日中間の研究ネットワークの構築と拡大であり、「炉心プラズマ性能の改善」、「核融合炉工学の基礎研究」及び「核融合プラズマの理論と計算機シミュレーション」の 3本の研究の柱を持って開始されました。本交流事業の開始の経緯とこれまで成果の概容について述べます。また、今後の展望について簡単にふれたいと思います。
1.交流事業開始までの経緯
地球温暖化に絡んでエネルギー・環境問題が最近特に関心を集めていますが、核融合発電は究極のエネルギー源の候補として挙げられて50年近く経過しています。核融合は、宇 宙ではごく一般的に起こっている現象であり、もっとも身近な例としては太陽のエネルギー生成の源となっています。これを地上で制御された状態で実現し発電に利用しようとするもので、比較的実現させやすい重水素と三重水素の原子核の融合反応の実現を目指しています。燃料となる重水素は海水から得られ、燃料の地球上での偏在もなく、しかもその量はほぼ無尽蔵といえます。重 水素と三重水素の原子核はともに正の電荷を持っており、電気力の反発により簡単には融合できません。この反発に打ち勝つほどのエネルギーを持つように両者の原子核を超高温に加熱して核融合反応を実現し持続することが必要です。具体的には、磁力線で作ったドーナツ状の磁気容器の中に温度約1億度、プラズマの体積1m3あたり1020個以上の粒子密度で、エネルギー閉じ込め時間約10秒のプラズマを定常に保持することが要求されます。ここで、エネルギー閉じ込め時間とはプラズマの加熱を止めたときにプラズマ温度が約1/3にまでに減少する時間を意味しています。このように原子核を超高温にするとおのずとイオンと電子の集合体、す なわちプラズマとなり全体としては電気的に中性となります。核融合を実現するためには超高温のプラズマの生成と長時間の安定な保持が不可欠となりますが、このようなプラズマは乱流状態となり拡散損失し易く、長期間の研究を必要としました。また、最近は、核融合プラズマ閉じ込め装置の建設と維持に巨額の資金を必要とするようになってきました。このような事情が核融合研究の国際協力を加速させています。
中国でも核融合を将来の有望なエネルギー源として注目し、1980年代後半から小型の学術研究用トカマク装置による基礎研究が開始されました。名古屋大学の旧プラズマ研究所においてプラズマの大電力高周波加熱技術が進展していたこともあり、設立間もない核融合科学研究所に対して安徽省合肥の中国科学院・等離子体物理研究所(プラズマ物理研究所)から学術交流の要請がありました。これを受けて1990年からプラズマの高周波加熱に関して日中の学術交流が開始されました。その後、四川省楽山の西南物理研究所や北京の中国科学院物理研究所も交えて交流が徐々に発展していきました。プラズマの高周波加熱技術やプラズマ診断技術について、日本側の経験や知見が伝えられ、次第に中国側の研究が進展していきました。また、日中の研究者の交流も本格化し、研究実績を積み上げていきました。このような状況を踏まえ、プラズマ核融合分野のさらに幅広い日中協力を目指し、日本学術振興会と中国科学院の支援のもと拠点大学方式の日中協力事業がまさに21世紀の初年度の2001年から10年計画として開始されました。
2.交流事業の目的と実行形態
本交流事業は、プラズマ核融合分野の日中間の学術交流による研究ネットワークの構築と拡大を主要な目的としています。この交流事業では日本と中国側にそれぞれ拠点大学と位置づける研究機関あるいは大学を置き、それぞれにコーディネータ及びサブコーディネータを配する形態をとります。彼らは、各拠点大学が同研究分野の専門家に委嘱した日中あわせて30名ほどのキーパーソンとともに交流の立案調整を行います。日中の拠点大学を、それぞれ、自然科学研究機構・核融合科学研究所及び中国科学院・等離子体物理研究所が務めています。この協力事業に係わる日中の研究機関及び大学を図1に示します。プラズマ・核融合研究を進めている日中のほとんどすべての研究機関が本事業に係わり、これまで8年を越える学術交流を強力に進めてきました。これにより研究のネットワークが次第に成長拡大してきました。交流実績としては、年平均として、日本からの派遣が約50名で400人日、中国からの受入れは約50名で800人日に達しています。
図1 本拠点大学交流に係わる日中の研究機関と大学
3.交流の概容と主要な成果
本交流事業では、先進的な核融合炉の実現に不可欠な課題を漏れなく取り込むため、①「炉心プラズマ性能の改善」、②「核融合炉工学の基礎研究」及び③「核融合プラズマの理論と計算機シミュレーション」の 主要な3研究カテゴリーを設定しています。第①のカテゴリーでは、磁気閉じ込め核融合の実験研究、それに関連したプラズマと固体壁との相互作用や原子・分子過程に関連した研究が含まれます。高温・高 密度プラズマの生成・加熱、安定性や閉じ込め特性改善の実験研究やそのためのプラズマ加熱技術、高度なプラズマ診断装置の開発などが研究の中心となっています。また、プラズマの工学的応用分野の一部もプラズマ・壁相互作用との関連で含まれています。磁場核融合ばかりでなく高強度レーザーによる極超高密度プラズマ生成とそれを利用したレーザー核融合プラズマ物理の研究も含めています。第②のカテゴリーでは、炉工学関連の超伝導技術、炉材料開発、炉システム技術の統合研究などの基礎的な学術研究に関する課題が含まれています。第③のカテゴリーでは、核 融合炉心プラズマの体系的理解をめざした高度なプラズマ理論の確立とスーパーコンピュータを駆使したシミュレーション研究も重要な課題となっています。磁気閉じ込めプラズマの巨視的安定性、プラズマ乱流による粒子や熱輸送現象、レーザーによる極超高密度プラズマ生成過程、プラズマと固体壁との相互作用、炉内部でのダスト形成過程などが最近の主要な課題です。
磁場閉じ込め核融合研究では、日中の多くのトカマク型、ヘリカル型及びミラー型の磁場閉じ込め実験装置において共同研究が推進されてきました。本交流事業の開始からこれまでの間にその役割を終えた装置、逆に新たな装置が完成し共同実験に供されるようになった例もあります。前者の代表的な例が日本原子力研究開発機構のJT-60Uトカマクであり、多くの中国からの研究者を受け入れてきましたが、2008年中盤に終結しJT-60SAトカマク装置への改修に向けて建設が開始されました。後者の代表例は、等離子体物理研究所のEASTトカマク(写真1(a))であり、2004年後半から稼動をはじめました。ヘリカル装置の代表として核融合科学研究所のLHD(写真1(c))がプラズマ加熱やプラズマ診断装置開発で多くの研究者を中国から受け入れています。小型の球状トーラス装置SUNIST(清華大学)及びLATE(京都大学) も共同研究に有効に活用されています(写真1(b)及び(d))。
LHDとHT-7(等離子体物理研究所)及びEASTではイオンサイクロトロン波周波数帯の高周波加熱用発振装置やアンテナの共同開発、さらにはこれによるプラズマの1時間に達する持続時間( ただしエネルギー閉じ込め時間は約0.2秒)の長時間保持、HT-7(ASIPP)での5分に及ぶ長時間トカマクプラズマ生成等の共同実験が成功裏に行われました。また、LHDでの固体水素ペレット入射や、西南物理研究院で開発された超音速ガスジェット入射による燃料補給法が開発され日中の閉じ込め装置に設置され有効に活用されるようになっています。また、LHDやJT-60Uで開発された各種の高度なプラズマ診断装置製作の経験や知見がHL-2AやEASTトカマクに伝えられ、順次、その整備が進められプラズマ閉じ込め研究の進展に大きく貢献しています。核 融合炉では核融合反応で生じる燃焼ガスや余分な燃料ガスなどの排気や固体壁へ逃げる熱の除去は最重要課題であり、磁気容器にダイバータと呼ばれる特別な磁場構造を設けてプラズマから流入する粒子や熱が必ずターゲット板に到達するように配慮されています。ダイバータ研究の具体的課題として注目される粒子のプラズマへの再循環の抑制、核融合反応で生じた燃えカスにあたるヘリウムの除去、不純物の効果的な除去についての協力研究が進展しています。プラズマからは極めて多くの電磁波の放射があり可視域から軟X線領域までにわたり、この領域の分光研究は依然として重要な研究課題であり、日中でその基礎課程の理論と実験、さらには核融合プラズマ実験装置での分光研究も大きく進展しています。磁気閉じ込めプラズマと異なる方式の核融合として注目される極短パルスレーザによる極超高密度プラズマの生成過程の理論、シミュレーションならびに大型レーザー施設を用いた実験の共同研究が進展しています。
写真1 (a)EASTトカマク、 (b)SUNIST球状トーラス装置、
(c) ヘリカル装置LHD及び(d) LATE球状トーラス装置。
EAST、LHD及びLATEについては磁気面断面形状も示す。ここで、R及びaはそれぞれドーナツ型プラズマの大半径と小半径を意味しています。
核融合炉工学の研究カテゴリーでは、核融合炉壁の放射化を低減あるいは急速な減衰が期待されるバナジューム、フェライト鋼やシリコンカーバイドの候補材料を日中で製作し特性解析やさらに高性能の材料開発、高温超伝導材のコイルリード線への応用など超伝導技術の開発改良、核融合炉の三重水素増殖用ブランケットの特性解析、核融合炉の統合システムの解析など、多岐にわたる共同研究が進められています。
核融合の進展に大きな障害となってきたのは高温プラズマの乱流現象により静かなプラズマでの予測どおりには高温・高密度プラズマを閉じ込め保持できなかったことに起因しています。このためプラズマの精度の高い理論的な理解と的確な予測が重要な役割を果たしています。すなわち、高度なプラズマ理論の構築と大規模な計算機シミュレーションの利用は必須であり、本交流事業の研究の重要な柱のひとつとなっていることは上ですでに述べました。現在進められている共同研究の課題としては、ドーナツ型磁気容器中に閉じ込められた高温プラズマの磁気流体的安定性、微視的プラズマ乱流特性、プラズマの粒子及び熱輸送、閉じ込め改善の理論と計算機シミュレーション、プラズマの自己組織化、ダイバータ・周辺プラズマ・炉心プラズマを一体として取り込んだ計算機シミュレーションなどです。
この拠点大学交流事業では、交流の成果をまとめその後の共同研究の方向性等を討論するため、JSPS-CAS拠点大学交流事業セミナーの開催を推奨しています。これまでに実施されたセミナーの主題としては、「核融合炉材料」、「プラズマ中の原子・分子過程」、「レーザー核融合と高エネルギー密度物理」、「磁場閉じ込めプラズマの閉じ込め改善と定常保持」、「レーザーターゲット材料」、「プラズマ加熱とプラズマ診断」などが取り上げられました。各セミナー開催後、英文の会議録あるいは論文集が刊行されています。これらのセミナーは、中国側の関係者が参加しやすいようにとほとんどが中国国内で開催されています。写真2(a)及び(b)は、それぞれ2005年に合肥で開催された磁場閉じ込めプラズマの閉じ込め改善と定常保持のセミナー、及び2007年に蘭州で開催されたプラズマ中の原子・分子過程のセミナー参加者を撮影したものです。今年度は、「プラズマ中の原子分子過程」と「レーザーターゲット」に関する2件のセミナーがそれぞれ西安と大阪で開催されました。
交流の成果は学術論文に公表されており、2008年度は初年度の約4倍の240編に達しています。なお、本拠点事業の詳細については http://www.nifs.ac.jp/collaboration/Japan-China/index-j.htmlのホームページをご覧ください。
写真2 合肥(a)及び蘭州(b)で開催されたセミナー参加者の皆さん
4.将来展望
図2 本交流事業の各年次の交流の推移。
黄色は日本からの派遣(青)及び中国からの受け入れ
(赤)の中の40歳以下の交流研究者数を示しています。
本交流事業の主目的が研究ネットワーク形成であり、それを維持拡大するためには両国の若手研究者や大学院生がこの交流事業に参加し、研究成果をあげるとともに友人をつくることがきわめて重要といえます。このため本交流事業では40歳以下の若手研究者の派遣・受け入れを推奨しており、図2からわかりますように全交流者の約40%、延べ人数では約50%を達しています。
また、本交流事業やその他の支援事業により、中国からの国費留学生を核融合科学研究所の属する総合大学院大学で受け入、プラズマ核融合分野の教育と研究指導を行ってきました。この8年間に7名が卒業し、現在2名が在学し勉学と研究に励んでいます。本交流事業に参加する他大学でも4名が卒業し、現在、4名が在学しています。卒業生は、中国構内はもとより諸外国ですでに指導的立場に着いたりして活躍しています。
5.まとめ
本交流事業が開始された2001年度当時は、私の感覚としては必ずしも正しいとはいえませんが、中国の大きな経済発展の予兆は感じられるもののまだ発展途上に差し掛かった状況に見えました。プラズマ核融合分野も日本側からの指導とか情報提供という側面が強かったと思われます。しかし、交流を本格的に開始して8年を経過した現時点では、磁気閉じ込め核融合研究を見ただけでも等離子体物理研究所では全コイルがすべて超伝導コイルであるEASTトカマクを独自に完成させ、順調に運転を開始して研究を本格化させています。また、成都にある西南物理研究院ではドイツから譲り受けた装置を自前で改造してHL-2Aトカマクとして完成させ、興味深い物理実験を次々と行うようになってきています。本交流事業は次年度で10年目を向かえ成果を総括して終結することになりますが、これからがまさに共同研究が実質的に実行できる状況に達しているといえます。したがって、日中間のプラズマ核融合分野の交流は今後ますますその重要性は増すことは確実です。2011年度から新たな交流に向け、関係者で種々の案の検討が開始されています。