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【10-001】岩手大学と大連理工大学とのUURRプロジェクトについて

小野寺 純冶

小野寺 純治(おのでら じゅんじ):
岩手大学地域連携推進センター副センター長

岩手大学・大連理工大学 国際連携・技術移転室長大学(東北大学理学部)卒業後、岩手県職員として水資源、産業振興、科学技術振興、環境政策、情報政策等の業務に従事。

1.UURRプロジェクトとは

 岩手大学は、日本東北部の岩手県に位置する4学部6大学院を擁する中規模の地方国立大学である。学部学生数は5,200名、大学院生が800名、教職員数は700名であり、キャンパスは、県庁所在地である人口30万人の盛岡市の中心部にほど近い上田地区にある。岩手には国立大学が一つしかなく、かつ、工学部を有している大学も本学のみであるので、岩手大学では20年以上も前から工学部を中心に産学官連携が活発に行われてきた。

 経済社会活動のグローバル化に伴い、産学官連携も国際化の展開は必然である。また、地域の教育・研究活動の中核を担う本学としても、国際的視野をもつ人材育成及び地域の国際化に貢献することを使命の一つとしている。そこで、岩手大学では、2002年頃から大学が窓口になり、地方自治体や地域企業が参画する新しいタイプの国際交流に着手した。特に、成長著しい中国では産学連携が経済発展の一翼を担っている一方、日本の産業界は市場の将来性を展望し中国への技術・資本進出を開始していることから、新しいタイプの国際交流事業を「UURR(University and University + Region and Region = 大学・大学と地域・地域の連携事業)プロジェクト」として中国を対象に行うこととした。

 いくつかの試行や模索を経て、中国とのUURRプロジェクトを展開するには、岩手大学自体は勿論のこと、地域自治体や企業が中国で最も連携の可能性のある地域を選定し、その地域とのUURR連携を着実に推進し、少しずつ実績を上げていくことが必要であると判断した。その結果、大連理工大学をパートナーに岩手地域と大連地域とを結び付けるUURRプロジェクトを行うこととした。

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2.大連理工大学・岩手大学国際連携・技術移転センター設置の経緯

 大連理工大学は、中華人民共和国遼寧省大連市に位置する中国政府直轄の重点大学の一つである。岩手大学と大連理工大学とは、鋳造分野において本学工学部の堀江皓教授(現、客員教授)と大連理工大学の金俊沢教授との間で1980年から研究交流が続いており、2003年3月には大連理工大学鋳造技術研究センターと本学の地域共同研究センター(現、地域連携推進センター)が学術交流協定を締結している。

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 2004年8月、堀江皓教授を代表とする岩手大学UURRプロジェクトチームが大連理工大学を訪問し、林安西校務主任(当時)に岩手大学のUURR事業について説明を行った。同年11月には大連理工大学の林校務主任、金俊沢教授ほかが岩手大学を訪問し、両大学間の技術交流・研究者交流について平山健一岩手大学長(当時)と意見交換を行い、2005年5月に岩手大学と大連理工大学との国際学術交流協定を締結した。

 協定締結に当たっての意見交換では、当面の教員交流・学生交流計画のほか、UURRプロジェクトへと発展させていく計画も提案された。同年10月には、大連理工大学から郭東明副校長、金俊沢教授、李俊傑科学技術処長(現、校長助理)他が来学し、堀江皓教授を代表とする本学UURRプロジェクトチームと両大学の連携による技術移転方法について協議した。協議内容は、両大学が共同して「国際技術移転センター」を設立し、マーケット活動や研究者交流を行う案等についてであった。12月には、筆者と対馬正秋岩手大学技術移転マネージャー(現、教授)他が大連理工大学を訪れ、国際技術移転センターの活動内容や経費負担等について協議を行った。さらに翌2006年3月には、堀江教授、筆者他が大連理工大学を訪問して最終協議を行い、2006年4月1日付けで大連理工大学内に「大連理工大学・岩手大学国際連携・技術移転センター」を設置することができた。

 同センターの設置・運営に関する協定は、2006年5月25日、アカシア祭りで賑わう大連において、大連理工大学の林安西校務委員会主任と岩手大学の平山健一学長とが調印した。調印式には、前年4月に大連市に経済事務所を開設し、同市において宮城県とともに産業交流会を開催するため滞在していた増田寛也岩手県知事(当時、前総務大臣)の御臨席もいただくなど、UURRらしい調印式となった。

3.大連理工大学・岩手大学国際連携・技術移転センターの取組

 大連理工大学・岩手大学国際連携・技術移転センター(以下、「技術移転センター」という。)は、中国国内法の関係から大連理工大学内の組織として設置することとした。技術移転センターは、大連理工大学の郭東明副校長(科学技術研究主管)と岩手大学の齋藤徳美理事(総務・地域連携担当)・副学長の共同統括の下、センター長を大連理工大学科学技術処長の李俊傑教授(現、校長助理)が兼務し、専任の職員を2名配置するほか、科学技術処の全面的な支援をいただくこととした。

 また、技術移転センターが大連理工大学内に設置されたことから、それに対応する組織として、岩手大学内に地域連携、国際連携を担当する教職員で構成する組織横断的な「岩手大学・大連理工大学国際連携・技術移転室」が設置され、地域連携、産学官連携を主担当とし地域連携推進センターに勤務する筆者が室長に、国際企画を主担当とし国際交流センターに勤務する早川智津子准教授が副室長に就任した。

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 技術移転センターの設置・運営に関する協定では、設置期間を当面3年とし、その後は1年毎に更新していくこととしているが、現在は設置してから4年が経過しようとしている。

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 協定書に掲げたセンターの業務は次の通りであるが、具体的には、数値目標を入れた年次活動計画書を作成し、その実現に必要な費用を両大学が折半して負担している。

  1. 両大学の教育・研究の成果を日本国岩手県及び中華人民共和国大連市を中心とする各地域企業等への技術移転事業を行う。
  2. 両大学の連携による国際共同研究プロジェクトの推進事業を行う。
  3. 両大学の研究者の交流の推進事業を行う。
  4. 両大学の関連分野の研究者による企業視察事業を行う。
  5. 両大学の学生相互留学、インターンシップ等の推進事業を行う。
  6. 各地域企業等間の連携に関する斡旋・仲介事業を行う。
  7. その他、両大学が連携して進める産学連携に関する事業を行う。

【初年度(2006年度)の取組】

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 初年度(2006年度)は、中国国内各地で開催される7つの大規模商談会に参加し、大連理工大学の技術シーズとともに岩手大学の技術シーズのPRを行った。特に9月に深圳市で開催された中国最大規模の展示会「中国国際ハイテク技術成果交易会」には筆者も参加し、大連理工大のブースの一部をお借りして本学の研究成果を展示出品することができた。

 研究者交流、共同研究推進では、10月に本学農学部の寿松木章教授がブルーベリー栽培技術についての技術交流を、11月には工学部の千葉則茂教授がCG分野での技術移転に向けての交流を行った。特にブルーベリー技術については、大連理工大学が岩手大学と共同して大連市政府の研究プロジェクトに応募して採択になるなど国際共同研究にもつながった。また、大連理工大学の訪問団を10月に迎え、岩手大学の金型、鋳造の研究センターと岩手県工業技術センターを訪問視察していただいた。

 3月には日本貿易振興機構(JETRO)のLL(Local to Local)事業の支援を得て、鋳造、金型、IT分野での産業交流を狙いとする最初の大連訪問団を派遣することができた。また、学生交流も開始し、3月の大連訪問団に併せ、本学の金型・鋳造工学専攻の学生2名が大連理工大学での短期学生交流を行った。

4.日本貿易振興機構(JETRO)の支援

 技術移転センターの立ち上げに当たっては、初期には大連理工大学と岩手大学の研究者のネットワーク作りに努め、そのネットワークを介在して企業間連携を図っていく戦略を構想していた。しかし、日本貿易振興機構盛岡貿易情報センター(JETRO盛岡)の柳川仁所長(当時)がこの取組に着目し、2006年12月にJETROの支援メニューを活用した産業交流の展開を持ちかけてきたところから急展開し、一気に産業交流を図るプロジェクトへと変貌した。

 JETRO盛岡の最初の提案は、国内地域と海外地域との産業交流による新産業創出を目指す「LL(Local to Local:地域間産業交流)事業」の事前調査案件への応募であり、幸運にも翌年の2月に採択され、2007年2月中旬から3月末までの1ケ月半の実施期間での事業となった。JETROの採択に当たっての要件は、産業界の巻き込みであったことから、地域のものづくり企業を募集して「岩手UURRものづくり産業連携推進協議会」(会長:大野眞男岩手大学副学長)を組織し、事務局を岩手大学において事業実施することとした。

 3月には金型、鋳造、IT分野の研究者、企業からなる16名の大連訪問団を組織し、大連理工大学において最初の「大連理工大学・岩手大学国際科技合作交流会」を開催したほか、分科会に分かれての研究者・技術者交流、大連市内企業訪問調査等を実施した。

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 2007年度には、LL事業の後継となる技術交流・クラスター交流に特化したJETROの「地域間交流支援(RIT)事業」に応募し、東北・北海道地区での唯一の採択案件として、産業交流を加速してきた。この事業は、毎年の評価を経るものの、最大3カ年の支援を得ることができ、今年2009年度がその最終年度となっている。

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5.これまでの実績

 これまでの足かけ4年間にわたる活動の中で、幸いにも次のような分野でいくつかの成果を上げることができた。

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【日中産学連携】

鋳造分野での連携

 岩手大学工学部の堀江皓教授の「片状黒鉛鋳鉄の高強度化に関する技術」について、小林良紀RIT事業コーディネータの働きかけにより、中国の大連四達鋳造有限公司(劉宏偉総経理)が関心を寄せ、大連理工大学も含めた3者での秘密保持契約を2008年3月に締結して技術開示・指導を行い、同年11月に技術移転契約を締結した。

 

IT分野での連携

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 2008年11月に岩手大学工学部の千葉則茂教授のIT技術「自然現象に関するリアルタイムアニメーション技術」に関連し、岩手大学、大連理工大学及び大連泰康科技有限公司(戴維董事長)の3者間で共同開発に関する秘密保持契約を締結した。その後岩手大学と大連泰康科技有限公司との間で共同研究契約を締結し、2009年4月から共同研究を実施している。なお、同社は社員2名を岩手大学に派遣し、大学院に籍を置きながら関係技術の習得・研究を行っている。

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 また、岩手大学内のインキュベーション施設に開発拠点を有する株式会社ゴーイング・ドットコム(本社東京、本垰孝佳代表取締役社長)は、JETRO-RIT事業での大連ミッション等に積極的に参加する中で大連理工大学ソフトウェア学院に自社の開発課題の解決策を見つけ、2009年5月に岩手大学、大連理工大学、株式会社ゴーイング・ドットコム、大連泰康科技有限公司の4者における共同開発に関する協定を締結し、大連泰康科技有限公司と連携しながら大連理工大学ソフトウェア学院に新たなデータベースの開発を委託している。

【日中産産連携】

鋳造分野での連携

 岩手大学の堀江教授の技術指導を長年にわたって受けている岩手県奥州市の株式会社水沢鋳工所(及川寿明代表取締役社長)は、堀江教授の仲立ちの下、同教授が今回新たに技術移転を行う大連四達鋳造有限公司と、経営者の相互訪問や従業員の相互派遣等を通じた両社間の連携強化と日中間のビジネス展開を目指すため、2008年3月に相互友好協力協定を締結した。

IT分野での連携

 株式会社ゴーイング・ドットコムと大連泰康科技有限公司とは、中国において新たなビジネスを展開するため、2009年5月に江蘇省無錫市に共同で画像処理を行う会社を立ち上げた。

【日中学学連携】

農学分野での連携

 岩手大学農学部の寿松木章教授と大連理工大学環境生命科学院の栾雨時副教授が共同で申請した「ブルーベリーの高品質果実高生産のための総合的栽培技術研究」が、2007年6月に大連市政府(大連市外国専門家局)に採択された。

工学分野での連携

 工学分野においても金型・鋳造・ITの分野のみならず、電気化学や有機化学の分野で研究者同士の交流が活発に行われてきている。

【日中学生交流】

 2007年3月に岩手大学工学研究科金型・鋳造工学専攻の学生2名が大連理工大学を、同年12月には大連理工大学材料学院の学生2名が岩手大学を訪問し、学生交流を行った。

 また、2008年11月には、岩手大学工学部が大連理工大学化工学院と学生交流に関する覚書を締結し、2009年4月から大連理工大学の学生2名を1年間の予定で受け入れており、2010年4月からも2代目となる学生2名の受け入れが決まっている。

6.課題と今後の取組

 岩手大学・堀江教授と大連理工大学・金教授との研究者交流から始まった大連理工大学との連携が、大連理工大学の関係者や岩手県内の産学官の関係者に支えられてUURRプロジェクに進化し、その中核機関として両大学共同で「大連理工大学・岩手大学国際連携技術移転センター」を設置し、さらには日本貿易振興機構の支援を得て大きく発展してきた。

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 特に、岩手大学が地域で長年にわたって培ってきた産学官連携のネットワークを最大限に生かしながらUURRプロジェクトを展開してきたことから、地域企業のみならず、岩手県を始めとする県内自治体の理解と協力が何よりの糧となっている。昨年10月に実施したRIT事業の大連金型ミッションには伊藤彰北上市長が参加したほか、本年5月に予定しているITミッションには谷藤裕明盛岡市長の参加も見込まれるなど、UURRプロジェクトを日中の架け橋として連携の輪が広がりつつある。

 このような、大学が主導した地域産学官が連携しての国際交流は、全国的にも未だ例を見ないものであり、岩手の産学官が中国大連との産学官交流を発展させ、参加していただいた研究者、企業、自治体がWIN-WINの関係を築いていくことは勿論のこと、次代を担う学生がこのUURRプロジェクトを踏み台として、経済社会のグローバル化の中で生き生きと活躍することを夢見ながら、取り組んでいきたいと考えている。