【14-021】李克強改革は何を目指し、中国経済はどこに向かうか(その3)
2014年12月02日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
(その2よりつづき)
「中央八項規定」でミクロ改革が始まっている
構造改革を進めるには「微調整」と「簡政放権」だけでは不十分である。今一つの対策は、規制と監督の強化だ。李首相は「法治の原則と制度を利用」して金銭を管理すると語る。パイプの穴、すなわち経済の隅々に巣食う問題、行政末端と多くの民も絡む問題に踏み込む改革の実践が重要と考えている。
日本では中国の高官腐敗が大きく報道されるが、ミクロ改革はあまり話題にならない。国家公務員の勤勉倹約規定「中央八項規定」が地方に波紋を投げた。八項規定を受け、広東省は四風(形式主義、官僚主義、享楽主義、贅沢)対策会議で党員幹部の綱紀粛正を強化した。今年の7月末までの広東省での八項規定違反は567件で247人が処分された。
昔の中国では「四風」のような言葉は形式主義でスローガンだけになりがちだが、実践重視の李首相のもとでその改革も進んでいる。公金での豪華飲食、贈答や旅行、クラブのへ立ち入り、公務出国、公車私用、研修会での浪費、規則違反のゴルフなどへの監督が強化され、「八項規定」と「四風」で没収された紅包の礼金は、今年、広東省では2500万元に達した。深圳市では2013年の政府接待費は、外事辨公室、市公安局などの主要3部門で前年比20%以上減少している。
八項規定は白酒(主に高粱を原料とする蒸留酒)価格を引き下げ、公務員の宴会を減らし、レストラン売上や、月餅販売にまで影響した。中国の年末年始は「年会経済」と呼ばれ、贈答市場が活発になる。企業や個人は家電などの贈答品を「典当」と呼ぶ質屋に持ち込みお金に変えるが、その典当売上も減少させた。公務員の旅行は制限され、香港やマカオへの公務旅行は激減した。
反腐敗、綱紀粛清は公務員の資産にまで及ぶ。公務員には二つのポケットを持つ人も多い。贈られた紅包(ご祝儀袋)の裏ポケットで生活費を賄い、表の給料は預金や不動産購入に回る。贈り物にはゴルフ会員権や住宅もある。公務員の住宅購入は特別値引き価格の場合も多い。
親戚名義の取得を含めれば、公務員の住宅購入は全購入者の7.1%を占め、これは人口の公務員比率よりはるかに高い数字である。最近、反腐敗調査の中央巡視官は地方高官の親族関与の腐敗調査に力を注ぎ始めた。あるチームの調査では、14の調査のうち半数で親族がらみの不正が見つかっている。このような状況から、腐敗追及を恐れて住宅を手放す公務員が増えている。不動産登記管理制度も検討されており、今後、公務員の資産にさらにメスが入ると思われる。
中国では紅包や贈り物は、大きな腐敗への練習コースだ。儀礼的習慣とも関係するので、関わる人の罪の意識も低い。問題を指摘されても「礼尚往来」で、礼をもらえば返すのは当然と平然と答える。反腐敗はこのような習慣との戦いで、習慣を意識で変えるのは不可能だ。しかし、ミクロ部分にメスを入れ「どんな小さなものも許さない」実践こそが改革を可能にするだろう。
マネーロンダリングへの規制が進む
最近、人民銀行とマカオ金融管理局はアンチ・マネーロンタリング協力に合意した。カジノの来場者の90%以上は中国内地の人であり。カジノに流れる中国マネーの総額は、年に2020億米ドルに上ると見られる。マカオ金融管理局は、賭博場周辺の店における銀聯カード取引は、昨年、約1400億元でマカオの賭博収入の半分であったと報告している。
中国人は出国時、2万元の現金持ち出しが許されるが、賭博資金が足りない。そのため、商品購入を装い、お店に手数料を払ってキャッシュを引き出す。賭博場にカード読み取り機を持ち込み、便宜を図る業者もいる。中国本土から読み取り機を運び、規制を逃れる業者もいる。協力合意で賭博場の読み取り機の撤去やビザの滞在期間の短縮などの動きが見られる。
中国は犯罪者や犯罪資金引き渡しの国際条約への対応が遅れている。条約が締結されている国は、アジアの15カ国をはじめ38カ国に過ぎない。だから中国では、犯罪者は条約締結のない先進国、つまり米国やカナダが好きであるとも言われ、条約締結国を増やすための検討が始まった。
7月には中央規律委員会や中央組織部等の7部署が共同で、主要幹部の経済責任審査規定実施細則を見直し、任期内の業務遂行審査を強化している。
8月には、国家審計署が地方政府の過去5年の土地譲渡収入や地上げ、住宅建設の法律順守状況の監査を始め、同時に地方財政の実態把握を始めた。
李首相の言葉の背後に、民への問いかけのメッセージが読める
このように、法治経済を進めるには言葉より実践が必要で、今、それが進み出している。ミクロ改革は、市場活力への期待の一方、民が必ずしも正義でないとの前提にも立つ。それは、多くの市民が関わってきた裏経済の改革でもある。
中国は仮の民主経済が壁にぶち当たり、ミクロ改革で真の民主経済に向かい始めた。悪貨が良貨を呼び込んだようなものだ。
これは中国社会に重要な意義を与える。真の市場経済には民の責任が伴う。経済を法治のルールで運営できてこそ、政治の民主化も可能となってくる。中国の民主化を批判的に語る多くの知識人は、この点を間違える。真の民主経済も成り立たない国が、政治の民主化を進めても混乱をもたらすだけだ。
政治の民主化は重要である。だが、一党政治を批判する人は、中国が一足飛びに政治の民主化に進むとしたら、その際の混乱を想像しない。13億人の国がバラバラになり、内乱が起きる可能性もある。
貧しさはテロ集団を生む。何千万もの難民が出現した時、国際社会はどう対処するのか。今中国は、市場経済の初期学習期を終え、真の民主経済に向かい始めた。それは中国に民主政治が可能か、困難かのテストでもある。そのテストは政治だけが問われるべき問題ではなく、民も問われねばならない問題である。李克強首相の語る「定向調控」「微調整」「微調控」「経済構造戦略調整」「簡政放権」「改革配当」などの言葉に、李克強首相から民への問いかけのメッセージが読める。
構造改革を進める中国経済は、難しい舵取りに直面している
10月23日に閉幕した中国共産党第18期中央委員会第四回全体会議(四中全会)の会議テーマは法治国推進で「全面的小康社会を建設し、依法治国を全面的に推進しなければならない」と決議された。「小康社会」とはまずまずの満足、ある程度の豊かさが感じられる穏やかな社会で、「全面的小康社会」は「経済小康」「社会小康」「文化小康」さらに「政治小康」も含まれる。
中国は世界2位の経済大国になった。一見「経済小康」を達成したようであり、「小康社会」は次なる「社会小康」に向かうように見える。
しかし、パイプから抜かれる水が多い社会は「経済小康」と言えない。世界2位の経済大国は一人一人の「経済小康」に符合していない。符合させるためにパイプの穴を塞ぐには、強い薬が必要となる。その薬が李克強改革であるが、それは不健全な経済と共に歩み、人より早く、一歩でも前に行くことで豊かになった中国人の頭を押さえつけての改革でもある。「欲望の解放」から「欲望の制限」への改革である。
だが、強い薬は副作用も伴う。副作用は、酸いも甘いも「ヤンチャ」も「灰色」も「ブラック」もなんでも御座れ、で成長した経済からエネルギーも奪う。
中国の経済活動には、健全か不健全か、違反かセーフかの曖昧さも多い。市場経済の制度の整備がまだ遅れているからだ。だが、法律を守る意識が国民に希薄なら、「制限」は強い規制になり「ブラック」を封じるために「ヤンチャ」も「灰色」も押さえつけ、正常な経済も委縮させる。
今中国では、少しでも酒を飲んで運転すれば刑務所に収監される。今年の春節休暇を刑務所で過ごした人も多い。そのため酒を飲む場に立ち寄らず、友人との食事も敬遠する人さえいる。
公務員の資産監視は、李下に冠を正さずで、正常な住宅購入にも影響する。ヤンチャや悪さ、悪徳経済の頭を押さえつける改革は、それまで「欲望の解放」の中で潤い、今後の改革の展開に怯える人たちからの強い反発も生む。
だが李首相は、それを覚悟で取り組んでいる。先に豊かになった人が利用したパイプの穴は塞がれ、後に豊かになる人は使えない。その不満を和らげるためにも腐敗に強く対処し、物価をコントロールし、住宅価格を抑えようとしている。
さらに李首相は、これから中国経済がどこまで「微調整」に耐えられるかの難しい判断にも迫られる。「微調整」で経済にブレーキが掛かれば、次に豊かになる人の「経済小康」にも影響するからである。
それゆえ「微調整」を維持しながらも、先ごろ国家発展改革委員会は鄭州至万州鉄道の974億元、青海省果洛民用飛行場の11.33億元など、総投資額7000億元に及ぶ16の鉄道の新設と改造、5つの空港建設を許可している。
今、李克強改革は中国経済の難しい舵取りにも直面している。
(おわり)