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【22-01】中国が「科技倫理の強化に関する意見」を策定―AI、ゲノム編集技術の開発どうなる

アジア・太平洋総合研究センター フェロー 松田侑奈 2022年04月27日

 3月20日、中央弁公庁・国務院弁公庁が「科技倫理の強化に関する意見」[1]を公開し、3月23日に科学技術部が新聞発表会[2]を開催した。中国政府が中央レベルで、科技倫理に関する指導意見は初めてで、国家科技倫理委員会(2020年10月21日)の設立に継ぐ、注目すべき動きである。

 当該意見は、まず、①人類福祉の増進、②生命権利の尊重、③公平公正、④合理的なリスクマネジメント、⑤透明かつ公開体制を保つ、との5つの科技倫理原則を明確にし、組織、個人問わず、科技活動の展開は、社会安全、公共安全、生物安全、生態安全、人の生命安全と心身健康、人格尊厳、科研活動参加者の選択権と知る権利を侵害してはならず、科研倫理要求に反する科技活動に支援を行うことも禁止されるとした。

 そして、以下の内容を重点任務と定めた。

1.科技倫理体制を整える

①国家科技倫理委員会が全国の科技倫理体系構築業務を指導・統括する。科技部は、国家科技倫理委員会秘書処の日頃の業務を遂行する。

②各政府部門、地方では、職責権限に基づき、管轄範囲内の科技倫理強化業務を遂行する。

③高等学校、科研機関、医療衛生機関および企業は、科技倫理管理の主体として、その責任を果たす。

④科技社会団体は、科技倫理強化活動を行い、科技人員の自律性と科技倫理意識を高める。

⑤科技人員は、科技倫理原則を順守し、科技倫理のリミットラインを超える行動をしない。

2.科技倫理保障制度を強化する

①これから生命科学、医学、人工知能などの分野に関する科技倫理ガイド、倫理規定を制定し、科技研究機関や団体、科技人員に明確なガイドラインを提示する。

②各社会団体、研究機関は、科技倫理審査委員会を設置し、科技倫理審査と監督を強化する。リスク処理及び規定違反の際の責任を明確にする。

③特に、「14次五カ年計画」期間中は、生命科学、医学、人工知能などの分野における科技倫理立法研究を強化し、科技倫理を国家法律法規に引き上げる作業に積極的に取り組む。

④各社会団体、研究機関、科技人員は、倫理理論研究に力を入れる。

3.科技倫理審査と監督を強化する

①科技活動を行う際には、科技倫理リスク審査を行わなければならない。特に、人や動物実験を展開する科技活動は、科技倫理審査委員会の承認を得なければならない。

②科技倫理ハイリスクの科技活動リストを作成し、専門家が科技倫理審査委員会の審査結果に対しダブルチェックを行う体制をとる。財政資金による推進中の科技プロジェクトは、全プロセスにおいて、科技倫理監督を強化する。特に、国際協力の研究活動は、より一層厳しい基準で、科技倫理を強化する。

③科技活動に従事する事業単位は、科技活動全プロセスをフォローし、応急対応が可能な体制をとり、倫理監督や審査品質の保障に力をいれる。

 当該意見の公開を巡り、中国倫理学会科技倫理専門委員会主任の李倫は、「中国の科技倫理制度のメリットは、政府主導にあり、これで、科技倫理強化のレイアウトは完成したといえる。科技部が動物実験の倫理を主管しているが、ほかの分野はまだ倫理管理制度ができておらず、このような意見の制定は、中国の科技発展に大きな進歩である」とした。一方、北京協和医学院副教授である張迪は、「科技倫理強化は必要であるが、倫理審査の内容が多くなると、研究が前に進まない恐れがある。各部門が新しい体制に取り組むには時間がかかる。また、科技倫理に詳しい人材が多くないのも現実である」と指摘し、科技倫理業務の遂行には、各政府部署や大学、科研機関、科研人員が一丸となって取る組む必要があるとした。

 当該科技倫理に関する意見は、研究倫理に対する指導性意見であり、従来の科研信用に関する諸意見とは脈絡が異なる。すなわち、2018年の「ゲノム編集ベビーの誕生[3]」事件、顔認識技術と個人のプライバシーの問題[4]、モラル・マシン問題[5]など、人の命や尊厳に関わる科学技術と研究への方針を示したものとなる。近年中国が力を入れてきた、AIやゲノム編集技術の発展に「倫理」という歯止めがかかるかもしれない。

 科研活動を展開にあたっては、様々なトラブルの発生がありうるが、すべての問題を法律で解決するには限界があり、このような意見の策定は必要な措置だと思う。科研倫理強化は、当該意見で強調しているように、多くの部門や機関の協力が必要であるが、力競争や主導権取りで緊張関係になりやすく、実際の展開や実施には思った以上の、多くのコミュニケーションと努力がいると思われる。また、科研倫理は、短期間の教育で強化できるものではないため、大学あるいは義務教育の段階から取りいれを検討する必要がある。


1.法律ではなく、行政指導意見である。中央の方針を提示するものであり、これに基づき具体的法律法規が制定される。

2.記者会見に相当

3.詳細は、こちらのリンクを参照。
 ・MIT Technology Review 特報:世界初「遺伝子編集ベビー」が中国で誕生、その舞台裏
 ・百度百科 基因编辑婴儿事件

4.詳細は、こちらのリンクを参照。
 ・SciencePortal China 科学技術トピック 2020年2月3日
  利便性とプライバシーの狭間に立つ顔認証 手軽さの一方で膨らむ懸念(その1)
 ・BUSINESS INSIDER JAPAN 中国の学校、30秒ごとに生徒の顔をスキャン
 ・東洋経済ONLIN
 中国の学校が教室に「AIカメラ」を置くワケ

5.詳細は、こちらのリンクを参照。
 ・GIGAZINE 「モラルには地域差がある」ということが自動運転車の倫理的ジレンマ判定ツールによる調査結果から判明
 ・株式会社第一生命経済研究所 「モラル・マシン」の衝撃 ― あなたの倫理観を見える化する ―

関連リンク

中共中央办公厅 国务院办公厅印发《关于加强科技伦理治理的意见》(「科技倫理を強化に関する意見」全文)

科技部《关于加强科技伦理治理的意见》新闻发布会(「科技倫理を強化に関する意見」新聞発表会)

中国科学技术协会 科研人员热议《关于加强科技伦理治理的意见》科技伦理治理需破壁垒、明权责、共参与(科研人員が語る「科技倫理を強化に関する意見」)