【23-43】中国政府、特許やデータセット公開に向けたオープン化ライセンスを整備
2023年08月24日
高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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ソースコード以外にも広がるオープン化、中国でも促進
米テスラは2014年、電気自動車開発に関わる多くの自社特許を開放し、利用についてテスラから訴訟を起こさない旨の特許権不行使の誓約(リンク)を行った。またアイルランド・ダブリンに本社を置く世界的な医療機器メーカー、メドトロニックも、コロナ禍で人工呼吸器が不足する中、自社のPuritan Bennett 560について設計仕様を公開した(PDFリンク)。これにも、新型コロナ収束を目的とする場合に自社の特許を無料で開放する「Open Covid Pledge」という誓約が付与されている。
このように、ソフトウェアのソースコード以外にも、知財をオープンにし全体を進化させる動きは様々な企業や団体で行われている。米OSI(Open Source Initiative)などが定義しているオープンソースのライセンス群は、あくまでソフトウェアのソースコードを前提にしたものであるため、特許やデータセット、設計など、別なものをオープン化する際には、それに適したライセンスを選ぶ・作るのが一般的だ。
中国でもこうした動きを促進するため、著作物や特許などを開放して利用を促すためのライセンス体系が整備されつつある。
2022年12月29日、イベント「2022 ⽊兰峰会Mulan Summit」にて、ソフトウェア以外の知財を対象にした共有のためのライセンス「Mulan OWL(Open Works License リンク)」と、共有プラットフォーム「Mulan Open Works Centre木兰开放作品中心(リンク)」が発表された。ライセンスは英語・中国語併記で、中国だけでなく国際的な契約や利用に対応している。ライセンスのための検討や試行錯誤に、中国政府や産業界の狙いが伺える。
米OSIも協力。特許ほかのオープン化に向けた中国の試行錯誤
Mulan OWLのドラフトの作成・発布とコメントには、産・官・学・ユーザコミュニティなど、中国の各リソースが集まっている。
・中国电子技术标准化研究院
・国防科技大学
・开放原子开源基金会
・ファーウェイ
・北京大学
・上海交通大学/上海白玉兰开源开放研究院
・上海开源信息技术协会
・SegmentFault 思否(技術情報SNS)
・开源社(中国最大のオープンソースアライアンス 民間団体)
・Datawhale(ソフトウェアスタートアップ)
・南京大学
・浙江九州云信息科技有限公司
・开放数据中国
・中移苏州软件技术有限公司
(カッコ内の注記は筆者)
発布の半年以上前から、知財と技術のさまざまなコミュニティでパブリックコメントが募集された。また、おそらく中心人物の一人と思われる国防科技大学の盧遥コンピュータサイエンス博士は、様々なオープンソース・ソフトウェアライセンスをまとめている米Open Source Initiativeからレビューを受け、そのやり取りも公開されている(リンク)。
レビュー依頼文にはTeslaほかの特権不行使の誓約を例として、中国でも同様のアクションを起こしやすくしたいという狙いが記載され、OSIのKvin P.Fleming氏からポジティブな回答が寄せられている。
米中貿易対立が深まる今の時代に、中国の国防科技大学の博士と、米OSIの重鎮が、知財を公開・共有して技術開発を前進させるために知恵を出し合っているのは、こうしたオープンソースのコミュニティならではだ。オープンソースは、利用目的を限定しない。
コンテンツやカリキュラムなどを共有するためのライセンスを中国政府が支援するオープンソース組織が配布
配布元は中国のオープンソースコミュニティMulan Open Communityで、中国政府工業・情報化部(工信部)に属する中国電子技術標準化研究院が支援している。
Mulan Open Worksプラットフォーム。教育カリキュラムや写真などのコンテンツが並ぶ。
ライセンスはこの4種類で、オープンな利用、自由な頒布、改変/再配布許可、帰属表示については共通しているが、許可される権利の種類や、派生物のライセンス継承について違いがある。
1. 木兰开放作品许可协议 署名(Mulan OWL BY)
作品の利用時に作者の特定可能な帰属表示(attribution)を必須とする。著作権の利用許諾は含まれるが特許権の利用許諾は含まれない。
2. 木兰开放作品许可协议 署名-相同方式共享(Mulan OWL BY-SA)
作品の利用時に作者の特定可能な帰属表示(attribution)を必須とする。また、作品を使った派生物には、同じライセンスを付与しなければならない。著作権の利用許諾は含まれるが、特許権の利用許諾は含まれない。
3. 木兰开放作品许可协议 署名-专利许可(Mulan OWL BY-PL)
作品の利用時に作者の特定可能な帰属表示(attribution)を必須とする。著作権だけでなく特許権の利用許諾も含まれる。
4. 木兰开放作品许可协议 署名-专利许可-相同方式共享(Mulan OWL BY-PL-SA)
作品の利用時に作者の特定可能な帰属表示(attribution)を必須。著作権だけでなく特許権の利用許諾も含まれる。かつ、派生物にも同じライセンスを付与しなければならない。
BY表記やSA(Shar Alike)などは、同じくソフトウェア以外の著作物を対象にした世界的なライセンス体系クリエイティブ・コモンズによく似ている。クリエイティブ・コモンズは文章や写真などの創作物を中心に、Wikipediaや大手写真共有サイトの米Flickr等でも使われている。
特許を可能にするPLとは
クリエイティブ・コモンズのライセンスには、BY(表示)、SA(継承)、NC(非営利)、ND(改変禁止)という利用条件があるが、PL(特許利用許諾)というものはない。一方で、オープンソースのライセンスであるApache License 2.0、そしてMulan Permissive Software Licenseの特許条項にはPLと同様の記載がある。
Mulan OWLのPLには、「2. 授予专利许可(特許についての許可)」として、この著作物について利用・改変・販売などの自由を許可する2.1条に続き、2.2条として、「本著作物に関連して、誰かに対して特許侵害訴訟などの特許権利行使活動を直接的または間接的に行った場合、許可されていたライセンスは無効となり使用権がなくなる」という記載がされている。
原文は英語中国語併記でこう記されている。
2.2 若"您"直接或间接地、就"本作品"对任何人发起专利侵权诉讼(包括反诉或交叉诉讼)或其他专利维权行动,指控其侵犯专利权,则"本许可协议"授予"您"的专利许可自"您"提起诉讼或发起维权行动之日终止。
2.2 If You directly or indirectly institute patent litigation (including a cross-claim or counterclaim in a litigation) or other patent enforcement activities against anyone with respect to This Work, accusing them of infringement of patents, then any patent license granted to You under This License for This Work shall terminate as of the date such litigation or activity is filed or taken.
つまり、Mulan OWL-PL範囲の機械学習データや意匠、文章などを使って自分の著作物を作り、それで商売や特許を取得することは可能だが、特許権を行使して独占することは許さないという意図だ。この点はクリエイティブ・コモンズというよりも、冒頭のテスラの特許権不行使の誓約や、Apache OSSライセンスなどでの特許の扱いと似ていて、
「利用も商売も大歓迎だが、独占して他の技術開発の妨げになってはならず、みんなの基盤としたい」という明確な意図が感じられる。
どんな知財・著作物を対象とするかでライセンスは異なる
日本はコンテンツ大国であり、日本のコンテンツプラットフォームではコンテンツの特性に合わせて共有するための、独自のライセンス体系が見られる。たとえば「初音ミク」ほかのボーカロイドを販売するクリプトン・フューチャー・メディアが運営する、楽曲共有サイト「piapro」は、クリエイティブ・コモンズも採用しているが、「キャラクター二次創作の自由や、二次創作に対して何がオリジナルかの同一性」なども踏まえたピアプロ・キャラクター・ライセンスPCL(リンク)を設けている。また、クリエイティブ・コモンズがWikipedia等に採用された2009年ほか、2005~10年ごろのweb2.0ブーム時にはpixivコモンズ(イラスト共有)、ニコニ・コモンズなど様々なサイトがコンテンツの共有や相互利用を促進するためのライセンス形態を発布した。この頃のライセンスは多くがコンテンツを対象としていて、商用・非商用の区分けについて特記されている。
今回のMulan OWLは、表面上はクリエイティブ・コモンズに似ているが、コンテンツに向けられたクリエイティブ・コモンズよりも、特許やカリキュラムといった産業寄りの知財・著作物を対象にしている。もともと中国では、MITのバニー・ファン氏が著書「ハードウェアハッカー~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険」で「公开(gongkai)」と定義した、設計データ等を一種の広告コンテンツとして流通させることで開発を加速させる方法が盛んに行われており、イノベーションの原動力ともなっていた。今後は設計データ等をMulan OWLの条件で流通させることにより、知的財産権がグレーな状態でのやり取りではなく、権利関係を明確にしたやり取りが進むかもしれない。
中国政府は2021年からの第14次五カ年計画で、こうしたデータや著作物を含めたオープン化について注力していくと発表している。今回のライセンス制定も、官民連携してオープン化を進めていく流れの一つと考えられる。
ソフトウェア技術の発展において、オープンソースによるソースコードの共有が産んだコミュニティがもたらした効果は計り知れない。テスラ等の特許権不行使の誓約は、その影響を強く受けている。
ソースコードに限らず、知財や著作物の共有・オープン化は、技術開発を加速させ、コミュニティを作っていく上で不可欠な要素であり、日本でもそうした流れが加速することが期待される。
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