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【22-06】中国政府、14次五カ年計画に「オープンソースの知財戦略」を組み込む

2022年05月20日

高須正和

高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

五カ年計画に組み込まれるオープンソース推進

 2021年に発表された中国政府の第14次五カ年計画において、「デジタル技術におけるオープンソースのコミュニティなど、イノベーションを促進する動きをサポートする。オープンソースによる知財管理を完璧なものにする。また、企業がソフトウェアのソースコードやハードウェアの設計を公開することを奨励する(支持数字技术开源社区等创新联合体发展,完善开源知识产权和法律体系,鼓励企业开放软件源代码、硬件设计和应用服务)」という項目が発表された。第15章「デジタル・トランスフォーメーションを加速させ、デジタル中国を建設する」の最初の節がオープンソース促進から始まったことは、中国の関連ニュースにも大きく取り上げられた。

「开源」首次被列入"十四五"规划,未来大有可为(中国のオープンソース媒体OS CHINA, 2021年3月17日)

オープンソースによる技術開発促進

 ソフトウェアを構成するソースコードを、再利用についてのライセンスとセットで公開することがオープンソースである。サーバOSで圧倒的なシェアをもつLinux、スマートホンやIoTのOSであるAndroidはどちらもオープンソースだ。

オープンソースにすることでシェアは急速に拡大し、個別の用途への最適化も進み、結果として大きなビジネスが生まれる。たとえばスマートホンOSのAndroidは、Apple以外のほぼすべてのスマートホンのOSになり、かつ支払い端末やロボットなども使われている。当初Androidをオープンソースとして公開したのはGoogleだが、ここ数年のAndroidの改善は多くがスマートホンやIoTハードウェアの新機種を出す中国企業によって行われており、各企業の更新内容がほかの企業にも共有されることが、Androidを採用するすべての企業にとって魅力となっている。

 もう一つのスマホOSであるAppleのiOSはApple製品の独自性を高め、利益率の高い製品を作ることに成功しているが、Androidがロボットや家電製品、レストランの注文端末になっているような広い活用は望めない。

業界2番手以降がオープンソースによる連合でシェアを拡大する

 こうした、シェア1位は自社独占による開発、それを追いかける2位以降の企業が連合してオープンソースのソフトウェア開発を進め、シェアの総量はそちらのほうが大きくなる事象は、多くのソフトウェアで見られる。

中国は多くのソフトウェア分野でその「トップを追いかける2位以降」の企業を擁している。

 たとえばクラウドによる大規模コンピューティングで世界最大手はAmazonの提供するAWSで、AWSにはAmazonが開発した多くのソフトウェアがあるが、それらは基本的にAmazon社内のみで開発し、利用されている。一方でAmazon以外のテック大手企業が連合してオープンソースの OpenStack というソフトウェア群を開発している。OpenStackをまとめている OpenInfra FOUNDATION のプラチナスポンサーにはMicrosoft・Meta(Facebook)・Huawei・アリババを運営するANT GROUP・Tencent Cloudが並び、ゴールドスポンサーには米CISCOやインテル、日本のNECと並んで、ZTE・中国移動・中国電信・中国聯通などの中国企業も並ぶ。

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国籍を問わず、amazon以外の大手企業が並ぶOpenInfra FOUNDATIONのスポンサー

 Google, Meta等の米大手技術企業は、自社で開発したソフトウェアを次々にオープンソースにしている。クラウド前提の大規模なソフトウェアでは、そもそもシェアNo.1のものがオープンソースであることも多い。ソフトウェアの価値は、そのソフトウェアの利用者がどれだけ多いかで決まる。大きなシェアと個別のニッチへの適応の両方を可能にするオープンソースの開発方式が、利用範囲を広げているのはとても理解しやすい話だ。

参加から牽引へ 中国からのオープンソースムーブメント

 こうした、「多くの人が必要とするソフトウェアのソースコードを公開し、大勢で開発できるようにすることで開発力の向上とシェアの拡大を狙う」というのは、GoogleやMetaなどの米企業では一般的に行われている。ソフトウェアの公開主体を企業でなくよりパブリックにするためのLinux FoundationやApache Software FoundationなどのNPOもアメリカに本部があることがほとんどで、中国のビッグテック企業、Huaweiやアリババなども、そうした活動に多く参加しているのは先ほど紹介したとおりだ。オープンソースなのでどこからでも参加できる開かれたムーブメントではあるが、いわば「アメリカ初のムーブメントに世界中のテック企業がのっている」とも言える。オープンソースの中核である、ソフトウェアの再利用について定めたライセンスも英語で、アメリカの法体系を前提に記述されている。それぞれの組織やライセンスに対する議論も英語で、中国や日本のテック企業から参加している人々も英語でコミュニケーションしている。

 ここ数年の新しい流れとして、中国企業が主体的に自社のソフトウェアを公開し、それを支えるNPOやライセンスなどの整備が始まっている。いわば中国のオープンソースムーブメントが、長らくフォロワーだったものから牽引する段階に進化したともいえる。

第14次五カ年計画に記された「デジタル技術におけるオープンソースのコミュニティなど、イノベーションを促進する動きをサポート」というのは、オープンソースを支えるNPOやライセンスについても、中国の国情にあったものを発信していこうという考え方だ。

 実際に、中国政府は工信部の下に「OPEN ATOM FOUNDATION(开放原子开源基金会 )」を設立し、中国のテック大手がソフトウェアを寄贈している。また、英文・中文併記のオープンソースライセンスMulanPSL(木兰宽松许可证 )を制定し、このMulanPSLをアメリカのOpen Source Initiativeの認証を受けて正式なオープンソースライセンスとして認定されるなどのアクションをしている。

中国政府の狙いはどこにあるのか

 オープンソース方式の開発は米ビックテック企業ではよく見られるものなので、中国のビッグテック企業が取り組む理由はわかりやすい。一方で政府の狙いはどこにあるのだろう。

 筆者は中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」で唯一の国際メンバーであり、共同発起人を務めるニコ技深圳コミュニティとしてもオープンソース技術の普及活動をしている。その一環として神戸大学現代中国研究拠点と共同で「中国オープンソースムーブメント その現状と可能性」というイベントを行った。(イベント録画 )

そこでは梶谷懐神戸大学教授、伊藤亜聖東京大学准教授などから、「技術革新の促進だけでなく、国際標準規格への注力を強める中国政府の狙いがうかがえる」という分析が行われた。

筆者が本業としているオープンハードウェアの事業開発でも、設計や情報が公開され、活用事例がコミュニティによって広まるオープンハードウェアが、特に中国深圳の少スタートアップの製品販売で有効なことは身をもって実感している。

 また、今の中国オープンソース活動には、大学や研究機関等、中国の大学研究者の盛んな参加が見られ、産学連携の面でも貢献していそうだ。次回は中国の研究者が、このオープンソース運動牽引の部分でどういう活動をしているかを紹介したい。

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