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【24-68】視線計測技術を備えたコンタクトレンズ、実用化への道は?

金 鳳(科技日報記者) 2024年07月16日

上:コンタクトレンズのデータを受信する無線高周波装置。
下:眼球モデルに装着されたコンタクトレンズ。このコンタクトレンズには高周波デバイスが埋め込まれており、目の動きの軌跡を高精度で追跡し、目の動きによる指令を識別することができる。(画像提供:朱衡天氏)

 バーチャル・リアリティ(VR)と拡張現実(AR)デバイスの重要な発展方向性の一つに「小型化、軽量化、異物感なし」がある。コンタクトレンズは眼球に張り付き、眼球に合わせて動くものだが、もし、アイトラッキング(視線計測)技術をコンタクトレンズに応用すると、どんな新しい体験が生まれるのだろうか?

 南京大学と江蘇省人民病院、南京航空航天大学の共同研究チームはこのほど、アイトラッキング機能を備えたコンタクトレンズを開発した。このレンズは電源がなく軽量で、装着しても異物感はなく、付属の無線高周波装置と連携することで眼球の動きを追跡し、目の動きによる指令を識別することができる。関連成果は国際的学術誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載された。

高周波デバイスをコンタクトレンズに埋め込む

 論文の共同責任著者である南京大学の徐飛教授は、この研究を始めたきっかけについて「成熟技術としてのコンタクトレンズは、視力を矯正するために世界的に幅広く使われている。そんなコンタクトレンズをインタラクティブな体験を作り出すツールにできないかと考えた。コンタクトレンズにARとVRの機能を搭載するためには、アイトラッキング技術のブレイクスルーが必要になる」と説明した。

 そして、「現時点の多くのアイトラッキング技術は、赤外線を眼球に照射した後、カメラで眼球を撮影して、その特徴を識別することで、眼球が移動した位置や軌跡を推計している。しかし、このような技術は、まぶたやまつげが邪魔したり、瞳孔や虹彩の違いの影響を受けやすい。そのため、特定のシーンでは使用できず、例えば、人が寝ている時の目の動きのパターンなどを分析することはできない」と指摘した。

 同チームは研究で新しいテクノロジー・ロードマップを採用し、目をつぶっていても目の動きのシグナルをキャッチできるようにした。

 徐氏は「チームはコンタクトレンズに4つのワイヤレス高周波デバイスを埋め込んだ。外部のワイヤレス高周波装置が、コンタクトレンズに高周波信号を送る際に、眼球が移動すると、反射した周波数と強度が変化する。その信号のデータを分析することで、目の動きの軌跡を知ることができる」と述べた。

 このような高周波デバイスは、コンタクトレンズの「秘密兵器」と呼ぶことができる。その加工・設計はたやすいことではない。徐氏は「コンタクトレンズは、眼球に張り付くため、無害で軽くて薄く、通気性が良くなければならず、また、一定の曲率が必要になる。このようなデバイスは材質・加工技術に対する要求が非常に高い。チームはナノ加工技術を採用し、厚さがわずか約10マイクロメートルの高周波デバイスを作成し、医療用のシリコーンゴムの中に密封した。また、このコンタクトレンズの曲率は人の角膜にマッチングし、表面には親水性も持たせた。こうすることで、コンタクトレンズは、水分を保ち、酸素を通すことができるようになった。装着していても異物感はなく、快適だ」と語った。

目とデバイスのインタラクションを実現

 ワイヤレス高周波装置が受信するデータと、実際の目の動きの軌跡はマッチするのだろうか。コンタクトレンズを通じて、眼球の動きを把握し、他のものを正確にコントロールすることができるのだろうか。これらは、研究チームの開発目標となっている。

 人間の角膜の曲率はウサギの目のそれに近いため、同チームはウサギを人間の代わりとし、テクノロジー・ロードマップの有効性と安全性を検証した。

 南京大学の博士課程生・朱衡天氏は「実験では、ウサギにコンタクトレンズを装着し、その目の前におもちゃの車を置いた。ウサギの目が動くと、コンタクトレンズが信号をキャッチし、ブルートゥースモジュールを通して、信号をその車に送信した。すると、車もウサギの目の動きに合わせて動いた」と解説した。

 ウサギが寝ている時も、チームはウサギの目の動きの信号を収集した。朱氏は「ウサギの目がまぶたの下で動くのを観察できた。でも、ウサギが目をつぶっている時の目の動きの実際の軌跡と、分析して得られた軌跡の信号が同じであるかどうかは、さらなる検証が必要だ」と語った。

 コンタクトレンズは、角膜の表面を直接覆い、目の組織と密接に接触するため、その品質と安全性は、研究において最も重要になる。

 朱氏によると、チームは2つの方法を採用して、コンタクトレンズが目にやさしいかどうかを検証した。1つ目は、ウサギに24時間連続でレンズを装着させる方法で、もう一つは、人間がコンタクトレンズを装着する習慣に合わせて、1日に8時間、7日連続でウサギに装着させる方法だ。その結果、ウサギの角膜に物理的損傷はなく、現在販売されているコンタクトレンズの角膜に対する影響と明らかな差が見られないことが示されたという。

 ウサギを使った実験と同時に、チームは目の動きの模型を作り、目とデバイスのインタラクション效果を検証した。朱氏によると、目の動きを利用した文字の入力、絵画、ゲームの操作、ウェブサイトの利用、カメラの操作などにおいて、このコンタクトレンズは期待通りの機能を実現している。

 徐氏は「各種調整・テストを経て、このコンタクトレンズの眼球運動角の精度は0.5度よりも優れており、アイトラッキングの精度の要求を満たしている。このコンタクトレンズは、ヒューマンコンピューターインタラクション、目・脳の医学診療、科学研究、心理学研究などの分野への応用が期待される。例えば、特定のシーンにおける危険な作業で、写真撮影が必要な場合、現時点では主にロボットまたはカメラを使って撮影している。もし、人の目の動きで柔軟かつ正確にロボットをコントロールすることができれば、撮影のリアルタイム性と精度を高めることができる」と強調した。

 ただ、徐氏は「このコンタクトレンズが商用段階に入るためには、臨床試験が必要であるほか、ワイヤレス高周波装置の電力消費を減らし、軽量化、小型化、長い駆動時間、低コストの設計を行う必要がある」と率直に述べた。

 朱氏によると、信号の遅延を下げ、インタラクションを高めるべく、チームは今後も最適化・改良を続け、サンプリング頻度を高めていくという。このコンタクトレンズが正式に市販されるようにするためには、厳格な倫理審査も必要となる。

 朱氏は「人工知能(AI)技術の発展を長期的な視点で見ると、コンタクトレンズを統合VRシステムに組み込むことができれば、従来のヘッドセットデバイスから、厚さがわずか100マイクロメートルのステルス型デバイスへの飛躍が実現する」と語った。

関連リンク

南京大学

南京航空航天大学

※本稿は、科技日報「新体验:当隐形眼镜遇上眼动追踪技术」(2024年5月28日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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