【25-008】AIが化学の「不可能」を「可能」にする(その2)
張佳星(科技日報記者) 2025年01月17日
AIはミクロレベルになると、化学研究における強みをさらに発揮し、電子スピンや電荷密度、分子位置エネルギーといった化学的特性と密接に関連するパラメータを予測し、問題を解決できるようになった。現象を理解し、法則を把握し、複雑なミクロの世界を効率的に表現できるAIは、化学の分野において、「不可能」な模索を「可能」にしている。
(その1 よりつづき)
中国科学院院士(アカデミー会員)の張東輝氏は「化学動力学の理論研究において、AIは巨大なポテンシャルを秘めている。化学理論の分子系ポテンシャルエネルギー曲面構造には『指数の壁』という問題が存在する。つまり、分子系における原子の数が増えるにつれて、計算量が指数関数的に増加する。AIニューラルネットワークは、複雑で高度な関数を効率的に表現し、この難題を解決した。AIを活用することで、チームは十数個の原子を含む分子系の高精度ポテンシャルエネルギー曲面構造に関する問題を解決した」と説明した。
張氏によると、ニューラルネットワークは近年、電子運動のシュレーディンガー方程式において、基底状態の波動関数を解く上で大きな進展を遂げている。フェルミ共鳴が存在していない状況下で、チームはわずか1万5000個のパラメータを使用するだけで、11個の原子を含むプロパン分子の振動エネルギーを正確に解くことができた。以前はこれを解くのは至難の業だと考えられていたという。
多電子シュレーディンガー方程式という量子化学分野の中核的な問題の解決においても、AIが提供する新しいパラダイムが、システムの拡大に伴って計算のエネルギー消費が指数関数的に増加するというボトルネックを打破すると期待されている。中国科学院院士の楊金竜氏によると、生成AIに基づく「乾坤ネットワーク」(QiankunNet)は、多電子シュレーディンガー方程式の問題を直接解くことができる。そして「全体を部分に分け、個別に対策する」という方法で、「不可能」だった比較的複雑な材料システムの計算が、次第に「可能」になり、さらには「正確」に計算できるようになったという。
モデル構築には「バーティカルな取り組み」が必要
中国科学院院士の白春礼氏は「化学は安定した新しい物質を得ることができる唯一の科学だ。AIは今後、これまでにない化学反応のタイプや合成方法を発見する無限の可能性をもたらしてくれるだろう」との見方を示す。
だが「0」から「1」を生み出す革新的タスクを実行する場合、AIには依然として多くの課題が存在している。
一つは、化学データの質と利用可能性の問題がある。中国科学院・自動化研究所の徐波所長は「化学研究データはタイプが複雑で、高度に多様化しており、分子記述子やスペクトル画像、実験記録などのマルチモーダルデータを含んでいる。既存のモデルでは多くの場合、これらのデータを効率的に表現したり、異なるモーダルデータの情報を統合することが難しい。化学研究のためには、AIがさらにハイレベルな推理能力を備え、化学反応の予測、分子の逆設計、多段階合成計画などのタスクができるようにならなければならない」と指摘した。
もう一つは、AIの化学知識の蓄積という問題がある。既存のアルゴリズムの多くは「ブラックボックス型」モデルで、組み込まれている化学知識が十分ではない。言い換えれば「化学の博士号」を取得するためには、AIがさらに「バーティカル」に取り組む必要がある。徐氏は「現時点で、多くのAIシステムは主に、データ駆動の方法に依存しており、異なる分野の知識の統合が不十分である。この問題を解決するために、化学者とAI分野の学者が現在、業界の垣根を超えて連携し、化学分野に特化したアルゴリズムとモデルの開発に取り組んでおり、各種科学・化学言語の表現といった基本的能力を高め、さらに強力なモデル構築を目指している」と紹介した。
中国科学院院士で南京大学党委員会書記の譚鉄牛氏は「基礎的な大規模言語モデルをベースに、知識とデータの両方で駆動するマルチタスク・多目標のバーティカルモデルの構築に注力するべきだ」と訴えた。
これについて白氏も「AIと自動化実験の深い統合を加速させるためには、ハイクオリティでオープンかつ共有可能な化学基礎データベースを構築し、データセキュリティ管理などの要素を考慮することが急務となっている」と強調。「独自化されたオープンかつ共有可能で基礎的な大規模言語モデルを構築し、化学の複雑な問題に特化した専用AIアルゴリズムを開発するとともに、学際的な連携をさらに強化し、AI化学分野の人材育成も重視して、AI化学のエコロジカルプラットフォームの構築を加速させるべきだ」と自らの見解を述べた。
※本稿は、科技日報「AI遇上化学:"不可能"变为"可能"」(2024年12月23日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。