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【25-015】生体内環境を模倣した臓器チップ技術の未来に期待(その1)

宗詩涵(科技日報記者) 2025年02月17日

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臓器チップの原理を説明する中国科学院大連化学物理研究所の秦建華研究員。(画像は取材先提供)

 手のひらサイズのチップ上に、ヒトの生体内環境を模倣し、その中で必要な細胞を培養して「心臓」や「肝臓」「肺」などの臓器の一部機能をシミュレーションできるのが「臓器チップ」だ。

 臓器チップと生態模倣システムは、現在の生命科学分野において最も発展の可能性を秘めた新興領域の一つである。それは複数の学科を融合しており、生体外でヒトの臓器の微小環境を模倣し、バイオニックな生態模倣システムを作り出すことで、生命科学や医学研究、新薬開発などの分野にこれまでにない発展のチャンスをもたらしている。

 臓器チップと生態模倣システム分野の発展の現状と、今後の動向について話し合うべく、「臓器チップと生態模倣システム」をテーマにした第770回香山科学会議がこのほど、北京で開かれた。

開発をサポートする革新的ツール

 生命システムは非常に複雑である。人々は生命のメカニズムを理解し、疾患の発症・進行メカニズムを探究するために、新たな概念や研究パラダイム、そして効果的なツールを切実に求めており、それらによって生命・健康に関するニーズを満たす効果的な戦略を開発しようとしている。

 治療薬の開発を例に挙げると、現在の新薬開発のスピードは、疾患の治療ニーズに全く追い付いておらず、失敗率も依然として高い水準にある。1つの新薬の開発コストは20億~30億ドル(1ドル=約153円)に上り、開発から承認までにかかる期間は平均10~15年となっている。現在、生命科学分野では、新たな先端技術を活用して、ヒトの生体内環境により近い生体外モデルを提供することで、薬の開発期間を短縮し、疾患の治療効率を高めることが急務となっている。

 オルガノイドは、幹細胞由来の再生可能なモデルのことだ。中国科学院院士(アカデミー会員)で南昌大学教授の陳曄光氏は「人体を自動車に例えると、ヒトの臓器は自動車の部品のようなものだ。部品が壊れると交換するように、臓器も加齢などが原因で『壊れた』場合は交換することが可能だ。オルガノイドは、生体外で培養され、自己組織化が可能な3次元の微小構造で、対応する臓器を構成する細胞タイプや、類似した空間構造を有し、臓器の一部機能を模倣することができる。研究者はこれまで、動物モデルを用いて臓器の生長・発育過程を理解するしかなかったが、今ではオルガノイドの成長過程を直接『見る』ことができるようになった」と説明した。

 香山科学会議の議長の一人である中国科学院大連化学物理研究所の秦建華研究員は「幹細胞由来のオルガノイドとは異なり、臓器チップは生物学に基づいたバイオニックな生態模倣システムで、工学と生物学の戦略を統合することで、生体外でヒトの臓器の動的な微小環境、臓器間の相互作用、及び対外環境や薬の作用に対する反応などを模倣することができる。これにより、システムレベルでの生物学的研究や複雑な疾患メカニズムのモデリング、治療薬評価などに対して、新たな戦略とツールを提供している」と語った。

 従来の医薬品開発プロセスでは、2次元細胞培養やモデル動物は、人体組織や微小環境の模倣、薬の作用に対する予測価値などの面で多くの制約があった。そのため、新薬開発の足かせを取り除くことが、臓器チップ技術発展の重要な原動力となっている。

 臓器チップ技術は、21世紀初めに急速に台頭した。10年以上の発展を経て、研究者は心臓や肝臓、腸、脳、腎臓など多くの臓器モデルの構築に成功し、バイオ医薬品の研究・イノベーションを促進し続けている。現在、国際的に非臨床試験の代替法が積極的に推進され、動物実験の削減が求められている流れの中で、この新たなモデルと技術はますます注目を集めている。

 臓器チップをオルガノイドや材料科学、工学などの手法と組み合わせることで、生命科学はより現実に近い生体内環境の再現や、より精密な信号制御・モニタリング、より体系的な組織・臓器の相互作用研究、より画期的な疾患モデリングといった方向へと発展できるようになる。

その2 へつづく)


※本稿は、科技日報「器官芯片技术未来可期」(2025年1月14日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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