【25-016】生体内環境を模倣した臓器チップ技術の未来に期待(その2)
宗詩涵(科技日報記者) 2025年02月18日
臓器チップと生態模倣システムは、現在の生命科学分野において最も発展の可能性を秘めた新興領域の一つである。それは複数の学科を融合しており、生体外でヒトの臓器の微小環境を模倣し、バイオニックな生態模倣システムを作り出すことで、生命科学や医学研究、新薬開発などの分野にこれまでにない発展のチャンスをもたらしている。
(その1 よりつづき)
解決すべき重要な課題
中国では、臓器チップと生態模倣システムの研究は全体的にスタートが遅かったものの、既にいくつかの重要な進展を遂げており、急速に発展しつつある。実例としては、新型コロナウイルス感染症のモデル研究や多臓器損傷評価への臓器チップ技術の活用や、多臓器生態模倣システムの構築による肝臓-膵島軸や肺-脳軸の模倣、さらには糖尿病や重大感染症の研究などが行われている。
解決すべき重要な科学的問題も存在する。中国科学院大連化学物理研究所の秦建華研究員は「『臓器チップモデルで、どのようにして高精度のシミュレーションを実現するか』や『どのようにして正確な評価を行うのか』『実験室レベルでの有効性をどのようにして臨床レベルの有効性へと発展させるのか』といった課題は、幹細胞と臓器の発達、臓器機能の再構築、臓器の相互作用、多変数特性評価、生態模倣システムの構築などに関係している。これらの課題の解決には、生態模倣システムの基礎理論や重要技術のブレイクスルーが必要であり、合理的な設計や正確な模倣、定量的特性評価、データ評価、スマート分析などを有機的に組み合わせることが求められる。また、大量の科学データによる検証も不可欠だ」と語った。
中国科学院院士(アカデミー会員)で南京大学医学院教授の顧寧氏は「糖尿病や脳卒中、冠状動脈性心疾患などの汎血管疾患は多臓器、多系統にわたる病理的変化を引き起こす可能性がある。多臓器損傷は複雑な多臓器連携メカニズムと関係があり、既存の研究方法ではリアルタイム性、体系性、総合性の面で依然として限界がある」と説明。「生体内の環境において、多臓器の連携をリアルタイムで動的にモニタリングできるツールと方法を開発することは,バイオニックな生態模倣システムや生体外生命維持システムを構築する上で注目すべき課題である」と指摘した。
中国科学院院士で昆明理工大学教授の季維智氏は「研究者は幹細胞の多能性を活用してオルガノイドや臓器チップの制作を試みており、臓器発育の制御メカニズムの解明や、動物の代わりにそれを使って薬剤スクリーニングを行うこと、さらには人体の機能を備えた代替臓器の制作を試みている。だが、ヒトの臓器の発生と発育のメカニズムが依然として十分に解明されていないため、現時点では、体内と類似した微小循環系を模倣することができず、関連技術の発展を制約する足かせとなっている。臓器チップと幹細胞、オルガノイド、実験動物などを組み合わせ、クローズド・ループ型の生態模倣システムを構築することで、臓器の発生・発育メカニズムをより深く理解できる可能性がある」と述べた。
中国科学院動物所の胡宝洋研究員は「現在、幹細胞やオルガノイド、臓器チップ技術を基盤とした各種システムを相互に連携させることで、組織の構造や一部機能の状態を適切に模倣できるようになっており、幅広い応用の可能性を持っている」と語った。
融合発展の見通しは明るい
生命科学と工学の融合が深化するにつれて、臓器チップを幹細胞やゲノム編集、オルガノイド、バイオ3Dプリンティング、生体センサー、人工知能などの新技術と組み合わせることが、臓器チップや生態模倣システム分野の発展の方向性となっている。
中でも、バイオ3Dプリンティング技術は、バイオ材料と細胞、タンパク質などのバイオユニットを、バイオニック形態学や細胞の微小環境の要求に基づいて、特定の機能を持つ生体外3Dバイオモデルとして正確に構築することができる。清華大学の孫偉教授は「バイオ3Dプリンティング技術は、より高度に模倣された生物学的モデルを構築でき、特に臓器チップや生態模倣システムに特に適している」と紹介した。
ただ、臓器チップが本当の意味で実用化できるようになるまでには、まだ一定の時間がかかりそうだ。深圳理工大学の張先恩研究員は「臓器チップは『形態の模倣』にせよ、『機能の模倣』にせよ、いずれにしても実現には多くの作業が必要だ」との見解を述べた。
専門家らは「生物学や工学、医学、薬学、情報学などの学科を効率的に融合することで、模倣度がより高いヒトの生態模倣システムを構築し、国内の重大疾患研究や新薬開発のオリジナルイノベーション能力を高めることができると期待されている。また、臓器チップと生態模倣システム分野の発展は、倫理、標準策定、科学的規制といったタスクにも関係している。国の重要戦略のニーズに応えるためにも、新興技術の発展と応用を推進し、独創的かつ画期的で破壊的な研究成果を生み出し続ける必要がある」との考えで一致した。
秦氏は「現在、生物医学の研究は新たな時代を迎えている。臓器チップと生態模倣システムは、疾患研究の境界を拡大しただけでなく、将来的には薬の開発や精密医療、動物実験代替技術などのイノベーションを推進する可能性を秘めている。われわれは現在、科学と応用の交差点に立っており、この革新的なバイオ技術の無限の可能性を共に探求しており、大きな発展の余地がある」と語った。
※本稿は、科技日報「器官芯片技术未来可期」(2025年1月14日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。