【25-026】量子コンピュータ完成の「扉」を開ける「カギ」はどれか(その2)
胡定坤(科技日報記者) 2025年03月14日
チップ化や集積化は、量子コンピュータを実験装置の状態から実用化へと移行させるうえで、必ず通る道だ。量子チップは、それに使われている量子ビットのタイプによって分類できる。現時点で、超伝導、光量子、イオントラップという主流となっている3つのテクノロジー・ロードマップがある。近年、中性原子を利用する量子ビットの技術が発展しており、4番目のテクノロジー・ロードマップとなる可能性がある
(その1 よりつづき)
上海交通大学教授で中国初の光量子コンピュータ企業、図霊量子(Turingo)の創業者である金賢敏氏は「光量子チップは、光子間の相互作用を工学化することが難しく、フォトニック集積のロードマップの設計も難易度が高いという課題に直面している。超伝導方式を採用した量子チップに比べると、初期の技術的ハードルが高く、テクノロジー・ロードマップの発展の道が険しい」と指摘する。
科大国盾量子技術股份有限公司の量子コンピューティングラウドプラットフォームの責任者である儲文皓氏は「イオントラップ量子ビットとは、荷電粒子を電磁場に入れ、レーザーを利用して制御することだ。可干渉時間が長く、時間レベルに達し、計算の忠実度が非常に高いというのがイオントラップのテクノロジー・ロードマップの最大の強みである。しかし、拡張性が比較的低いというのが問題で、現時点でイオントラップチップが実現している量子ビット数は比較的少ない。その原因は、イオン間で斥力が働き、それによりイオン配列の混乱を引き起こしやすいからだ」と語った。
中性原子型量子コンピューティングは、レーザー冷却と閉じ込められた中性原子を利用し、マイクロ波または光学遷移を通じて原子を制御して量子ビットにしている。儲氏は「拡張性が非常に高いというのが中性原子の最大の強みである。現時点で、全ての固体タイプの量子プロセッサにおいて、中性原子技術が実現した量子ビット数が最も多い。しかし、中性原子の効率的な読み取りは非常に困難で、既存の中性原子量子ビットは実験室のサンプルのようなもので、工業化には程遠い」と述べた。
一方、金氏は「イオントラップと中性原子のテクノロジー・ロードマップにはよく似た固有の問題がある。この2種類のテクノロジー・ロードマップは、量子ビットを構築する際、レーザーといったマクロな光学部品を必要とし、技術が比較的複雑で、チップ集積の難度を高めている」と指摘した。
どの種類の量子ビットが先頭でゴールするかはまだ分からない
米国の経営戦略コンサルティング企業、アーサー・ディ・リトル(ADL)は2023年、業界の専門家数百人を対象に、量子コンピューティングを完成させる量子ビット技術の種類についての調査結果を発表した。それによると、いち早く成功するとした専門家の割合は「電子(超伝導等)」が39%、「原子(中性原子とイオントラップを含む)」が35%、「光子」が36%だった。ADLは「その割合がほぼ同じであるということは、どの量子ビットが量子コンピューティング完成の『扉』を開けるかは、まだわからないということだ」と分析している。
世界に目を向けると、多くの国があの手この手を使って、複数種類の量子チップ技術の発展に力を入れている。米国を例にすると、超伝導量子コンピューティングのパイオニア企業であるRigetti Computingは22年、米国の国防高等研究計画局(DARPA)の支援を受けた。DARPAは23年初め、Atom Computing、Microsoft、PsiQuantumを選定し、それぞれ中性原子、トポロジカル、光量子コンピュータの設計コンセプトを研究すると発表した。また、23年12月には、DARPAが支援するハーバード大学などの研究者が国際的学術誌「ネイチャー」に、48論理量子ビットの中性原子量子チップモデルを開発したとする論文を発表した。
金氏は「Willowは超伝導方式を採用した量子チップの量子誤り訂正をめぐる問題解決という点で、科学原理上のブレイクスルーを実現したものの、現時点で、100万量子ビットの汎用量子コンピュータを開発するには、まだかなりの時間がかかる。いち早く成功するテクノロジー・ロードマップは、超伝導または光量子かもしれない」と、自らの考えを述べた。
その上で金氏は「既存のテクノロジー・ロードマップにおいて、量子超越性を既に実現しているのは2種類だけだ。光量子チップは、ボゾンサンプリング実験において量子超越性を実現しており、超伝導方式を採用した量子チップが量子超越性を実現するランダム量子回路サンプリング実験よりも、応用価値のポテンシャルが高いことは注目に値する。光量子のテクノロジー・ロードマップは、超伝導のテクノロジー・ロードマップよりも早く、ある分野の専用量子コンピュータの開発を成功させるかもしれない。PsiQuantum社は現在、世界で融資額が最も多い量子コンピューティングの開発に焦点を当てたスタートアップ企業で、まさに光量子チップのテクノロジー・ロードマップを採用している。それは資本市場のある種の選択を意味しているのかもしれない」と強調した。
儲氏は「光量子のテクノロジー・ロードマップは、専用の量子コンピュータでは確かに優位性があるが、Willowの量子誤り訂正をめぐる問題におけるブレイクスルーが、超伝導のテクノロジー・ロードマップにとってカンフル剤となったことは間違いない。超伝導のテクノロジー・ロードマップが量子コンピュータの商業化応用を実現するかは、科学研究の問題ではなく、工学的問題となっている。もし、さらに性能の高い冷却器や集積度の高い超伝導チップ、人工知能(AI)を使用した高精度制御量子ビットなどの技術が解決されれば、グーグルとIBMが打ち出した2030年前後に100万量子ビットの商用化量子コンピュータを完成させるという目標が達成される可能性はかなり高くなる。光量子のテクノロジー・ロードマップにはまだ、光学部品の集積化や小型化といった科学研究問題を解決する必要がある。もし、フォトニック集積学がブレイクスルーをできれば、光量子のテクノロジー・ロードマップと超伝導のテクノロジー・ロードマップが『並走』する可能性がある」と見解を述べた。
金氏は「光量子に関するこうした問題について、私たちは一部のソリューションを打ち出している。非線形光学材料やモジュール化設計といった方法を採用することで、ボトルネックを徐々に解消し、光量子チップの拡張性と商用化の面でブレイクスルーを推進しているところだ」と語った。
※本稿は、科技日報「哪把"钥匙"能打开未来"大门"」(2025年1月9日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。