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【25-033】BMIで肥満を定義するのは時代遅れ?(その2)

代小佩(科技日報記者) 2025年04月09日

「臨床性肥満」という概念と診断基準を明確にするべく、2023年、世界の専門家56人で構成されたランセット糖尿病・内分泌学臨床性肥満症委員会(以下「委員会」)は、臨床において肥満を疾患と見なす条件について確定した。内分泌学や内科、外科、生物学、栄養学、公衆衛生といった医療分野から集まった専門家らは「『臨床性肥満』と診断するためには、体脂肪率をチェックするほか、医学的指標について評価する必要がある」との見方で一致した。

その1 よりつづき)

より正確な診断の提供が可能に

 どんな指標が「臨床性肥満」と関係があるのだろうか。委員会の専門家は、候補として選んだ指標を一つずつ繰り返し検討した上で投票を実施した。最終的に得票率が90%以上だった指標が「臨床性肥満」の診断基準として採用された。

 同委員会は審査の結果、成人の「臨床性肥満」を診断するための18項目の基準、児童・青少年の「臨床性肥満」を診断するための13項目の特定基準を決めた。それには「肥満が肺に影響を与え、呼吸困難が発生している」、「肥満が原因の心機能低下が起きている」、「体脂肪が過度に多く、関節に影響を及ぼし、それが原因でひざの関節や股関節が痛い」、「関節がこわばり、可動域が狭くなっている」、「児童・青少年の骨格や関節に何かの異変が起きたことが原因で、運動に支障をきたしている」、「その他の臓器/系統の機能障害が原因の症状、異変がある」などが含まれている。

「臨床性肥満」の定義も明確にした。「臨床性肥満」とは、体脂肪が過度に多いことが直接的な原因となって臓器の機能が衰えた客観的兆候や症状がある、または日常生活動作(入浴、更衣、食事、自立排泄)が著しく低下した肥満状態のことを指す。華中科技大学同済医学院公共衛生学院の潘安教授は「『臨床性肥満』と診断された患者は、慢性疾患を患っていると見なされ、適切な管理と治療を受ける必要がある」と説明する。

 同委員会はまた、「初期の臨床性肥満」の状態を「前臨床性肥満」と定義した。潘氏によると「前臨床性肥満」は、臓器の機能が正常である肥満状態を指す。「前臨床性肥満」になると、慢性疾患はないものの、将来的に「臨床性肥満」に悪化したり、2型糖尿病や心血管疾患、がん、精神疾患といった他の慢性疾患のリスクが高まったりする可能性があるという。

「臨床性肥満」という概念が打ち出されたことには、いくつかの面でメリットがある。北京大学人民医院内分泌科の紀立農主任は「まず、『臨床性肥満』の疑いがある人は、より正確な診断のほか、自分に合った治療を受けて、臓器や生命体の機能のさらなる損傷を防ぐことができる。次に、『臨床性肥満』が疾患として分類されるよう働きかけることにつながり、患者が専門的な治療や医療保険、公益支援といったさらに多くの社会的サポートを受け、長期治療の経済的負担を軽減する上で役立つ。『臨床性肥満』は慢性疾患であり、糖尿病や脂質異常症、高血圧のように一生治療を受けなければならない。最後に、この基準が打ち出されたことで、関連の臨床診療アプローチの整備促進や、医療体系を再構築することにつながる」と語った。

 同委員会の専門家の一人であるオーストラリアのシドニー大学のルイス・バウアー教授は「科学的な診断に基づく細分化された治療法は、患者個人に合わせた予防・管理・治療のアプローチを提供し、無駄や不必要な治療を減らすことにつながる」との見解を述べた。

肥満に対する科学的な見方を確立

「臨床性肥満」の基準によって「肥満」を見直すと、世界の肥満人口が減少する可能性があることは注目に値する。潘氏は「米国のある機関は『臨床性肥満』の基準を診断の根拠にすると、米国で臨床管理が必要な肥満人口が約30%減少すると試算している」と紹介した。

 紀氏は「新たな診断指標により、医師は肥満が原因で病気になった患者を高い精度で識別できるようになるほか、医療リソースが適切に用いられるようになるだろう」と予測した。

 同委員会の報告書は、体重や肥満に対するスティグマが広がっているという社会的問題にも言及している。潘氏は「糖尿病や心血管疾患、がんといった慢性疾患の患者を軽視する人はほとんどおらず、そのような患者には社会的サポートも提供される。これに対して肥満の場合は、それが疾患とは考えずに悪意ある非難をする人もいる」と指摘する。

 紀氏は「スティグマは社会的認知と関係がある。社会には肥満に対する偏見もある。この報告書は、遺伝子や生理的要素、社会・文化的環境要素といった『臨床性肥満』の要因を詳しく論じており、肥満の全体像を理解し、過体重者に対して理性的な見方を持つ一助になる」と強調する。

 米国肥満行動連合(Obesity Action Coalition)のJoe Nadglowski理事長兼CEOは「研究結果は、肥満に関する人々の言及が体重に対するスティグマをエスカレートさせ、肥満の予防や管理、治療をさらに難しくしてきたことを示している。報告書が提起した新たな方法は、誤解を解消してスティグマを減らすことにつながる。これらの問題を解決するため、私たちは医療関係者や政策立案者に対して、知識の普及を強化するよう呼び掛けている」と訴えた。

 潘氏は体重や肥満が原因で悩んでいる人に対して「数字ばかり気にしてはならず、それよりも、正規の医療機関で『臨床性肥満』かどうかの診断を受けたほうがいい」とアドバイスしている。

 紀氏も「『臨床性肥満』になっている場合は、すぐに医療機関に行くべきだ。もし、『前臨床性肥満』の状態なら、すぐにライフスタイルを調整し、『臨床性肥満』の状態にならないよう注意する必要がある」と強調した。

 今後について潘氏は「われわれも報告書を継続的にアップデートし、さまざまな国やグループに適するように、ローカライズしたエビデンスを探し続けていく。専門家は今後も『臨床性肥満』の診断基準が臨床ガイドラインや業界基準になるよう働きかけていく。そして『臨床性肥満』が『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』や医療保険に組み込まれ、一人でも多くの人が恩恵を受けられるよう働きかけていく。すでに多くの人がこの活動に参加しており、今回の報告書が決定打としての役割を果たすことになるかもしれない」と語った。


※本稿は、科技日報「用BMI定义肥胖过时了?」(2025年1月20日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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