【25-063】アルツハイマー病、「対症療法」から「根治療法」へ(その2)
代小佩(科技日報記者) 2025年07月17日
レカネマブとドナネマブという2つの分子標的薬が登場したことで、アルツハイマー病の治療は新たな局面を迎えた。これらの治療薬は「ゴミを処理する特殊清掃チーム」のような役割を担い、脳内のアミロイドβタンパク質を正確に認識して除去する能力を持つ。
(その1 よりつづき)
ドナネマブとレカネマブは、治療効果の面で、一定の優位性があるものの、臨床応用にはいくつかの困難が伴っている。
北京大学第一医院神経内科の孫永安主任医師は、「一つには、患者がアルツハイマー病であると明確に診断されて初めて、レカネマブやドナネマブの使用が認められるという点がある。しかし、その明確な診断を得るには、高額な費用がかかるか、もしくは手続きが煩雑である。もう一つには、これらのモノクローナル抗体医薬は価格が非常に高く、多くの家庭にとっては経済的負担が大きすぎるという問題がある」と述べた。
中国微循環学会神経変性病専門委員会の副主任委員兼秘書長で、航空総医院・神経内一科主任の邢岩氏は、「ドナネマブとレカネマブはいずれも軽度の早期アルツハイマー病患者を対象とした薬剤であり、中等度から重度の患者には十分な効果が見込めない」と指摘している。
複数の要因の影響により、現在、アルツハイマー病で使われている治療薬は、依然として従来の治療薬が主流となっている。ただし、従来の治療薬と分子標的薬は相反するものではない。邢氏は、「標的薬と従来薬は通常、併用が可能だ。両者は異なる作用機序に基づいてアルツハイマー病を治療しているからだ」と強調する。
アルツハイマー病の原因は複雑であり、アミロイドβタンパク質の蓄積のほか、タウタンパク質のリン酸化、神経炎症、脳の血管障害など、複数の要素が関係している。「そのため、アルツハイマー病には多標的かつ総合的な治療アプローチこそが、より良い効果をもたらす」と孫氏は述べている。
予防と治療には多角的な取り組みが必要
レカネマブおよびドナネマブという2種類の新薬の登場は、アルツハイマー病患者に新たな希望をもたらした。しかし、治療の難題を克服するためには、タウタンパク質の病変を標的とした治療においてもブレイクスルーを実現する必要がある。
孫氏は、「タウタンパク質の病変の進行度は、アルツハイマー病の重症度と密接に関連している。すなわち、脳のタウタンパク質の病変が深刻であるほど、患者の症状も重くなる。もし、タウタンパク質の病変を標的にした治療薬の開発に成功すれば、症状の改善効果は、アミロイドβタンパク質の除去以上に顕著になる可能性がある」と説明した。
だが、タウタンパク質を標的にした治療薬の開発は難易度が高い。「タウタンパク質は細胞内に存在する構造体であるため、関連の治療薬は、血液脳関門を通過して脳実質に到達した上で、さらに細胞膜を透過して細胞内部に入らなければ、病変部位に辿り着くことができない。また、治療薬は、異常なタウタンパク質を除去する過程で、正常なタウタンパク質は残さなければならず、その制御プロセスは非常に複雑だ。現時点において、タウタンパク質の病変を標的として開発された治療薬で成功を収めた例は存在しない」と孫氏は指摘する。
とはいえ、長期的に見ると、アルツハイマー病治療には依然としてブレイクスルーの可能性がある。
疾患の理解に関しては、多くの研究者が関連する研究を行っており、病変タンパク質の毒性や、病変程度に関する研究に加えて、他の要因が疾患の進行に与える影響についても研究されている。これらの影響要因が明確になれば、新たな治療の標的を見出すことが可能になるという。
治療アプローチにおいては、一部の中医薬もアルツハイマー病の治療に用いられている。また、医療界では、アルツハイマー病の手術治療の臨床経験も蓄積されている。邢氏は「一部の症例では、手術がアルツハイマー病患者の行動異常や感情、言語能力に短期的な改善効果をもたらすことが示されているが、長期的な治療効果はまだよく分かっていない。現在、全国規模の多施設共同による二重盲検比較研究が開始されており、手術の適応症や治療効果などを明確にすることを目的としている」と説明する。
アルツハイマー病の早期発見と診断においては、研究者は一定の成果を挙げている。例えば、血漿中のタウ217レベルがアミロイドPETや腰椎穿刺による脳脊髄液(CSF)のタウタンパク質レベルと高い一致度を示すことが研究で明らかになっており、早期スクリーニングに活用することで、早期診断の精度を高めることができる。このほか、スマート化された認知評価ツールや画像解析アルゴリズムといった補助診断技術も発展し続けている。
邢氏は、脳の健康に関係する血漿バイオマーカーを健康診断の項目に含めるべきだと提案している。「特に65歳以上の高齢者、または特定の遺伝子や家族歴を持つ高リスクの人々は、早期スクリーニングを行い、アルツハイマー病の早期発見、早期診断、早期治療を実現すべきだ」と訴えた。
さらに、「アルツハイマー病の治療薬開発への投資を増やし、国民全体のアルツハイマー病に対する認識を高めたい。規則正しい運動、健康的な食生活、禁煙・禁酒などの健康的なライフスタイルは、アルツハイマー病の予防につながる」と強調した。
※本稿は、科技日報「阿尔茨海默病从"治标"走向"治本"」(2025年5月13日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。