【25-079】AIが新薬開発の速度を一変させる(その1)
「AI+科学研究」を読み解くシリーズ
沈 涵、王 春(科技日報記者) 2025年09月22日
英矽智能科技(上海)有限公司の全自動化実験室で実験を行う研究者。
(画像は取材先提供)
AI(人工知能)は科学研究のあり方を大きく変えつつある。新薬開発の加速、宇宙の謎の解明、気候変動のシミュレーション、遺伝子コードの解明など、AIは科学研究の効率を高め、研究の境界を広げる大きな可能性を示している。科技日報では「AI+科学研究」を読み解くシリーズを開始し、医学・薬学、数学、材料学、化学、天文学などの分野におけるAIの成果を紹介し、AIが科学研究の質の高い発展に与える可能性を探る。
すべての遺伝子から潜在的な標的をスクリーニングし、その中からパーキンソン病の新しい治療標的を発見し、候補薬を選び出す。アルツハイマー病の発症リスクを15年前の段階で予測し、診断精度は98.7%を超える......。復旦大学は近年、医学分野でこのような新しい成果を次々と上げてきた。これらの成果の背景には、クラウド上の科学研究インテリジェントコンピューティングプラットフォーム「CFFF」が提供するAI計算能力の支援がある。同プラットフォームは復旦大学やアリババクラウド(阿里雲)などが共同で構築したもので、公共クラウド方式でGPUカード1000枚以上による並列AI計算を提供し、千億パラメータ規模の大規模モデル学習を支援しており、大規模かつ高エネルギー級の特徴を備えている。
現在、AIは一つの研究分野から、幅広く活用される技術へと変化している。複数の専門家は科技日報の取材に対し、医薬品・健康分野においてAIは標的発見、医薬品設計、臨床試験などに応用されており、科学研究の効率を大幅に向上させているが、「データサイロ」などの課題も無視できないと指摘している。
医薬品開発モデルの変革
AI技術は標的発見のモデルを変えつつある。従来の仮説駆動型研究モデルでは、研究者は既存の理論体系に基づき、あるタンパク質が病原タンパク質の伝播過程で重要な役割を果たすと推測した上で、実験を設計して検証していた。このモデルは時間と労力を要するだけでなく、既存の理論体系の外にある多くの可能性を見落としやすいという問題もあった。
AI技術のサポートにより、データ駆動型の研究モデルが可能になった。これは先入観を持たない研究アプローチであり、すべての遺伝子の中から潜在的な標的をスクリーニングした上で、体内外での基礎実験で検証することにより、データ分析の規模と研究効率を大幅に高めることができる。
復旦大学附属華山医院の郁金泰教授は「私たちは大規模言語モデル技術を用いて、100万件を超えるサンプルで全ゲノム関連解析を行い、FAM171A2遺伝子の5つの部位における変異が、パーキンソン病リスクと顕著に関連していることを発見した。病理性α-シヌクレインはパーキンソン病の主要な病原タンパク質だが、これまでFAM171A2という神経細胞膜タンパク質がα-シヌクレイン伝播過程において果たす役割について研究した者はいなかった」と説明した。
AIは化合物スクリーニング段階でも大きな役割を果たす
従来の研究モデルでは、新しいタイプの標的に対する医薬品開発は、試行錯誤を繰り返す必要があった。研究者は数万種類の分子の中から、活性と選択性を兼ね備え、耐性が良好で吸収・代謝特性に優れ、安全性を満たす分子を選び出さねばならず、これらの条件を満たす医薬品分子だけが臨床段階に進むことができる。この方法は専門家個人の経験や創造力に大きく依存し、膨大な時間と人的・物的コストがかかる。一方で、AIによるタンパク質構造予測とバーチャルスクリーニング技術は、どの分子が有効な医薬品になる可能性が高いかを迅速に予測できる。一部の事例では、AIは48時間以内に1億個の化合物をスクリーニングすることもあるという。
CFFFプラットフォームの支援により、郁教授のチームはすべての遺伝子から潜在的標的を正確にスクリーニングし、さらに7000種類以上の小分子化合物の中からFAM171A2タンパク質と病理性α-シヌクレインの結合を有効に阻害できる小分子を迅速に見つけ出した。郁教授は「本来なら数十年かかる作業を、私たちはわずか5年で成し遂げた」と語った。
CFFFプラットフォームはチームの別の研究もサポートした。チームはAI技術を利用し、6361種類の脳脊髄液タンパク質からアルツハイマー病と強く関連する4種類のタンパク質をスクリーニングした。これらの新しい診断バイオマーカーに基づく共同診断により、アルツハイマー病の発症リスクを15年前から予測することができ、その精度は98.7%を超えるという。この成果に基づいて開発されたアルツハイマー病の早期スクリーニング・早期診断検査試薬は、今年末には各地の大病院や健診センターで導入される予定となっている。
(その2 へつづく)
※本稿は、科技日報「人工智能为药物研发按下"快进键"」(2025年7月29日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。