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【25-080】AIが新薬開発の速度を一変させる(その2)

「AI+科学研究」を読み解くシリーズ

沈 涵、王 春(科技日報記者) 2025年09月24日

現在、AIは一つの研究分野から、幅広く活用される技術へと変化している。複数の専門家は科技日報の取材に対し、医薬品・健康分野においてAIは標的発見、医薬品設計、臨床試験などに応用されており、科学研究の効率を大幅に向上させているが、「データサイロ」などの課題も無視できないと指摘している。

その1 よりつづき)

臨床試験の効率を高める

 医薬品は市販される前に臨床試験を経て、医薬品規制当局の厳格な審査を通過する必要がある。英矽智能科技(上海)有限公司(以下「英矽智能」)の共同最高経営責任者(CEO)である任峰氏は、「臨床段階に入った後は、AIでスクリーニングされた薬も従来の薬と同様に近道は存在しない」と語る。

 だがそれは、臨床段階に入ってからはAIが全く役に立たないという意味ではない。むしろ、この段階こそAIの介入が強く求められている。従来の臨床試験は被験者の募集、スクリーニング、データ収集、品質管理などの効率が低く、この問題点が経済的・時間的コストの増大や失敗リスクの高さにつながっていた。一方でAIは、患者の募集基準を最適化し、試験結果を予測し、臨床試験をシミュレートすることで、従来の臨床試験のボトルネックを打破する新たなアプローチと方法を提供する。

 今年6月、慢性閉塞性肺疾患向けの長時間作用型吸入気管支拡張薬の市販申請が承認された。第Ⅲ相臨床試験の患者募集段階で、医渡科技有限公司が開発した患者募集AIエージェントが活躍し、被験者の組み入れ速度を30%以上向上させ、品質面でも90%以上の水準を厳格に維持した。同社ライフサイエンス事業部の臨床試験責任者である郝原氏は、「このAIエージェントの精度は従来モデルの3倍以上だ」と語った。

 一部の企業は、AI技術を臨床試験結果の予測に積極的に活用している。英矽智能は独自開発したAI臨床試験予測エンジン「inClinico」を使い、複数の臨床試験における第Ⅱ相から第Ⅲ相への転換結果を予測している。

 臨床データの管理においても、AIは大きな可能性を秘めている。上海耀乗健康科技有限公司のAuroraPrimeプラットフォームは、臨床研究報告の初稿作成時間を90%短縮し、全体で45%の時間節約を実現する。

 AIは臨床試験計画も最適化できる。温州医科大学の李校堃院士チームは、AIを用いて成長因子系医薬品の臨床試験計画を最適化し、研究開発の時間短縮に成功した。

 AIによる変革は臨床試験のあらゆる段階に浸透している。調査機関Precedence Researchのデータによると、2025年に世界のAI臨床試験市場規模は26億ドル(1ドル=148円)に達し、2034年には223.6億ドルを超えると見込まれている。

 業界関係者は、AI臨床試験市場が爆発的成長の前夜にあり、技術革新が業界の運営効率を大きく向上させると考えている。ただし、規制の枠組みの遅れやデータプライバシー保護、技術の悪用といった倫理的リスクが業界の健全な発展を制約するボトルネックとなっており、適応的な規制体系と倫理ガバナンスの枠組みの構築が急務である。

「データサイロ」の課題に直面

 ビッグデータと膨大な知識が融合する時代において、計算能力は重要な科学研究の生産力となる。計算能力が向上するにつれて、研究効率も飛躍的に高まっている。

 復旦大学脳型知能科学・技術研究院の程煒研究員は、計算能力の飛躍的進歩を強く実感している。程氏は「2011~12年ごろ、我々は数台のマシンを購入したが、100人分の画像データを処理するだけでも非常に困難で、小さなサーバーを数日間稼働させ続けた」と振り返った上で、「今ではCFFFプラットフォームが十分な計算能力を提供し、複数のタスクを同時に計算できるようになった。このプラットフォームを利用し、より大規模なデータベースを構築して研究を進められる」と述べた。

 程氏はまた、「AI時代における計算能力需要の増大やデータセキュリティ・プライバシー保護の重視に伴い、多くの大学が独自の計算プラットフォームを構築、または強化している。特にセンシティブな臨床データのような研究においては、独自の計算プラットフォームを持つことが不可欠だ」と指摘した。

 一方で、これはデータのサイロ化を深刻化させる要因にもなる。データ資源の断片化現象は、「AI+医薬」の技術的潜在力の発揮を制約しかねない。晶泰智薬技術(上海)有限公司の共同創業者でCEOの馬健氏は、「AIがより大きな役割を果たすには、より多くの標準化されたデータを生み出す必要がある。今後5~10年で、業界が高品質データの生成にさらに力を注ぐことを望んでいる」と語った。

 任氏は、「AI製薬企業は一般的に公開データを利用してアルゴリズム技術を開発している。現在のデータ量はまだ足りているが、業界が進歩するにつれて、アルゴリズムの精度に対する企業の要求はますます高まり、将来的には標準化データの大きな不足が必然的に生じるだろう。英矽智能は20~40人規模のデータマイニングチームを常時維持し、関連データを毎日更新しているが、業界内における『データサイロ』の問題は無視できない」と強調した。

 複数の取材先によると、「AI+医薬」分野での課題は、信頼メカニズムやAIツールの臨床ワークフローへの統合度にある。現在、製薬企業とAI開発者は、機関横断的なデータ協力メカニズムの構築、説明可能なAIモデルの開発、標準化された検証・展開フレームワークの確立などを通じて、業界のオープンな協力を積極的に推進している。将来的には、AI意思決定システムの透明性をさらに高め、臨床研究規範に適合した透明性のある開示基準を策定することで、臨床医や規制当局の信頼を向上させていく必要があるという。


※本稿は、科技日報「人工智能为药物研发按下"快进键"」(2025年7月29日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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