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【25-086】数学者の発想を導くAI:「巨人の肩」から見える未来

「AI+科学研究」を読み解くシリーズ

呉葉凡(科技日報記者) 2025年10月08日

 数学とAI(人工知能)は、切っても切れない「親友」のような存在だ。AIの誕生と発展の歩みには、深い数学の痕跡が刻まれている。また、AIの推論能力の絶え間ない進化が、数学研究に数々の驚きをもたらしている。最近では、「GPT-5 Pro」がある数学論文を読んだ後、原文よりも精緻な数学的結論を独自に導き出し、完全な証明過程まで提示したことが業界の注目を集めた。

 AIは数学研究でどのように応用されているのか。「AI+数学」をどのように深化させるべきか。複数の専門家に取材した。

研究効率が大幅に向上

 北京大学・北京国際数学研究センターの董彬教授はAIの強みについて、「AIは数学理論の研究効率を大幅に高めた。推論結果の検証だけでなく、研究者の思考を広げる助けにもなる。経験的に見ると、数学者は定理の証明と検証に最も時間を費やすことが多い。その作業は膨大な労力を要する上に、数学者が自然言語で記述する証明は完全に厳密とは言えず、小さな誤りを犯しやすい」と語った。

 AIは定理を自動的に証明または反証できる大きな可能性を持っているという。なぜAIが結果を検証できるのか。AIによる「ハルシネーション(幻覚)」の心配はないのか。董氏はこうした疑問に対し、「数学は形式科学であり、その最大の強みは検証可能性にある。コードの実行に似ており、通れば正しいが、通らなければ誤りだ。だからAIは形式的検証システムを用いて理論の正しさを確かめることができる」と説明した。

 研究効率を高めるもう一つの方法として、AIは研究者のために正確なセマンティック検索を提供することができる。

 董氏は「科学研究はよく『巨人の肩の上に立つものだ』と言われるが、実際にはその『巨人の肩』がどこにあるのか分からないことが多い。研究者が新しいアイデアを思いついても、それがすでに誰かによって提案されている可能性がある。そのアイデアが本当に独創的であるかを確認するために、検索エンジンで調べたり専門家に聞いたりするが、こうした方法は効率が低い」と指摘した。

 この点について、著名な数学者のテレンス・タオ(陶哲軒)も以前、公の場で、「AIが数学者にとって便利なツールを提供し、ある定理がすでに提起・証明されているかを迅速に確認できるようになれば、数学者は独創的な研究にエネルギーを集中でき、すでに証明された結果を何度も『再発見』することに時間を費やさずに済む」と呼びかけていた。AIの強力で正確な検索能力は、この願いの実現を後押しする。

 さらに、AIは研究者が新しい知識を素早く学び、新しい技術を習得することも助ける。董氏によると、ある問題を研究するためには全く新しい概念やツールを学ぶ必要があるが、それらが既存の分野と大きく異なる場合、習得には多くの時間と労力を要するという。

 AIは、特定の理論やツールが研究課題と関連しているか、役立つ可能性があるかを迅速に判断・識別する助けとなる。董氏は、「AIは橋渡しの役割を果たし、異なるツールや理論の間にある内在的なつながりを発見させてくれる。これにより、研究の発想が広がり、数学者がより深く考えるきっかけを与えてくれる」と述べた。

 欧州アカデミー(Academia Europaea)外国籍院士の金石氏は、「AIと数学の融合は本質的には『認知の増幅』である。それは、人間の固定的な思考を打ち破り、多スケール・高次元の複雑な問題を同時に扱うことを可能にする」と評価した。

代表的成果が続出

 AIが数学研究を助ける分野では、すでに代表的な成果が数多く現れている。

 董氏は、「この分野で最も代表的かつ影響力のある研究の一つは、DeepMindチームが著名な数学者のジョーディー・ウィリアムソンと協力して行った研究だ。この研究では、研究者たちが数学者の発想を刺激するAI専用モデルを構築し、いくつかの全く新しい数学定理を提案することに成功した」と紹介した。

 具体的には、まず数学者が次のような仮説を立てる。変数XとYの間に簡潔でありながら深い数学的意味を持つ関数関係が存在すると想定し、その関数をfとする。従来の研究では、数学者はこの関数fの具体的な形を何度も推測し、証明を試みる必要があった。このプロセスは非常に複雑で、膨大な時間を要する。

 董氏は、「もし、変数XとYが定量化でき、大量のデータサンプルを生成できるなら、AIを使って未知の関数fの具体的な形を『推測』することができる。数学者はAIが提示する仮説を分析することで、XとYの間に隠れた法則を見出すことができる。その法則は数学者に新たな発想を与え、より正確で信頼性の高い新しい仮説を立てる助けとなり、数学研究全体のプロセスを加速させる」と解説する。

 董氏と香港大学の何旭華教授は研究チームを組織し、人間とAIが協働する研究モデルを、より難易度の高い「ADLV次元公式」の問題に応用しようと試みている。董氏は、「研究の初期段階で、ADLV分野の仮想次元公式を『再発見』することに成功した。さらに実次元と仮想次元の誤差に関する上界定理を証明したが、これも新しい数学定理だ」と強調した。

 注目すべきは、この方法には限界があると董氏が見ている点だ。彼は、「実際の成果は良好だが、この方法で研究できる問題は比較的限られており、特定の課題をピンポイントで解決する場合に適している」と冷静に語った。

 董氏は、より体系的で汎用的な研究アプローチを実現するには、大規模言語モデル技術の力が必要だと考えている。「こうした体系的なモデルは、まるで『AI見習い』を育てるようなものだ。数学者を育てるようにAIを訓練し、成長させ続け、さまざまな分野に応用できる『AI見習い』を育成する。さらに専用モデルと組み合わせることで『専門性と汎用性の融合』を実現できる」と期待を寄せる。

 国際的にも優れた「AI見習い」は少なくない。昨年、DeepMindが開発した自動推論モデル「AlphaProof」と「AlphaGeometry 2」は、2024年の国際数学オリンピックで銀メダル相当のレベルに達した。

数学のデジタル化を推進

 AIは数学研究や数学的推論の分野で一定の成果を上げ、希望の持てる進展を見せているものの、現在もなお多くの課題に直面している。

 董氏は、「AIが本当の意味で数学研究を支える存在になるためには、単に数学コンテストのような応用にとどまらず、まず『検証』の問題を解決する必要がある。具体的には、自然言語で記述された数学的表現の検証が遅く、かつ厳密性に欠けるという課題である。この問題は、研究レベルが高度な数学の問題において特に顕著だ。さらに、トップレベルの数学者の推論過程や思考パターンを模倣する効率的な推論フレームワークの構築も課題の一つだ」と述べた。

 董氏はさらに、「そのために数学のデジタル化を推進すべきだ。自然言語で表現された数学的記述を厳密かつ正確な形式言語に変換し、曖昧さを排除した上で、数学研究専用の『数学推論シミュレーター』を構築する必要がある。このシミュレーターにより、研究者はモデルを迅速かつ正確に検証・訓練でき、AIの数学研究における実用的なパフォーマンスを大幅に向上させられる」と訴えた。董氏のチームは、数学のデジタル化推進を加速させるために、形式化を支援するAIツール群を開発しており、広く利用されているという。

 また、質の高い数学専用コーパスの構築も欠かせない。董氏は、「研究レベルの数学モデルを構築するには数学を本当に理解している人材が必要だ。しかし、最先端かつ高度に専門化された分野ほど、AIに有効な訓練データを提供できる人材は少ない」と述べ、「今後はより多くの学者が『AI+数学』の普及に参加することを望んでいる」と期待を示した。

 武漢大学弘毅特任教授の楊志堅氏も、「数学界が組織的にデータインフラの整備を体系的に進める必要がある」との見方を示している。

 董氏は、「AIの導入によって数学者の役割が損なわれることはなく、むしろ、数学者がより創造的で価値のある研究に集中できるようになる。AIの進歩は、数学の発展を後押しし、数学研究をより豊かで洞察に満ちた時代へと導くことになる」と語った。


※本稿は、科技日報「人工智能为数学家找到"巨人的肩膀"」(2025年8月25日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

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