【25-112】江門ニュートリノ実験、「ゴースト粒子」の謎に迫る
陸成寛、何沛蓯(科技日報記者) 2025年12月05日
地上の入口からケーブルカーに乗り、傾斜した坑道トンネルをゆっくりと下る。送風機の途切れない轟音に包まれていると、約15分後に広々とした明るい地下空間に到着した。ここは地下700メートルに位置する江門ニュートリノ実験(JUNO)の所在地だ。
11月19日、中国科学院高エネルギー物理研究所はここで記者会見を開き、JUNO装置の建設が完了したことと、最初の物理成果を発表した。JUNOの運転開始後59日間で取得したデータを用い、JUNO共同研究グループは太陽ニュートリノの2つの重要な振動パラメータを測定することに成功し、その測定精度を従来の最高水準と比べて1.5~1.8倍に向上させた。
国際的に初めて建設された、次世代の超大規模・超高精度ニュートリノ実験装置であるJUNOは、どのような科学的課題を解明しようとしているのか。ニュートリノ研究は一般の人々にとってどのような意味があるのか。なぜニュートリノ振動パラメータの測定精度を徹底的に高める必要があるのか。これらの疑問について、専門家に聞いた。
第一の疑問:ニュートリノには"姿を隠す"性質があるが、研究すると何が分かるのか?
ニュートリノは「ゴースト粒子」と呼ばれ、地球や人体を容易に通り抜けながら、ほとんど痕跡を残さない。JUNO共同研究グループのスポークスパーソンである、中国科学院高エネルギー物理研究所の王貽芳院士(アカデミー会員)は、「ニュートリノは、物質とほとんど相互作用しない"透明"に近い性質によって、宇宙誕生と進化に関する古い情報を運ぶ"理想的な宇宙の使者"となっている。JUNOはまさにニュートリノ専用の大型科学実験装置だ」と説明した。
同研究所の曹俊所長は、「ニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類が存在する。JUNOの中心的な目標は、この3種類のニュートリノの質量の並び順を確定すること、つまり、どれが最も重く、どれが最も軽いのかをはっきりさせることだ。これは現在のニュートリノ物理学における、最も根本的な科学的課題の一つだ」と述べた。
JUNOはまた、ニュートリノ振動パラメータの高精度測定に取り組むほか、太陽ニュートリノ、地球ニュートリノ、超新星ニュートリノ、大気ニュートリノ、さらには陽子崩壊の探索などの研究を横断的に行う。
曹氏は、「これらの研究によって、JUNOは天体や惑星内部の仕組みを明らかにし、宇宙の背景信号を探索する。また、これらの成果はニュートリノに対する理解を大きく前進させ、現在の理論的枠組みを超える新たな物理を発見する可能性もある」と語った。
第二の疑問:万物の起源を探る研究は、一般の人にどのような意味があるのか?
王氏は、「ニュートリノと私たちとの最も直接的なつながりは、万物の始まりまで遡ることができる。つまり、それは私たちが存在できるかどうかを決定づけてきたのだ」と強調した。
宇宙誕生(ビッグバン)直後の初期段階において、宇宙空間には微小な「密度ゆらぎ(density fluctuations)」が満ちていた。これらは後に銀河・恒星・生命が生まれる元となる「原初の種」だった。しかし、もしニュートリノに全く質量がなかったとしたら、光速で飛び回るため、これらの貴重な初期の「ゆらぎ」をすべて消し去ってしまったはずだ。
王氏は、「ニュートリノにわずかでも質量があったからこそ、速度がわずかに抑えられ、初期宇宙の『密度ゆらぎ』が消えずに残り、やがて増幅された。その結果、重力が働いて銀河系、太陽、地球、そして人類を形成することができたのだ」と説明した。
曹氏は、「ニュートリノ研究とは、本質的には自然法則を純粋に探究する行為だ。短期的には確かに直接の役に立たないかもしれない。しかし長期的に見れば、その価値は予測できない。電気が発見された当初、将来どんな用途が生まれるのか誰にも分からなかったのと同じだ。これこそが基礎研究の意義である。われわれはまず世界を理解する。その理解の中にこそ、未来を変える『種』が潜んでいるのだ」と訴えた。
第三の疑問:ニュートリノ振動パラメータの測定に焦点を当て、なぜ精度向上にそこまで力を注ぐのか?
現在私たちが測定しているニュートリノ振動パラメータは、自然界の基本定数に属する。これらの値がどれほど正確に分かっているかは、多くの先端研究にとって極めて重要だ。
曹氏は、「例えば、物理学における未解決の謎の一つに、ニュートリノが自身の反粒子かどうかという問題がある。この問いの答えは、私たちがなぜこの宇宙に存在できるのかという根源的な問いにも直結している。この問題を最終的に判断するには、ニュートリノの基本パラメータを正確に把握することが不可欠だ。これらの基本パラメータの精度が不十分であれば、科学界は同じ問いを検証するために、10年、あるいはそれ以上の年月を費やし、複数の新しい実験を設計する必要が出てくる」と語った。
さらに曹氏は、「もしこれらのパラメータを十分な精度で測定できれば、これまで曖昧だった多くの物理像がクリアになる。さらに、標準物理モデルを超える新しい物理の存在を検証することも可能になる」と自らの見解を述べた。
今回JUNOが発表した最初の成果は、まさにこの高精度測定という理念を体現したものだ。成果では、太陽ニュートリノの振動パラメータの測定精度が大幅に向上した。このパラメータは2つの方法で測定できる。一つは太陽起源のニュートリノを用いる方法で、もう一つは原子炉ニュートリノを用いる方法だ。しかし、これまで両者が測定した振動パラメータの一つである質量二乗差には、標準偏差で約1.5倍の不一致があった。
王氏は、「この不一致は、単なる実験誤差の可能性もあるが、新しい物理の存在を示唆している可能性も否定できない。私たちが高精度測定を行うのは、この差異をより高い精度で検証し、どちらの可能性かを明確にするためだ。そうすることで不一致の原因を突き止めることができる」と説明した。
※本稿は、科技日報「江门中微子实验看透"幽灵粒子"」(2025年11月20日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。
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