アフターコロナ時代の日中経済関係
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【20-01】第14次5ヵ年計画の検討動向―マクロ政策を中心に―(その1)

2020年12月24日 田中修(日本貿易振興機構アジア経済研究所 新領域研究センター 上席主任調査研究員)

はじめに

 中国共産党19期5中全会は、2020年10月29日、「国民経済・社会発展第14次5ヵ年計画と2035年長期目標制定に関する党中央建議」(以下「建議」)を採択した。また新華社は、11月3日に、習近平総書記による「建議」の説明(以下「説明」)、11月4日に「建議」の誕生記(以下「誕生記」)を公開した。

 本稿では、これらの資料を手掛かりに、新型コロナ感染症の与えた影響に留意しつつ、第14次5ヵ年計画の基本的な設計思想・方向性を論じることとしたい。

1.起草プロセス

「誕生記」「説明」は、「建議」の誕生プロセスを解説しているが、ここからいくつかの特徴が見て取れる。

(1)起草活動開始時の背景

「建議」文件起草グループは、3月の党中央政治局常務委員会会議と中央政治局会議で、設置が決定され、4月13日に第1回全体会議が開催された。この時期は、武漢市の封鎖が解除されてまだ1週間も経っていないタイミングである。

 4月15日、習近平総書記は中央政治局常務委員会会議を主催し、当面の疫病防御と経済政策を検討した。

 経済の現状としては、「常態化した疫病防御の中で、経済社会の運営は徐々に正常に向かい、生産生活秩序は急速に回復している。業務・生産再開は徐々に正常な水準に接近し、あるいは達している」という認識が示された。

 当面の経済政策の基本方針としては、「現在、経済発展が直面している試練は未曾有のものである」としたうえで、「疫病防御と経済社会発展政策を統一的に推進しなければならない」とし、これまでの「6つの安定」(雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想を安定させる)政策を強化するとともに、新たに「6つの保障」(庶民の雇用、基本民生、市場主体、食糧・エネルギーの安全、産業チェーン・サプライチェーンの安定、末端の運営を保障する)が、新たに2020年の注力点として追加された。

 また、この会議でマクロ政策を強化して疫病の影響をヘッジし、財政赤字の対GDP比率を高め、疫病対策特別国債を発行し、地方政府特別債券を増やす方針が確定された。このことから、5月下旬に開催が予定されていた全人代において議論される経済対策の内容の検討と、「建議」の起草作業が同時進行していたことが分かる。

 また、この会議では、「積極的に内需を拡大しなければならない」と、内需拡大を基調とする方針も確認された。1月15日には、米中経済貿易協議の「第1段階合意」が締結されていたが、大統領選を控え、米国トランプ政権の中国への圧力はむしろ強まる傾向にあった。しかも、新型コロナは世界に蔓延し、世界経済を急速に減速させており、中国経済を4-6月期以降急速に回復させるには、当面内需拡大に頼るほかなかったのである。

 このように「建議」の文件起草作業は、新型コロナの流行に伴う、中国経済・世界経済の減速、米中経済摩擦の激化という、厳しい環境下でスタートした。過去にも、中国は1997年のアジア通貨危機、2003年の新型肺炎SARSの流行、2008年の四川大地震、リーマン・ショックといった多くの危機に見舞われたが、これらはいずれも5ヵ年計画期間の途中で発生している。「建議」文件起草の段階で、これだけの危機が重層的に発生していたのは、初めての経験といってよいだろう。

(2)文件起草グループの構成

 胡錦涛指導部の時代には、「建議」文件起草グループの組長は温家宝総理が担当し、胡錦濤総書記は大所・高所から指導を行うという形式を採用していた。しかし、第13次5ヵ年計画「建議」の文件起草プロセスでは、習近平総書記が自ら組長を担当し、李克強総理と張高麗常務副総理が副組長として支える体制に変更された。党中央の建議を党トップの習近平総書記が自ら指導する形となったわけである。これも、当時は、習近平総書記への権限集中の一環だと、内外から解釈された。

 今回は、習近平総書記が引き続き「建議」文件起草グループの組長を担当しただけでなく、副組長が3人に増やされ、李克強総理・韓正常務副総理に、新たに王滬寧党書記処書記が加わっており、王滬寧の役割が高まっているのみならず、より党の集中・統一的な指導が強まっている。

(3)「建議」の構成

 6月17日には、文件起草グループ第2回全体会議が開催された。ここでは、全体の構成を以前の建議のように個別章立てにするか、2015年建議のようにいくつかの大きなブロックにまとめるかが議論された。

 従来の建議は、総理が起草組長だったこともあり、最終的に政府要綱へとスムーズにつなげるために、章立てを細かく設定し、小ブロックにまとめることを基本としていた。しかし、2015年建議は、指導思想として「新発展理念」が新たに提起されたこともあり、この新発展理念の重要性をどうプレイアップするかが重視された。当時の建議でも、新発展理念は5ヵ年計画期間のみならず、より中長期の指導思想と位置付けられており、事実、2017年の19回党大会において、新発展理念は、習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想の中核をなすものとされたのである。

 この影響を受け、第13次5ヵ年計画は3部構成となり、第1部(第1章・第2章)は「総論」部分、第3部(第8章)「結語」は、これまで通りであったが、各論の第2部は、第3章~第7章の5章構成に大きくまとめられ、新発展理念の5項目「イノベーション、協調、グリーン、開放、(発展の成果を)共に享受」に全ての政策各論が振り分けられることになった。このため、従来であれば当然1章を設けて論ずべき「国防・軍隊建設」が、第4章「協力」の第4節「経済建設と国防建設の融合発展」として盛り込まれる形となった。

 しかし、要綱の段階になると、この構成は全面的に見直され、全体は20編・80章になり、たとえば「国防・軍隊建設」は、第19編第77章・第78章として独立した。やはり全ての政策を5つに大括りすることには無理があったのであろう。

 今回の起草グループ会議では、最終的に習近平総書記が、多数のメンバーが賛成する個別章立てで、まず案を策定することを容認した。ただし、グループ分けの長所も参考とするようにと付け加えている。

(4)座談会の活用

 7月~9月、習近平総書記は、自ら7回の特定テーマ座談会を開催した。具体的には、①企業家座談会、②長江デルタ一体化発展座談会、③経済社会分野専門家座談会、④科学者座談会、⑤末端(基層)代表座談会、⑥教育・衛生・スポーツ専門家代表座談会、⑦党外人士座談会、である。座談会には、企業家、党外人士、経済社会分野専門家、科学者、教育・文化・衛生・スポーツ分野の専門家、地方の党・政府指導者、末端代表が出席した。

 今回の特徴は、単に地域ブロック別に座談会を開催するのでなく、テーマ別に専門家を集めていることであり、特に末端の代表から意見を聴取していることである。2020年は、新型コロナを契機とした経済対策においても、中央から地方への財政移転資金を直接末端に届けることが重視されており、「建議」の起草プロセスでも、末端の意向が重視されている。

(5)広く意見を聴取

 8月10日、「建議」稿を全国各地方・各部門・各単位の党委員会・党グループに向けて意見を徴収した。これには党内一部の老同志が含まれ、また各民主党派中央、全国工商聯責任者、無党派人士代表の意見も聴取した。この結果、108の単位、10通の党外人士の書面材料を受け取り、修正意見は計2,181件であった。中央の指導職務を引退した老同志からは、58件の意見を受け取った。

 また、8月16日には、人民日報、新華社、中央ラジオ・テレビ総台に所属する官のネット、ニュースアプリ及び学習プラットホーム「学習強国」にそれぞれ第14次5ヵ年計画建言専門欄を開設。101.8万件の建議を受け取った。

 今回は、インターネットという新たな手段を活用して、国民から幅広く意見を聴取するという試みが行われた。また、党内部では一部老同志から意見を聴取したことが特記されている。老同志の提出した58件の意見は、「建議」の表現に一定の影響を与えた可能性がある。

その2 へつづく)