【21-05】中国企業・産業のコロナ感染症後への対応と日本企業のあり方(その3)
2021年01月21日 和中 清(株式会社インフォーム 代表取締役)
(その2 よりつづき)
8.パナソニックの中国事業改革
次に日本企業の事例でコロナ後の中国とどう向き合うべきかを考える。
まずパナソニックの例である。よく知られているように1978年、来日した鄧小平氏はパナソニック(旧松下電器)の大阪、茨木工場を訪問した。当時83歳だった松下幸之助氏は小雨の中、傘もささずに鄧小平氏を出迎えた。鄧小平氏は工場の階段を上る時、後ろの松下幸之助氏に手を差しのべ階段を上がった後も二人の手は握られたままだった。
鄧小平氏は松下幸之助氏にこう語った。「松下老翁、中国の近代化建設にお手伝いいただけますか」。そして松下幸之助氏は「何であれ、全力で支援するつもりです」と答え、鄧小平氏は工場の記念冊子に「中日友好前程似錦」の文を寄せた。
1978年に松下電器は上海電球工場に白黒ブラウン管の生産ラインを提供し技術提携を進め、1987年に初の合弁企業、北京松下彩色顕象管(BMCC)を設立し中国事業が始まった。BMCCを通じて多くの技術研修生を受け入れ、1995年には人材育成センターを設立し、2001年に中国初の研究開発拠点である松下電器研究開発(中国)も設立し、2000年初頭には「中国事業1兆円」計画が発表された。
だが、その後、洗濯機やテレビ、冷蔵庫の白物家電でハイアール、美的、TCL、ハイセンスなど中国企業が台頭してブランド力と信頼性で高いシェアを誇ったパナソニックのシェアは2%程に落ちた。パナソニックの2018年の連結売上は8兆27億円、地域別売上は日本46%、米州19%、欧州10%、アジア13%、中国12%である。
2000年の初頭、海外担当常務の少徳敬雄氏は「松下電器のスタンスは中国の力を脅威としてとらえるのでなく、いかに中国の産業競争力を当社のグローバル戦略に生かすかにつきる。中国事業戦略がグローバル事業の勝敗を決める。中国市場で勝つことが世界の市場で勝つ必要条件である」と語った。
今はまだ日本国内の売上がパナソニック全体の半分近くを占める。電機、電子の高収益企業と比較しても国内売上比率が高く、グローバル戦略が軌道に乗ったとは言えない。その理由の一つが中国で伸び悩んでいることである。2005年には中国生活研究センターも設立したが、思うように機能していなかった。そして中国事業の再編が始まった。
9.「三つの中国流」への対応
パナソニックは中国事業再編のために考え方を改めた。日本の消費者の声を聞き、その厳しい消費者に受け入れられる高級で高機能製品ならグローバルでも対応できるとの認識を改めた。日本主体で考えず、中国主体に発想して中国消費者がこうあって欲しいと願う製品をつくる考え方に変えた。さらに現代のイノベーションはソフトから起きると考え、「ソフトがハードを動かす時代」に対応するために「製造業であり製造業でない」「ハードをつくらないメーカー」への脱皮、消費者に暮らしを提案する「暮らしアップデート業」への転換を目指す。
また、改革には自社だけでの成長、自社のリソース(経営資源)に頼る限界を認識して業種の垣根を超えて異業種との連携を進めている。さらに、中国では中国の経営と事業風土に合わせた大転換が必要だとして、パナソニックの持つ優位性(長期信頼性、要素技術力、幅広い商品群、ブランド力)を「三つの中国流」(チャイナスピード、チャイナスタイル、チャイナコスト)に合わせる「共創」の考え方を取り入れた。
これまでパナソニックは事業部ごとに中国に進出し、製品ごとの対応だったため家電と住設など事業部の壁が生まれた。壁を取り払い「三つの中国流」に対応すべく組織改革を進め「中国・北東アジア社」を設置し傘下の中国法人39社と社員数2.7万人を四つの事業部(コールドチェーン事業部、冷熱空調デバイス事業部、住建空間事業部、スマートライフ家電事業部)に統合し、台湾事業部を加え5事業部制とした。
家電と住宅設備事業を融合し「くらし空間」「生鮮食品サプライチェーン」の二つのアップデート(新機軸)を両輪に、中国パートナーとの「共創」でB2C、B2B(2C)を強化し中国事業を拡大する計画である。得意の家電もスマート家電、ĪoT(Internet of Things)家電洗濯機や中国限定の美容ドライヤー、デジタルヘルスと健康測定便座など、中国で企画開発した製品で世界に向かおうとしている。
さらに日本で陳腐化したものは中国では売れないと考え、中国のインサイダー企業になるべく、IoT家電とEC(Electronic Commerce)の連携でアリババと提携し、スマート家電の開発でシャオミと、自動運転技術と自動車内装開発でバイドゥ(百度)と、調理・配膳自動化ロボットで外食大手の海底撈と、高齢者向け住宅空間設備で不動産の広宇集団と提携するなど中国パートナーにも学び中国インサイダー企業を目指す。パナソニックは中国・北東アジア社で中国発の事業創出を活発にして2021年の中国売上、1兆円を目指している。
パナソニックの改革は「中国から世界に攻める」「中国のことは中国で決め、中国戦略も中国で決める」ことを実践し、中国に日本と同様の軸を置く転換で、これまでの日本企業の対応からは大転換である。それは「ビジネスモデルを変えないと中国で対応できない」ことに気づいたことでもある。戦略転換の裏に「中国で成功すればグローバルでも勝てる」「中国から世界へ」の意気込みが見える。パナソニックの戦略転換はコロナ後の日本企業の趨勢になるかも知れない。
10.中国で成功できればグローバルでも勝てる
次に抵抗器や機構部品、回路基板、センサー、モジュール製品を生産して自動車や家電、ゲーム機等の市場に供給する富山県の北陸電気工業の例である。同社の代表取締役会長、津田信治氏は筆者に次のように語った。
「今は中国マーケットなしでは事業は考えられない。日本だけでじっとしていることはできない。中国市場をどうすれば発展、維持できるかが大きな課題である。中国は間違いなく大きな市場と認識している。デジタル化の進展は広大な中国で時間と距離を無くす。拡大するマーケットを失わないように対応することが重要課題だ。中国ではブランド力だけでは事業を維持できない。コスト対応力を高めることが課題となるが、そのためには力をつけた中国部品企業とも協業を進め、任せるものは彼らに任せる協力も今後は進める」
北陸電気工業の2019年上期売上の47.5%を中国関連が占める。中国から米国や日本に出荷し中国での売上の14.2%が中国ローカル企業向けだった。今年上期はコロナ禍で中国工場の操業が止まり、中国での売上は35%に低下したが、早晩回復し中国の売上は増加する。ファーウェイ向けや中国から米国への出荷もありその対応も必要だが、パナソニックと同様、「中国無しでは考えられない」のスタンスは変わらない。
最後に自動車内装プラスチック鍍金部品を生産する長野県駒ケ根市の塚田理研工業の例である。同社は約10年前に中国に進出した。中国進出で欧州車の部品も生産するなどグローバルな展開を進める。中国は巨大でおもしろい市場と捉えるが、日本の自動車各社もコスト要求を強め、購買の現地化も進めているので日系企業だからと安心できる時代でもない。中国鍍金企業の品質も向上し一層の差別化とコスト対応力が必要な時代になった。中国に軸足を置き市場とマネジメントへの対応が出来るか、中国のインサイダー企業になることを生き残りの条件としている。
日本ではコロナ対応で中国からの回帰も言われたが、三社の考え方は逆で、中国に本気で軸足を置くことを戦略とする。それは今後の日本企業の考え方にもなると思われ、低下する中国投資も上昇するのではと考える。
コロナ後に拡大する市場への対応で一番いい位置にいるのは日本である。日本はアジアと中国にもっと目を向けアジアの時代、中国の時代に果敢に向かうべきだと思う。コロナ後の中国への対応の成否は、抜き足、差し足でなく、「平和主義」を理解して両足を踏み込み腰の据わった対応が出来るかにかかっている。
(おわり)