高橋五郎の先端アグリ解剖学
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【19-01】第1回 AI花咲く中国式コンテナ植物工場

2019年5月29日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会会長
研究領域 中国農業問題全般

 このコラムで筆者が紹介するのは、主に第一次産業分野や食品加工、物流分野等、包括的にアグリシステムと呼ぶ分野であふれ出すように生まれている中国の先端技術である。かの有名な「製造2025」では生物分野の技術革新を、第13次五カ年計画と同時に策定の「全国農業現代化計画(2016-2020)」でも、これら分野の技術革新を実現すべき優先課題として挙げている。

 中国のこれら分野の技術は遅れているというのが、日本人一般の見方ではないかと思うし、確かに、そうした見方が当てはまるところもある。ところが急速に、こうした見方が過去のものになりつつあるのが今の中国だ。その背景に、上掲のような技術革新推進策、これら産業分野における構造変化がある。

 中国の大学や研究機関では極めて優秀な学生や研究者が激しい競争を繰り広げ、そこに知識と実践を積んだ企業が加わる。彼らが書く論文は主に英語であり、国内で開催されるシンポジウムや国際学会の共通言語も英語だ。海外や国内の進んだ技術や経験を国の発展と、自己の人生をかけて昇華させた成果が溢れ出しているのが今の中国ではあるまいか。

 筆者の研究分野は中国農業とりわけ農業技術の経営的評価であり、中国での調査研究対象は農家と田園(土や水を含む)、さまざま器具や装置、その土台となる社会経済構造である。中国全土のかなりの農村を廻ってはいるが、広い中国、筆者が訪れたところなぞ、面積比で測れば960万平方㎞の1%もあるかどうか。中国の広さは、偏見が生まれやすい理由の一つであり、「研究のワナ」に直結する落とし穴の一つでもある。

 資料を広く集め、見聞し、「信友」(筆者の造語で、本当に信頼できる研究者の友人)の意見や書き物を吟味し、このコラムを借りて、冒頭で挙げた分野において急速に進む技術革新の実態を報告していきたい。

 初回は、中国で花開くAIをベースにした青果物栽培の方法を紹介する。

 中国の青果物栽培の方法は日本と同じように、大きく分けると路地栽培(畑で行う青空栽培)、ビニールハウス栽培、ガラス温室栽培、植物工場栽培、そしてコンテナ植物栽培に分かれる。最近、とくに注目を集めている栽培方法が植物工場とコンテナ植物工場である。なお、ここでは、技術の先端性に焦点を当てるので採算性とか利益最大化とかはさしあたり無視する。

大棚(ビニールハウス)の先端技術

 露地栽培に関する先端技術は、後日紹介することにしよう。大棚(日本のビニールハウスのようなもの)は、けっこうな先端技術を組み込んでいる。日本のビニールハウスの素材は骨を除けばビニール100パーセントでできており、室内温度を維持するため、中に重油を使ったボイラーを置くことが多い。しかし、中国のほとんどのビニールハウスにボイラーはない。1月の真冬、その中に入れば暑くて、1分もしないうちに全身に汗が吹き出してくる。我慢できないので外に飛び出ると、そこは北からの寒風吹きすさぶ氷点下の世界だ。

 中国のビニールハウスは、なぜ暖かいのか?ここには、実は日本にはない隠された先端技術がある。

①屋根一面に分厚い毛布か布団のような布がかぶせてあり、気候が温暖になると天井に巻き上げるように設計してある。これは意外にも、周年栽培を継続させる上で想像を絶する暖房効果を発揮する(写真1)。

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②日本のビニールハウスはかまぼこ型だから寒い冬には寒気がハウス全体を冷やすが、中国の場合はかまぼこを天井から真っ二つに割った半かまぼこ型が一般的で、そこには合理的な理由がある。一方は底辺に当たる土壌から見た場合の湾曲の形をした斜辺部分、もう一方は頂角から直角に伸びた直線の等辺。斜辺部分の方角は必ずほぼ南を向き、等辺部分はほぼ北を向くように設計されている。栽培する植物を暖かい方に向かせ、北風からビニールハウスを守る効果は抜群である(写真2)。

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③しかも、その等辺部分は厚さがほぼ1メートル、素材は土。だからこの等辺は植物を寒気から守る丈夫な厚い土壁ということになり、日本のような100%ビニール製のハウスではないところに優位性がある。

④ビニールハウスに降り注ぐ雨水を外の黒いビニールを側面に張った池に溜め、一度濾した後、細いビニールパイプを根に這わす水滴灌漑の水源に使う。一棟のビニールハウスの土地面積は、概ね6.7アール。一般に、一戸の農家で、少なくて10棟、大規模経営の場合数十棟持っているので、雨水の有効活用は、農民に、きれいな大量の水をただで使える恵みをもたらす。

⑤ビニールハウスの良さには上記以外に、外部からの防虫、防鳥獣効果がある。しかし、中に入ってよく見ると、どこから忍び込んだか、細かいウンカ状の虫が顔の辺りに無数に飛んでいることに気づくことがある。農薬を使えば、簡単に駆除できるが、最近のハウス栽培農民は農薬散布を嫌う傾向が強い。ではどうするか?ハウスの端っこに、害虫が好む植物を一畝(うね)か二畝植え、害虫をそこに誘い込んで退治するのだ。その植物には鳥もちのような農薬が塗ってあり、害虫はそこにべったりくっつき最期を迎える(写真3)。

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⑥一つのハウスでは、3つか4つの種類の野菜を栽培する。同じものを続けて栽培すると土壌に害虫や悪玉バクテリアが発生し、自家中毒症状を起こす連作障害という問題が起こる。とくに、ハウス栽培に適しているイチゴ、ほうれん草、トマト、ナス、インゲン、三つ葉、レタス、キャベツ、メロン、ピーマン、里芋は危険だ。この連作障害のリスクを減らすため、中国のハウスでは、一つのハウスで同じものを栽培せず、1年か2年ごとに、ハウス内の植える場所を順番に変える工夫をする(図1)。

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 この栽培方法には、連作障害のリスクを避けるためだけでなく、一つのものを栽培することから生まれる価格のリスクを分散させる意図もある。複数のものを作ることで、価格のリスクをカバーできるのだ。中国の農民もなかなか勘定高い。

⑦ハウスにはもっと大規模なものがある。やはり、大規模なボイラーなどの熱暖房施設は極力省かれる。この点、日本とは対照的である。その代わり、一棟当たりの敷地面積が広くタテ100メートル以上、幅50メートル以上もめずらしくない。外壁は主にガラスとビニールとがあるが、面積を広く、高さを10メートル近くとると、ガラスやビニールが吸収する太陽光吸収度が広く、強くなる(写真4)。日本にもガラス温室はたくさんあるが、中国に比べると、どれも狭く背丈が低いのが一般的である。

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 以上は、ハード・ソフトに分かれるが、みな中国が生んだ先端技術として評価してよいものだ。

植物工場の先端技術

 植物工場は中国の先端技術が最も駆使される現代的なやり方だ。栽培される農産物は基本的には青果物だが、品質と安心を追求するコメや小麦などの穀物を試験的に栽培する例もあると聞く。しかし、筆者が知っている主流は葉物やナス科植物、葉茎野菜、付加価値の高いイチゴ、メロン、バナナ、イチジク、低木のブドウやドラゴンフルーツなどだ。

 中国の植物工場が技術的にも数量的にも発展した背景は日本以上に、通販のプラットフォームが普及したためであるが、その市場の大部分を天猫(Tmall)と京東(JD.com)が独占する。食品もこの2社の独壇場といってよい。それぞれスマホサイトから独自に開発したアプリを会員(消費者)に持たせ、注文を受け付け、青果物でも翌日配達を守る。

 だから大量の商品を一刻でも早く栽培し、発送するのが競争に打ち勝つ条件だ。注文品はスマホのアプリを覗いて地図のどこにあるかを確かめさせる。注文者は川上、川中、川下のすべてを通じて、透明な情報を手にすることができる。

 AIが威力を発揮し出すのは植物工場だ。植物工場の暖房は太陽光とLEDのミックス、植物の成長には二酸化炭素、水分、温度、光の4つが不可欠だが、いずれも植物学的属性が異なる農産物はみな異なった与え方をしないと立派に早く成長しない。中国の植物工場で混植をする場合、その差や同類性の特性を考慮して農産物を組み合わせる(写真5)。二酸化炭素の適量は1,300ppmとしても光や温度も同じでよいとはいえない。中国では、この計算をして混植や栽培をするための植物工場の設計と運営をする。店売り依存の日本、迅速栽培・迅速配送の中国、その違いがこんなところにも現れる。

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中国式コンテナ植物工場

 しかし、これらの先端技術にはまだ素朴な匂いが漂う。ビニールハウスや植物工場で積み重ねた経験と技術を凝縮させて、さらに先端を行く技術を編み込んでいるのが中国式コンテナ植物工場で、AIと経験が詰まった次世代植物栽培装置だ。

 コンテナ植物工場はもともとアメリカのベンチャー企業生まれで、街中の野菜工場として成長した。中国ではその役割ばかりか、絶対的な不足に悩む黄精、冬虫夏草、霊芝、鹿茸、ヘディオティスなど高級漢方原料植物の周年栽培化という、これまで無理とされてきた難題を解く手段として期待を掛けられている。その他、高価な菌茸類、例えば松茸、天麻、羊肝菌、さらに葉物野菜や果物など30種目以上が栽培され、または計画されている。

 24時間栽培なので、回転数が早くレタスの場合、年に5~6回以上の収穫ができるので収益性も高い。

 すでに多くの開発者が実用新案権、特許を取得、日本やアメリカの上を行っている。たとえば、省エネ植物工場、太陽光植物工場、育苗システム、二酸化炭素、養液の浄化循環システム、電気伝導率とそのPh調整、気流、室温、湿度、光量、栄養などをAIで全自動調整する室内可視の工場だ(図2)。

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 サイズ(長さ)は既製の40フィートと20フィートがある。青果物栽培につきものの病気抑制力も強い。まさに、AIなしには生まれなかったのがコンテナ植物工場である。

 主に人工光式だが、コンテナの外壁と鳥の羽状に伸ばした太陽光パネルを付けた太陽光式、その混合型と3種類が主な形だ。このうち人工光式は中国に大量に積まれている中古海洋コンテナを再利用できる。これがコストを大きく削減する。日本製だと1台が安くても800万円から1千万円、中国製だとその3分の1程度と破格だ。また数台のコンテナを連結・取り外しができ、栽培規模に柔軟に対応できる。移動性も、固定式のビニールハウスや植物工場にない利便性だ。

 海外製品よりは安いとはいっても普通の農民が買うには至っていないが、政府主導で、各地に数百ヘクタール単位で普及させようとする具体的な計画が始まっている。その背景には、先端技術を駆使した農業現代化のさらなる実践という、習近平政権による農民の所得向上、安全な農産物の確保政策の強化策がある。

(写真は筆者撮影)

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