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【19-03】第3回 農地土壌重金属汚染の自浄化技術の開発

2019年9月6日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会会長
研究領域 中国農業問題全般

中国の農地土壌重金属汚染はどのような実態なのか?

 中国全土の農地土壌重金属汚染は実態がよくわからない。政府は2014年4月に全国の土壌重金属汚染について行った調査結果(全国土壌汚染状況調査公報)を公表したが、詳細は伏せたままだ。いまのところ、これ以外に、土壌重金属汚染の様子を示す資料はない。主要な環境汚染のうち水汚染、大気汚染は水利部、環境保護部が詳細な実態を公表していることは周知されているが、土壌汚染全体についてはかなり限られている。

 調査対象は農地を含む土壌全体であり、とくに重金属汚染について調べたものだ。そのうち農地は19.4%が中国の汚染基準を上回った。公表されたのはA4版5ページ(2,800字)分の限られた情報だったが、筆者は強い毒性を持つ殺虫剤、有機塩素化合物であるBHCとDDT、100以上の化合物がある多環芳香族炭化水素系農薬が土壌からなお検出されていることに注目した。日本ではいずれも劇物に指定され、農薬としての使用は禁止されているものだ。

 新潟の農村地帯で育った筆者は虱(シラミ)取りのためとして、小学校でDDTの白粉を頭からかぶせられ顔と頭が真っ白になって帰宅した記憶があり、BHCは希釈して真夏の水田に撒かれたが、道端に放置された筆箱の半分ほどの大きさの空ケース(プラスチック製)をかき集めて遊んだものだ。当時は、DDTもBHCも劇物だという意識は大人にさえなかった。いまでは両方とも発癌物質に指定されている。

 この『公報』が取り上げた重金属はカドミウム、水銀、ヒ素、銅、クロム、亜鉛、ニッケルの8種類だ。これらの重金属汚染は全国に広がっていることが明らかにされたが、なかでも長江三角州、珠江三角州、東北の旧重工業地帯、地域的には西南、中南など南方の汚染が濃いという。

 土壌全体ではカドミウム、ニッケル、ヒ素などが主要な汚染源だが、農地にかぎると比較的カドミウム、ニッケル、ヒ素、水銀、鉛、DDT、多環芳香族炭化水素系農薬が多いとしている。

 政府以外で土壌重金属汚染調査を行った事例は少なくないが、全国規模の調査はこの『公報』以外には存在しない。在野で行われた農地土壌汚染調査のうちで注目されるのは中国農業科学院農業資源と農業地域計画研究所副所長、張維理氏が1993年から10年以上の歳月をかけ、10余省100余県、5,000区画の水田について実施した調査である。

 どのような重金属汚染が多いかという点は不明であるが、これによると調査水田の20%、しかも本来は土地生産性の最も高い水田と人口密集地域の土地条件の優れた地域の野菜や果物栽培農地に目立つ結果が出たという。張維理氏の報告のなかで、汚染がある農地では年々地力が低下しているという点はとくに注目される。

 農地汚染土壌には、人間にとっての健康被害と農産物にとっての健康被害の両方から起こる問題がある。

 人間にとっての健康被害の及び方は複雑だが、有害物質が農産物の茎、葉、実を通して、いわば間接的に体内に取り込まれることが一般的だ。その意味で、農産物の健康被害が最初に起こる。

 先日、阿賀野川で起きた第二水俣病といわれる有機水銀中毒の発生から、原因特定、被害者救済の現状などを展示した「新潟県立環境と人間のふれあい館」を訪れた。そこで第二水俣病の悲惨な歴史とその原因を検証した科学のすごさと科学者がその使命を果たした素晴らしさを実感した。この第二水俣病が工場から流れ出した有機水銀を阿賀野川に棲む豊富な魚介類が取り込んで、人間がその魚介類を食べたことから起きた有機水銀中毒が正体だったことはいまや誰しも認める事実だ。

 農地土壌の重金属汚染は、原理的にはこれとまったく同じ仕組みをもって、農産物を汚染し、次いで、それを食べる人間の健康を蝕む。

 重金属汚染が農産物を蝕む実験が中国で行われたことがある。この実験は非常に敏感な現実を示すことから、実験機関や実験科学者は匿名とされており、本稿でもそれを踏襲しよう。図1、2がその実例を示したものだ。

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図1.イネ土壌の塩化カドミウム濃度別生育状況実験

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図2.イネ土壌の鉄、ヒ素の濃度別生育状況実験

 図1は塩化カドミウムの土壌濃度を5ppmから増やし最大200ppmまでの6段階、図2は同じく鉄とヒ素を20ppmから最大200ppmまでの5段階でそれぞれ生育状況を観察したものだ。左端は比較のため、正常状態で育成したイネの生育状況を示している。

 これによって何が分かるか?図1の塩化カドミウムは土壌中濃度に関わらず生育状況に差はない。ところが、実験者によればイネの茎を検査すると、土壌中濃度ごとに、カドミウムの蓄積が濃く現れたという。みた目では分からない汚染が発生していることを証明したのである。図2は、誰がみても鉄とヒ素の土壌濃度が濃いほど生育自体が悪いことを示す。みた目の生育状況が悪いだけでなく、イネの茎に含まれる鉄分とヒ素の濃度が比例して多いことも証明された。

 また筆者が中国の湖南省、江蘇省、河南省、内モンゴルなどの農地土壌について行った調査によると、最も汚染する有害物質がカドミウムであることも判明している。前掲「公報」がいうとおり、南方において相対的に問題が広がるが、いまは北方にも拡大しているとみられる。その理由として、カドミウム汚染が出やすいといわれる水田が北方にも拡大していること、化学肥料や強い農薬散布が各地に広がっていることなどが挙げられる。農薬の農地面積当たり散布量は、中国が世界一多い(以前、日本は世界一だったが、いまは中国が世界一)。土壌重金属汚染はPM2.5などの大気汚染や重金属水汚染とも関連があるので、全国的な広がりをみせやすいという理由もある。

 日本ではイタイイタイ病が大きな事件として記憶されるが、筆者の調査によると、中国でもそれと似た症状を持つ例が散見されるという。中国語ではそのまま「痛痛病」と書くが、カドミウム汚染がもたらす「痛痛病」の脅威は止んでいない。

 農地土壌重金属汚染の事例は多数把握しているが、記述するのはこの辺にしておきたい。

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基準値の6倍以上のカドミウム汚染が発見された水田(2018年3月、k省にて筆者撮影)

農地土壌重金属汚染に、中国は手をこまねいているのか?

 以上の様子はまことに深刻なものだが、その実態を前に、中国の科学者や行政が手をこまねいているわけではけっしてない。

 汚染土壌の修復は中央・地方の行政、企業、大学、土壌関係の研究機関などによって、研究と実践が取り組まれ、日本やアメリカの土壌汚染の実態研究、そして土壌修復の取組みなどを学びながら、自らの立場で種々の活動に取り組んできた。中国には、「因地制宜」という、地域の実情に応じた取り組みという意味の言い方があるが、土壌汚染の修復はまさにこれである。広い中国、地域によって汚染原因も土壌の質も栽培作目も農法にも特徴があり、ほとんどのことが通り一遍のやり方では限界があるのだ。

 本稿では一般的なことしか紹介できないが、それを通じて、中国の農地土壌重金属汚染の修復技術の発展のさまをみていただければ、と思う。参考までに日本の一般的な修復方法を紹介すると、客土である。客土とは、耕土を新しい土に取り換えることをいう。汚れた土を掘り起こし、そこに新しい土を入れる方法だ。これによって、汚染はほぼ完全に除去できる。しかし、莫大な費用と日数がかかる。この方法は中国では限界がある。

 そこで、中国で開発された方法が以下である。これら複数の方法が地域や栽培農産物の実情に応じて組み合わされ、あるいは特定の技術を専用して土壌重金属汚染の被害を減少、または避ける方法が編み出されているのが現在の中国における対策だ。そこで注目される点は、リン肥を触媒、あるいはある状態に変化を与える化学反応剤のように重視している点、農産物の自然的性質に順応した技術を開発するという点であろうか。

1.農産物から重金属汚染を減少させる技術

 この技術は、土壌中の重金属の威力を削ぐことで農産物への吸収を弱めるというものだ。そのためにある特殊な材料を使うがその材料の詳細は不明だ。ただ、我々に知らされている材料は、リン物質(リン酸二水素系化学物質)、クエン酸ナトリウム、シトロン酸アンモニア、ヒドロキシ酸、グラム陰性菌の一種であるS17菌株の利用(浙江農林大学が特許権を所有)、そして各種ナノ材料などが有効だという点である。

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グラム陰性菌[1]

2.重金属の吸収が低い品種を実用化する技術

 この技術は、重金属の吸収能力が低い品種を育成、選別する技術だ。たとえば水稲、野菜にも、カドミウムなど重金属の吸収能力が通常の品種の半分しかない品種がある。この遺伝子を備えた品種の育成と普及を図るというものだ。

3.重金属の吸収能力を一般農産物の100倍以上も持つ植物で土壌洗浄する技術

 この技術は中国語で「超富集植物」と表現される、重金属の吸収能力がきわめて高い植物を栽培し、その植物の成長を通じて、土壌中の重金属を徐々に減らすという技術だ。

 そんな魔法の植物があるのかと思うが、ベチバー、モエニマシダ、カヤツリグサ科植物、インドカラシナ、アリタソウ、ベンケイ草、グンバイナズナなどが効果的とされ、そのような機能を持つ植物の発見や育成は特許権の対象ともなっている。

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ベジバー[2]

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グンバイナズナ[3]

4.一般の農産物が重金属の吸収を遮断する栽培技術

 この技術は、栽培技術の改善であり超富集性を持たないかその能力が低い農産物が重金属を吸収もしくは蓄積をしない栽培技術のことで、詳しいことは紹介されていない。

5.リン肥料などを使うことでカドミウムやヒ素の吸収を下げる技術

 この技術の要諦はリン肥料の施肥や土壌のPhを調整すること、農地冠水を続けるなどしてカドミウム、ヒ素を減少させるというものだ。この方法は、特別の材料を使うことがなく、比較的大衆的なこともあり、多くの専門家から注目されている。

 中国で起きている深刻な農地土壌重金属汚染の修復のために進められている技術は、いまみたように、客土のような汚染土壌を廃棄する方法ではない。汚染された土壌をそのままに、工夫をこらして土壌の自浄作用を促し、あるいはその作用に手を加える自然に対して優しい方法だという点に特徴がある。

 客土という方法には高い効果が認められるが、汚染された土壌は汚染されたままであり、その処理は別の環境問題を生むタネとなる。


[1] 写真:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pseudomonas_fluorescens_on_TY_agar_(white_light).JPG

[2] 写真:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%81%E3%83%90%E3%83%BC#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:
Vetiveria_zizanioides0.jpg

[3] 写真:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Starr_070124-3822_Lepidium_virginicum.jpg

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