【20-06】第10回 農業現場にみるドローン利用の拡大
2020年11月18日
高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)
略歴
愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般
1.農業現場に於けるドローン利用の現状
先進的な中国農業現場では、あたかもトヨタ式生産方式の中心といえる「かんばん方式」のような無駄の排除と省力化を通じたコスト引き下げへのうねりが起きている。そこで働く農民を指して、ある者は「産業農民」と呼び、またある者は「新農人」と呼ぶ。
このうち「新農人」という呼び方は、数年前からネットや論文にも散見された。若者、大規模経営、新しい技術、高学歴であることなどが珍しがられ、農業農村部など中央政府も「先進農民」などとして賞賛、農業関係者の間で一定の注目を集めている存在である。
「産業農民」という呼称は比較的新しく、生業のイメージが強い農業就労よりも高収入・利益インセンティブのより強い都市型の農民を含意しているようである。
耕運・播種・植え付け・収穫・乾燥・脱穀・精米などの面では農業機械化が完成しているが、いずれも地面または地上で装備されるものであった。それに対してドローンや小型飛行体(飛行機・ヘリコプター)は空中を機械化する点で革新的な意義を持ち、新しもの好きの一部の農民を引き付けた。中でもドローンはその機動性の高さ、機能性の豊富さ、操作のしやすさ、低コストなどの点で他の飛行体を駆逐するほどの革新性をもって登場した。
「黒竜江省のある村の水田で、ドローンが轟音を立てながら勢いよく農薬散布をしている。ドローンは農薬を水田に均等に散布するのでムラがない。約67ヘクタールの水田地帯は1日で散布が終わるが人手を頼むのと比べ10分の1の時間で済む。しかも、農薬は3分の2に節約できる。この水田を管理する合作社の李魏平(仮名)は賞賛を繰り返した」。これは2020年10月のある日「人民日報」に掲載された現地レポートの一節である[1]。
また、「江西省のある村の穀物生産者の劉金林(仮名)は高品質な米の基地で忙しい毎日を送る。インジケーターライトを点滅させながら植物保護ドローンが空に舞上がった。わずか3時間で、3.3ヘクタールの水田へ農薬散布作業が完了した。彼がドローンを採用してから3年目になる。それからというもの、時間、労力、コストの節約が実現した。彼は、大満足な様子だ。現在、大規模な農業地帯に属する彼が住む辺りは「ドローン旋風」を巻き起こしている。植物保護ドローンを大規模に利用することで、大規模な穀物農家のコストを効果的に削減し、穀物の生育と収入の増加を促進し、地域の農業近代化レベルを着実に向上させることができている。今年、この一帯には3.3ヘクタール以上の穀物栽培農家が1,149世帯あり、早稲作付面積は17,200ヘクタールに増加、生産量119,500トン、前年比で10%も収量が増加した」との報告はある資料からの引用である[2]。
ここで引用したドローンの使い方は、人的作業量を軽減、農薬散布量を節約、増収、総じていえばコスト削減すなわち収益増大を意図し、それを実現したことにあるが、広い範囲でドローンの普及が進んでいることを暗示する内容でもある。暗示というわけは、ドローンの全国的な利用状況、すなわち地域的、季節的、作目別、利用目的別、機種別などの詳細な統計が未整備なためである。
2.ドローン利用の普及・拡大の背景
このように中国の農業現場でドローンの利用が増えている背景は、いまの例がヒントを与えてくれるが、いくつか考えられる。
①農業労働力不足への対応や補完、②農薬や化学肥料散布量の適正化による生態系保護、③農薬・化学肥料の圃場に対する均等な散布による効率化、④農作業時間の節約、⑤大規模経営に適していること、⑥機器の操作が改善、身近なイメージの拡大、⑦機器の種類拡大と品質向上(機器の価格と価格帯の拡大)、⑧中国農場の地理的特徴を見込んだ設計になっていることなどである。
これらいくつかの背景を支える強力な要因もある。それは、農業用ドローンに限らないが、ドローン全体の中国のシェアが高く、深圳のDJIに至っては世界シェアの約70%を握っており、地元の強みを生かして、中国という自然や風土、農業経営環境を尊重したドローンが準備されている点である。
中国の農地は平坦な地形ばかりではなく、起伏に富み、耕地整理が不十分あるいは手付かずの農地が大変多い。この点は水田にかぎらず、普通畑や果樹園などにも見られる。こうした農地や樹園地にも、平行に飛行する性能を持つドローンが整っている。農業用ドローンの種類(型式)は豊富で、大はローター間隔(羽根の支軸間の距離)が1メートルから数センチまで、重量、飛行継続時間、飛行高度、価格(数百元クラスから数万元クラス)もさまざまである。
DJI社の農業用ドローン、Phantom 4 RTK。
(DJI JAPAN 株式会社 HPより)
3.農業現場にみるドローンの二大用途
中国で普及している農業用ドローンの用途は大きく分けて2つに集約される。それは、監視・分析用途と農作業又はその補助という用途である。
(1)監視・分析
監視・分析とは①農作物の生育状況(圃場内又は広域農場における品種間比較や播種時期別比較など)、②土壌状態(湿度、硬軟、肥沃度、温度などの識別)、③農作物の疾病状況(害虫被害、植物固有病などの識別)、④害虫・害鳥・害獣の生息状況、⑤気象変化等による農作物被害状況、⑥放牧家畜の位置・移動情報・牧草状態などをリアルに把握するための用途である。研究者にとっても、非常にエキサイティングな新分野でもある。
下図は通常の撮影(RGB:左)と特殊機能を備えたカメラの撮影(NDVI:右)[3]による圃場映像であるが植生が緑の方が良く、赤い方は悪いことを示している。これを農業用無人ヘリコプター又はセスナを利用するとコストが3倍も高くなるのが一般的である。
(DJI JAPAN 株式会社 HPより)
筆者自身、中国の農業現場で畑地利用とトウモロコシなどの農作物の生育状況を観察するため、自分で購入したドローンを飛ばしたことがある。その際に使ったドローンは、大きさが胴長20センチ、プロペラ直径8センチ、重量400グラム程度、継続飛行時間20分、制御範囲半径50メートル、飛行高度100メートルの小型ドローン(中国製:500元程度)であった。次に、その一例を掲載したので、ご覧になりたい場合はクリックしていただきたい。
動画1 農作物植生動画(山西省).MP4
動画2 畑作物収穫中の農場動画(内モンゴル).MP4
動画1は山西省の畑作農地の植生を上空100メートルから360度回転した状況を記録(8月)したもので、動画2は内モンゴルに畑作農地で収穫中(大部分収穫済み)の地下水灌漑円形農場(センターピボット)の様子を記録(11月)したものである。記録時間は動画1が約2分間、動画2が約1分間である。
動画1ではトウモロコシ、豆類、唐辛子、ピーマンなどが不定形に区画された圃場で混栽される様子が観える。生育状況はよく、農作物に勢いがある。圃場には区画ごとに段差があり、耕地整理はまだである。撮影地は近郊農村であり、大型道路から1つの集落を超えたところにある。直下に黒いクルマと小さな人影があるが我々である。
動画2では広大な農地に設置された回転式灌漑装置とともに、収穫後の農地特有の更地が見える。収穫前は、円形圃場が数個に区分され、それぞれにカボチャ、甜菜、ジャガイモが栽培されていた。ドローンは、栽培中の農作物の生育状況、収穫後の農地の土壌状況など観ることができる。
本動画はスマホ内アプリで観ると鮮明に映し出されるが、ドローンのカメラ性能の制限から、PC動画ではドットが粗くなり見えづらい難点がある。
(2)農作業又はその補助
農作業又はその補助とは、ドローンの①農薬や化学肥料散布(広面積を短時間で終えることができる。最近大量に発生して問題になった、サバクトビバッタの駆除のための薬剤散布などにも応用できる)、②受粉(後述)、③無人放牧家畜管理(後述)、④播種(主に水田を対象に広面積に種子を均等にまくことができる)などを行うための利用である。
この4つの農作業うち、③の無人放牧家畜管理は、牧畜作業の全てをドローンに任せることではないという意味で、人間が行う作業の補助的な意味合いがある。放牧している羊やバクあるいは牛などを囲いに誘導したり、畜舎に追い込むような細かな作業をドローンが行うことはまだ無理である。
農業用ドローンの利用はこのように、本来は人間がしなければならない広範な農作業の代替・補助という革新的な意味がある。以上①~④まで、いずれも重要な作業であるが、最近、特に重宝されているのが②の受粉作業の代替である。
本来、受粉はミツバチやマルハナバチなどの花粉交配用昆虫類の仕事であったが、昨今、行き過ぎた農薬散布や気象危機が影響して、これら昆虫個体の減少や地域的偏移が観られるようになった。この問題は農作物の生育によって死活的に大事で、中国でも日増しに深刻さを加えている。
そこに登場したのが受粉ドローンであり、花粉を種子植物(主な野菜、果樹、穀物など)に受粉させる作業を行う。これによって、受粉した植物は成長・成熟して食料となる。
次回は、中国における農業用ドローンの進歩の状況を述べよう。
以上
[1]引用は「農民文摘」2020年10月。
[2]「農業機械」2020年10月下版。
[3] NDVI(Normalized Difference Vegetation Index:正規化植生指標)の説明には多々あるが、数が最も分かりやすい。
(KMT株式会社 HPより)