【19-02】続・米中経済戦争の行方
2019年5月21日
富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授
略歴
1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。
著書
- 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
- 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
- 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数
強気に出れば、中国は必ず折れてくる――。
トランプ政権の対中外交の現場からは、こんな言葉が聞こえてきそうだ。
第二次安倍政権がスタートした当時の日本の外交現場からも、対中国、対北朝鮮でこんな言葉が漏れ伝わってきていた。
だが、こうした理屈が通用するのは、ある限られた条件の下での話だ。
事実、対中国では2014年の首脳会談を実現させるために四つの合意を結び、歴史問題であらためてくぎを刺された。昨秋の訪中では、あれほど否定していた「一帯一路」への実質的な協力姿勢を打ち出さざるを得なくなった。
対北朝鮮では「最大限の圧力」を繰り返しながら、「前提条件なし」で首脳会談を行うという方向転換をすることとなった。
政治家であれば柔軟な姿勢は不可欠だ。相手のある外交であれば、態度を変えることも当然だ。利害調整が重要な任務なのだから、そのことは言うまでもない。批判しようというつもりもない。
だが、問題は強気な外交が成果につながると国民に信じさせてしまうことだ。
これで人気を得てしまえば、政治家は引くに引けなくなる。そのことが深刻な衝突へとつながり、最終的には誰も望んでいないチキンレースへと発展してしまうことだ。
そんなことにでもなればマイナス影響は世界規模で膨らむ。
米中はまだしも当事者だが、中国を経由した対米輸出に大きく依存している日本は大変である。米中貿易摩擦の影響で、業績悪化させる日本企業がふえているが、これはまだほんの入り口だ。
心配の種は二つ。一つは、トランプ政権内で対中強硬路線を強烈に唱える面々であり、もう一つは対台湾で中国を刺激し続ける議会の動きだ。
前者の代表は、ボルトン大統領補佐官、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表、ロス商務長官、そして元大統領首席戦略官のバノン氏である。とくに交渉担当のライトハイザー氏は、目に見える勝利が必要で、ボルトン氏は、自らの政治姿勢が正しいことを証明して政権内部での発言権を拡大しなければならないから、より踏み込んだ譲歩を中国に迫ると考えられる。
中国は、この戦いにおいては基本的に守勢である。対米輸出の依存度が高く、貿易への依存度も高い体質や、自らの製造業の基幹部品を米系企業に依存していることも、強気に出られない要因として挙げられる。
そのため何とか妥協点を探ろうと低姿勢で交渉を続けてきた。
だが、歩み寄りの姿勢を見せてきた中国を、一転して居直らせてしまう危険性の高い敏感なテーマに、アメリカが大きく踏み込んでくる場面が、このところ頻発している。
台湾問題は言うに及ばず、このところ米中にとっての最大の懸案になりつつある国有経済に対する攻撃がそれにあたる。
中国をウォッチしている者には「いまさら」の話だが、中国の権力にとって地方をいかにコントロールするかは、常に頭の痛い問題であり、政権の国家経営の成否を左右するともいわれる。
いくら国の将来を考えた政策を発しても、それが下にゆくに従い我田引水の曲解が繰り返された挙句、骨抜きになるというのは「中国あるある」だ。しかも、これは中国共産党の伝統よりはるかに長い歴史を備えているのだ。
この関係が経済に反映されたのが、中央のコントロールと国有企業の関係だ。中央直轄ならまだしも、地方の監督下にある企業を自在に動かそうとすれば、大きな摩擦は避けられない。
習近平の号令一下、何もかも自在に変えられるという認識が日本では一般的な様だが、そんな便利なツールなど中国にはない。
アリババや吉利自動車など、中央政府の意にそわない企業が、これまで何度も強い逆風にさらされてきたものの、結局、彼らは潰れるどころか肥大化した。民間の名もなき企業がそうであれば、国有大企業はどうだろうか。
中国の持つ面相は極めて複雑なのだ。政治のほんの一部だけを見て、「独裁だ」、「行き過ぎた中央集権だ」「個人崇拝だ」というのは、まさに誤解の第一歩なのである。
習近平同志を「核心とする」といったスローガンも、叫ぶだけならタダだが、利権を放棄しろと言われれば精一杯抵抗するだろう。しかも、汚職事件をたてに処分されるのなら戦いようがないが、外圧を理由にされるのなら、いくらでも抵抗できる。
習近平以前の江沢民も胡錦濤も、国有企業改革の必要性を十二分に理解しながらも、一切手出しできなかったのは、そういう背景があったからだ。
今回、トランプ政権に「できない約束」をしても、現実がそのとおりに進まなければかえって米中関係は悪化するはずだ。中国が抵抗を試みているのは、その未来が見えているだけに、ここで踏ん張らなければ、ということだろう。少なくとも改善の方向性は示しているのだから、それをまず理解してほしい、ということだ。
ちょっとダブるのが、アロー号事件だ。
それでもトランプ政権が強引に成果を焦るのなら、とことん「経済破壊」の道を進むという選択肢もある、というメッセージだ。
中国は世代交代が進み、かつてのダメな中国を知っている者は少ない。しかし、国民のなかには昔の中国に戻るという恐怖心はいまもある。アメリカが再び中国をその時代に引き戻そうとしているといったメッセージを国民が受け取れば、臥薪嘗胆もありだと、いうことかもしれない。はたして痛みに強いのはどちらだろうか。
そしてどちらが勝とうが、日本が大災害に見舞われることだけは間違いない。
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