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【19-10】中国のフィンテックと金融監督

2019年10月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行の易綱総裁は9月末に開催した記者会見で、中央銀行がデジタル通貨を発行する計画に言及して、その実現の可能性が現実味を帯びてきた。中国ではインターネットやモバイル通信を利用した新しい金融技術(フィンテック)が広く普及している。中央銀行デジタル通貨への注目が集まる中、改めて中国のフィンテックの現状を概観してみたい。

第三者決済の状況

 中国の第三者決済は、電子商取引(EC)大手のアリババが開始したアリペイやSNS大手のテンセントのウィーチャットペイなどである。アリババやテンセントなど銀行以外の機関が決済業務を行うため、第三者決済と呼ばれる。アリペイはアリババのECサイト「淘宝(タオバオ)」での取引を決済するために導入された。アリペイは主要な銀行に口座を保有し、アリペイの利用者はアリペイに自身の口座を開設し、銀行カードやクレジットカードとリンクしてアリペイ上の自身の口座に入金する。アリペイの銀行口座の下に多数の利用者自身の口座がぶら下がっている形となる。「タオバオ」で商品売買をする場合、商品の購入者はアリペイ上の自身の口座からアリペイに代金を振り込む。アリペイは商品販売者に振込完了を通知すると、販売者は商品を発送する。購入者は商品を受領、確認した旨をアリペイに通知し、アリペイが販売者の口座に代金を振り込み、取引の決済が終了する。商品の購入者と販売者の間に信頼関係が存在しない中でこのような決済手法を用いることによってアリペイが信頼関係を補完し、電子商取引をスムーズに行うことが可能となった。

 このような支払い形態がスマートフォンで行われることにより多くの取引に拡大し、現在では、レストラン・コンビニでの支払い、公共料金、配車やデリバリーなどのサービスの予約に付随した支払い、割勘など利用者間の支払いなど多くの場合に利用されるようになった。

 このような決済形態が金融監督上どのような問題を生じさせたか考えてみよう。異なった銀行に口座を有する顧客間の小口の支払いを決済するためには、最終的には異なった銀行の間での資金の受払いが必要である。それは個々の銀行が中央銀行(中国の場合中国人民銀行)に有する当座預金口座間の資金の振替えで行われる。この最終段階の中央銀行当座預金の振替えが「決済(セトルメント)」である。日本の場合は日銀ネットというシステムを通じて各銀行の日銀当座預金の振替えが行われる。中国人民銀行の場合、日銀ネットにあたるシステムはCNAPSと呼ばれる。このセトルメントの事前準備段階として「清算(クリアリング)」と呼ばれる段階が存在する。例えばA、B、Cの3つの銀行が存在する場合、A銀行に口座を持つ多数の顧客がB銀行、C銀行に口座を持つ多数の顧客に支払いを行い、同時にB銀行の顧客はA銀行とC銀行、C銀行の顧客はA銀行とB銀行の顧客に支払いを行う。毎日多数の支払いが生じ、銀行間で一つ一つの支払いについて中央銀行当座預金の振替えを行うと大変である。そこでそれぞれの銀行は他の銀行に対してどの顧客の口座にどれだけの金額を送金するかの情報を送付するとともに、A、B、C銀行の間でそれぞれの銀行の間での各顧客の受け取りと支払いの総額を差し引き計算する。この結果、例えばA銀行はB銀行に対して支払い超となり、B銀行はC銀行に対して支払い超、C銀行はA銀行に対して支払い超となるなど、それぞれの銀行間で一方向の支払い関係が残ることになる。この残った一つの支払いについて中央銀行当座預金を振り替えれば決済は効率的に行われる。この事前の計算プロセスをクリアリングと呼び、その計算を行う機関を清算機関(クリアリングハウス)と呼ぶ。

 従来、アリペイなどの第三者決済では、第三者決済機関自身がこの清算機関の役割を果たしていた。A銀行、B銀行、C銀行のアリペイの預金口座に多数の利用者口座(サブ口座)がぶら下がっており、それぞれの銀行のアリペイ口座にサブ口座を保有する利用者からの資金の支払いはアリペイが情報を処理して他の銀行の利用者の口座に振り込む。その結果、各銀行にアリペイが保有する口座の資金に過不足が生じた場合に、不足した口座に資金が余剰となっている口座から資金を送金する。銀行から見ると自分の銀行のアリペイ口座の資金の受払いのみが認識され、個別の利用者の資金の受払は認識されない。金融監督当局にとっても、ある銀行のアリペイ口座から別の銀行のアリペイ口座への資金移動しか見えない。

 このような状況では、金融監督当局が銀行の通常の決済業務に対して行うのと同様な金融監督が困難であり、マネーロンダリングなどの違法行為が防止できない恐れがある。そこで人民銀行の主導で、第三者決済の清算機関として「網聯」が設立された。2018年6月末以降、すべての第三者決済機関は網聯と接続し、網聯を通して銀行と情報をやり取りすることとなった。第三者決済の利用者のすべての決済情報は網聯を経由して銀行に提供され、また人民銀行傘下の伝統的な銀行の決済業務用のCNAPSや小口決済システム(BEPS)手形決済システムなどの清算システムと網聯が接続して清算が行われることとなった。これによって、金融監督当局が第三者決済についても通常の銀行の決済業務と同様に監督を行うことが可能となった。

その他の銀行業務へのフィンテックの進出状況

 中国では、第三者決済だけでなくインターネットやスマートフォンを利用した新しい金融技術が数多く誕生している。例えば、アリババはアリペイの余剰資金をマネーマーケットファンドで運用する「余額宝」と呼ばれる資産運用サービスを2013年に開始した。銀行預金に比べて数%高い利回りが享受できるため、2018年6月には1.86兆元と急速に拡大した。しかし、これは銀行が小口預金金利のベースとしている人民銀行公表の預金基準金利を無意味にしかねない動きであるため、一人当たりの預入額の上限が2017年5月に100万元から25万元に、2018年8月には10万元に引き下げられた。

 また、アリババは2010年にアリババ少額貸付を開始した。タオバオなどへの出店者に対し、経営状況、信用履歴などのビッグデータを利用し、システム上で簡易に融資を受けられるようにした。同業務は2014年9月に民営銀行第一陣として設立された浙江網商銀行に引き継がれた。また、テンセントも同様の業務を2014年7月に設立した深圳前海微衆銀行で展開している。

フィンテックは銀行並みの監督規制の対象に

 中国では、2018年4月に「金融機関の資産管理業務の規範化に関する指導意見」が公布施行されているが、その中で同じ機能の金融商品には同じ規制を適用するという方針が示されている。中国のフィンテックについては、それぞれのサービスの便利さや効率性の高さなどから、当局は非金融機関が行うものについても拡大すべきものについては拡大を認めてきた。しかし、このところ銀行など既存の金融機関の業務に類似するものについては、銀行などに対するものと同じ監督規制を行おうとしている。銀行などの金融機関についてはその業務の特殊性や公共性などから理由があって特別の監督規制が行われているのであるから、類似の業務を行うのであれば同様の監督規制に服するべきということであろう。

 中央銀行デジタル通貨発行の可能性についても、フェイスブックが2020年にも発行を計画しているデジタル通貨「リブラ」に対抗するために発行するという面が存在する。金融監督当局の監督が及ばないところで、資本取引規制の潜脱やマネーロンダリングなど違法行為が行われる可能性を封じたいという意図がみられる。

 中国政府は従来フィンテックの比較的自由な発展を許容してきたが、数年前から少しずつ利便性の追求と金融監督の必要性の間のバランスを図りながら発展を図るという方針に変更してきていると見ることができる。

(了)