第43号:光触媒技術
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日本における光触媒の応用

(神奈川科学技術アカデミー 研究員) 2010年 4月 7日

中田一弥

中田一弥(なかたかずや):
神奈川科学技術アカデミー 常勤研究員

1977年2月生まれ。2005年東京都立大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了。東北大学大学院理学研究科化学専攻(日本学術振興会特別研究員(PD))、米国マサチューセッツ工科大学(同研究員)を経て、2007年より現職。博士(理学)。専門は光機能材料、材料科学。著書は「絵でみる光触媒ビジネスのしくみ」(日本能率協会マネジメントセンター, 2008, 共著)。

1. はじめに

 光触媒は日本で発見され、日本で主に商品化が進んできたことから、「日本発のオリジナル技術」と言われ、現在も日本が世界の光触媒技術を牽引し続けている。光触媒が世の中に広く普及したきっかけは、40年前に藤嶋らが水中の酸化チタン単結晶に紫外線を照射すると、水が分解して水素と酸素が発生する「本多・藤嶋効果」を発見したことに端を発する。これまでの研究から、酸化チタン以外にも光触媒としての性質をしめす物質は数多く発見されてきたが、酸化チタンは化学的に安定で、繰り返し使用することができ、安価であるため、光触媒に関連する製品は、ほとんどすべてが酸化チタンベースとなっている。現在の市場規模は国内だけで800億円にも及び、住宅関連、電化製品、車両、道路関連、農業、水処理、衣料、生活用品、医療分野など、酸化チタン光触媒に関する製品はこれまでに数多く登場してきた(図1)。

図1 光触媒技術の応用分野

図1 光触媒技術の応用分野

 これほどまでに光触媒が普及したのは、酸化チタンが「酸化分解力」と「超親水性」という魅力的な二大機能もつからといってよいだろう。これらの性質が発現する詳細なメカニズムの説明は他書に譲るとして、その酸化分解力は強力であり、ほとんどすべての有機物を分解して、最終的には二酸化炭素と水にすることができる。そのため、消臭や除菌、防汚等に役立つ。一方、超親水性は、水の接触角が5°以下になる現象であり(光誘起超親水性)、防曇機能をもつ鏡・ガラスや、防汚性をもつ住宅の外壁や窓ガラス等へと応用できる。

 ここでは日本における光触媒の応用例について紹介していきたい。

2. 空気浄化への応用

 はじめに、光触媒の強力な酸化分解力を利用した空気浄化への応用について、その経緯から最近の展開までを紹介したい。

2.1 光触媒空気清浄機の開発

 本多・藤嶋効果が報告されて以来(1972年)、酸化チタンがもつ強い酸化分解力を利用した水やアルコールの光分解が研究者たちの間で盛んに研究されてきたが、1980年頃からは有機物の分解反応にも研究の範囲が広がった。やがて、こうした基礎研究は、臭いの原因にあたる有機物を光触媒によって分解することで空気浄化へと応用できるのではないかというアイデアへとつながり、空気清浄機という形で実用化されるようになっていった。1990年代から2000年代になると、いわゆるシックハウス症候群と呼ばれる家屋などの製造の際に利用される接着剤や塗料などに含まれる揮発性有機溶剤が原因の健康被害が増加したため、光触媒技術を応用した家庭用空気清浄機が開発されるようになった。従来の空気清浄機はフィルタによる吸着を主体としているので、吸着が飽和に達すると性能が落ちてしまうが、光触媒技術を応用した空気清浄機では、吸着後の物質を光触媒によって分解するため、吸着物が飽和することがなく、原理的にはいつまでも効果的な浄化性能が得られる。さらに、空中浮遊菌などをも除去することができる。そのため、家だけでなく病院やペット店、ホテル、レストラン、食料庫など様々な場所で使用されるようになった。また最近では、2007年から営業運転を開始した東海道新幹線の新型車両N700系に光触媒技術を応用したタバコの脱臭装置が設置されている。N700系は全席禁煙となっているため、デッキには喫煙者のための喫煙ルームが設けられており、その天井に光触媒空気清浄機が設置されている。空気清浄機には、酸化チタンをコーティングした多孔質セラミックと紫外線源であるブラックライトが内蔵されており、それらを交互に数層並べることで効果的に脱臭できるよう設計されている。この仕組みによりタバコ臭に含まれるアセトアルデヒドやアンモニアなどは光触媒反応によって分解され、客席に到達しないようになっている。

 以上のように、光触媒の酸化分解力が空気浄化に応用され、主に業務用の光触媒空気清浄機として製品化が広がっていった。

2.2 空気清浄機付造花への展開

図2 空気清浄機付造花

図2 空気清浄機付造花

 一方、家庭向けの空気清浄機としては、光触媒空気清浄機を組み込んだ造花が普及しつつある。これまでにも花あるいは葉の部分に光触媒をコーティングしたものが開発され、光触媒造花などとして販売されてきたが、一般に空気清浄能は非常に弱かった。そこで、最近では植木鉢の部分に光触媒空気清浄機を導入したタイプのものが開発され、販売されている(図2)。これは、従来の光触媒造花に比べて、格段に優れた空気浄化能をもつことがわかっている。こうした光触媒空気清浄機は消臭だけでなく除菌の効果も期待できるため、将来は、病院やオフィスなどへと設置されることが期待されている。

2.3 NOx除去性能をもつ道路の開発

 屋外に目を向けると、都市部を中心に自動車の排気ガスなどに含まれる窒素酸化物(NOx)などが原因となり大気汚染が広がっている。そこで、大気中のNOxを除去しようと、企業が共同で光触媒機能をもつ道路を開発した(フォトロード工法)。光触媒機能をもつ道路がNOxを取り除く仕組みは、①NOxが光触媒によって酸化されて硝酸イオン(NO3-)となり、②道路内部に含まれる光触媒の固定化剤の主成分であるカルシウムCaと結合して、硝酸カルシウムCa(NO3)2という無害な物質として道路に蓄積され、③最終的に雨水によって硝酸イオンとカルシウムイオンとして洗い流されるというものである。実験室レベルでは二酸化窒素換算で100mg/m2・日以上の処理能力を有していると報告されている。2003年の段階ですでに10件以上の施工が行われており、さらなる普及が期待されている。

3. セルフクリーニング製品への応用

 ここからは、光触媒の第2の性質である光誘起超親水化の応用について例をみていこう。

3.1 光触媒タイル

 光触媒がはじめて応用化されたのはセラミックタイルである(1992年)。当時は院内感染の問題が深刻化して社会的に大きな問題となっていたため、病院の手術室の壁などに使用されるタイルに光触媒をコーティングして空中浮遊菌などを除去するアイデアが生まれた。実際に手術室の壁と床を光触媒タイルにすると、光触媒の酸化分解力により空中浮遊菌の数が激減することが明らかになっている。この光触媒タイルは、他にもトイレ、浴槽などの内装にも使用され、主に抗菌、防かび、防汚等の用途に使われている。

 一方、1995年に光誘起超親水化が見いだされ、防曇やセルフクリーニングといった新たな応用展開が始まり、光触媒が本格的な市場化に至るきっかけとなった。セルフクリーニングは光触媒表面をいつまでもきれいな状態を保つ機能であり、強い酸化分解力と超親水性という二つの機能の相乗効果によって達成される。セルフクリーニング機能により、光触媒表面についた有機物の汚れは分解されつつ(酸化分解力)、雨水などによって洗い流される(超親水性)。そのため、家屋や高層ビルの外壁・窓などに光触媒を用いると、付着した汚れが自然と除去されるため、清掃作業の手間が少なくなるだけでなく、清掃にかかる費用が削減され、高層ビルでの清掃作業に伴うリスクが解消される。セルフクリーニング機能をしめす光触媒タイルが実際に数千棟ものビルで使用されていることから、その有用性が認められている。

 こうして光触媒タイルは「内装用の抗菌タイル」と「外装用のセルフクリーニングタイル」として現在普及している。

3.2 光触媒ガラス

図3 雨の日における通常のガラス(左)と光触媒ガラス(右)

図3 雨の日における通常のガラス(左)と光触媒ガラス(右)

 光触媒がコーティングされた窓ガラスは、光触媒の酸化分解力と超親水性によって汚れが除去され、その美観は長く保たれる。加えて、超親水性により雨の日でも曇らず、外の外観がよく見える(図3)。光触媒付きガラスの適用事例としては、中部国際空港や、ビルや一般住宅の窓ガラスに多くの施工例がある。また、車のサイドミラーにも使用され、雨の日でも曇らず、安全運転に一役買っている。

 一方、光触媒ガラスの最先端の研究では、高い光触媒活性をもつ平滑で緻密な光触媒ナノシートが開発されている。酸化チタンや酸化ニオブをナノサイズのシート状に加工し、それをガラスにコーティングすることで、高い光触媒活性をもち、硬度が高く、汚れが付きにくく、密着性の高い光触媒表面を形成することができる。現在、新幹線の窓ガラスへの適用が検討されている。

3.3 光触媒テント

図4 光触媒テント(左)と通常のテント(右)の防汚実験

図4 光触媒テント(左)と通常のテント(右)の防汚実験

 東京ドームの屋根には白いテント材が使用されている。また、駅のホームの屋根にも使用されているのを見かけるようになった。このような白色のテント材が屋根として使われるのは、雨、風を防ぐだけでなく、昼間は照明なしでもテントの内部に光が入るために明るく、熱線の吸収が低いためにテント内部の温度が低く保たれて省エネに役立つからと考えられている。従来は、白色のテントはすぐに汚れが目立ってしまうため、あまり使われてこなかった。しかし最近では、光触媒をコーティングしたテントが開発され、実用化されると、急速に普及しだした。光触媒テントはきれいな状態が長く維持されるからである。例えば、神奈川科学技術アカデミーの光触媒ミュージアム内にあるテントでは、光触媒をコーティングした部分は、そうでない部分に比べて汚れが付きにくいことが実証されている(図4)。現在、光触媒テントは体育館や倉庫の屋根、駅前通路の屋根、アミューズメント施設の日よけテント、商店や住宅のオーニング、一戸建ての住宅のテラスなど私達の身近な所に普及してきている。

4. その他の応用

 これまで、光触媒は様々な形で応用され、実用化されてきた。最後に、実用化の一歩手前まで来ている研究例について分野別に紹介したい。

4.1 住宅関連

 日本では今でも、暑い夏の日に家の周りに水をまく「打ち水」の習慣が時々みられる。水が蒸発するときに蒸発潜熱として熱を奪う性質を利用して、周りを涼しくするためのものだ。最近、NEDOの「光触媒利用高機能住宅用部材プロジェクト」において、光触媒を利用した家の新しい冷却システムが開発された。光触媒をコーティングした壁に水を流すと、超親水性によって少ない量の水でも薄膜となって広がるため、水が効果的に蒸発して家を冷却できると期待される。NEDOによる報告では、実際の住宅を用いた実験で、光触媒の打ち水効果により室内温度が2℃低下し、冷房空調を約20%低減できる結果が得られている。

4.2 農業関連

 養液栽培は作物に必要な養分の管理が容易で、土壌に存在する病気や害虫の影響を受けにくいため、近年、トマトなどの果菜類において利用が拡大している栽培法である。養液栽培では環境への配慮から排水を出さない循環方式がとられるようになってきている。しかし、連作を続けていくと、次第に収穫量が減少していくことがある。これは培養液中にバクテリアなどが発生するなどして水質が悪くなったり、トマト自体から生育阻害物質が排泄されるためといわれている。そこで、光触媒によって循環水を処理し、生育に有害な物質を除去するシステムが構築されている。光触媒を利用するメリットは上記にとどまらず、植物の栄養素である窒素やりん、カリウムなどは無機物であるために分解除去せず、浄化された処理水をそのまま養液として使用することができる点にある。現在、プラント試験結果に基づき、実用化が検討されている段階である。

4.3 医療関連

 ガンは日本人の死亡原因の第一位である。現在、最先端の研究によって酸化チタン光触媒がガンの治療に応用できる可能性が強く示唆されるようになってきた。実験室レベルでは、がん細胞が植え付けられたマウスの患部に酸化チタン微粒子を注入し、紫外線を照射することで、がん細胞の増殖の抑制が顕著に見られたことがあきらかになっている。光触媒を治療に用いるメリットは、紫外線照射したときにのみ反応を起こすことができるため、容易に反応を制御できることである。現在、既存の放射線治療と組み合わせることで新しいがん治療が可能になるのではないかという期待が高まっている。

4.4 印刷関連

図5 光触媒印刷によるカラー印刷物:初版(左)、再生後(右)

図5 光触媒印刷によるカラー印刷物:初版(左)、再生後(右)

 光触媒のユニークな応用として、印刷分野への応用がある。印刷にはオフセット印刷と呼ばれる方法があり、親水性と疎水性のパターンをもつ基板を利用して新聞やパンフレットなどの印刷が行われている。光触媒を利用した印刷では、基板上に光触媒をコーティングし、その上に有機物からなる薄い自己組織化単分子膜(SAM)をコーティングする。次に、フォトマスク等を用いた選択的な紫外線照射を行うと、照射された部分のSAMは光触媒によって酸化分解され、その表面が超親水化する。その結果、ぬれパターンをもつ基材ができあがり、オフセット印刷へと用いることができる。従来法になかった特徴は、通常は一度印刷に使用された印刷版は廃棄されるが、光触媒印刷版では、印刷後に紫外線を全面照射してすべてのSAMを分解してしまえば、初期状態にリセットできるので、何回でも印刷に使用できるというメリットがある(図5)。現在は研究段階であるが、光触媒印刷により、印刷コストや資源が節約できると期待されている。

5. おわりに

 以上述べたように、光触媒はすでに幅広く応用され、私達の身近にも多くの光触媒製品があることがわかる。しかし最近では、光触媒の普及に伴い、一部で効果が不明瞭なもの、光触媒の原理から外れた物も出回るようになってしまっている。そこで現在、この問題に対応するため、光触媒の性能評価方法の「標準化」、すなわち「JIS」や「ISO」の制定が進められている。また、光触媒工業会によって、JISに基づく光触媒効果の基準づくりも進んでいる。こうした「標準化」や「認証制度」ができれば、魅力ある光触媒製品が広がり、私達の生活の中でますます身近なものとなっていくであろう。