第50号:融合研究分野
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低毒性ナノ薬物―細胞を殺さず、反対に腫瘍の成長を効率よく抑制 腫瘍治療の新戦略

2010年11月24日

趙宇亮

趙宇亮(Zhao Yuliang):
中国科学院ナノ材料の生物学効果・安全性重点実験室主任

1963年2月生まれ。中国科学院「ナノ材料の生物学的効果・安全性重点実験室」主任、中国科学院-天津腫瘤医院「腫瘍ナノテクノロジー研究センター」主任。中国科学院高エネルギー物理研究所教授、国家ナノサイエンスセンター兼任教授、北京大学兼任教授、中国科学院研究生院教授。
1985年、四川大学放射線化学専攻科卒業。1989年、日本原子力研究所にて交流研究。1993年、東京都立大学大学院に入学、1999年、化学専攻博士学位取得。2001年、理化学研究所より中国科学院高エネルギー物理研究所に赴任、「ナノ材料の生物学的効果・安全性」実験室設立。2001年、中国で最も早くナノ材料の毒物学的効果の問題を提起、関連の研究を展開。現在、ナノ毒物学、腫瘍ナノテクノロジー、ナノ化学(ナノ-生物界面の化学修飾及び動力学過程)の研究に従事している。国際・国内刊行物に学術論文190篇余りを発表。2007年、アメリカにおいてナノ毒物学分野の世界初の専門書『Nanotoxicology』(California, LA, USA, 2007)を出版。2006年から2010年にかけ、『ナノ安全性シリーズ』の著作(科学出版社出版、北京、2009、2010)10冊を完成。2001年以来、招きに応じ国際国内学術会議及び研究機関において招待学術報告を120回余り。
現在、中国国家科学技術部「973」計画首席科学者。関連の国際学術刊行物Biomedical Microdevices(USA)副編集長、Particle & Fiber Toxicology(UK)副編集長、Journal of Nanosciences and Nanotechnology(USA)副編集長、ならびにNanomedicine(Elsevier)、Nanoscale(RSC, UK)等8冊の国際学術刊行物の編集委員。

共著者:陳 春英

1. 要旨

 悪性腫瘍(がん)はすでに人類の健康を脅かす最大の疾患となっている。全世界で毎年新たに1600万ものがん患者が発生し、死亡数は720万人/年に上り、しかも年を追って増加している。WHOは、2020年には全世界のがん発病率はさらに50%増加するだろうと予想している。現在の腫瘍治療の重要な手段の一つは化学療法である。しかしながら、化学療法の基本原理は「細胞を毒殺する(Poison cells)」ことが基盤であるため、化学療法薬の深刻な有害副作用は、腫瘍細胞を殺すだけでなく、腫瘍治療が失敗してしまう重要な要因ともなっている。現在の腫瘍患者の死亡率は50年前とほとんど差がない。したがって、がんの治癒能力を高めることは、全人類が直面している非常に差し迫った共通の挑戦である。

 中国科学院の研究者らは、「細胞を毒殺する」ことを必要とせずに、腫瘍の成長がより効果的に抑制できることを発見した。彼らは細胞毒性のないフラーレンナノ構造物質を利用して、新世代の抗腫瘍化学療法薬の研究を行った。研究によれば、腫瘍細胞を殺す既存の「毒薬」と比べて、低毒または無毒のフラーレンナノ構造物質は腫瘍治療の総合的効果の面で、比べ物にならないほどの優位性を示していることがわかった。これは伝統的化学療法薬の重大な欠陥を克服することが期待でき、腫瘍治療の面で大きな突破口を開くチャンスをはらんでいる。

 偶然の一致ではあろうが、「細胞を毒殺する」腫瘍化学療法は、第二次世界大戦中に毒ガスのナイトロジェンマスタード漏出事件によってたまたま発見された高毒性物質が抗腫瘍活性を持っていたことから、化学療法の研究がスタートし、その後、腫瘍化学療法体系が確立され、今日まで踏襲されてきたものである。本論文で紹介する「細胞を毒殺しない」化学療法もまた偶然の発見に属しており、研究者がナノ材料の毒性を研究する中で、低毒性または無毒性のナノ構造粒子は、細胞を殺さなくとも、非常に高い抗腫瘍活性を具えているということを発見したのである。したがって、低毒性または無毒性ナノ構造に基づいた新世代腫瘍化学療法薬が確立できるか否かということは、すでに70年間にわたって踏襲されてきた「細胞を毒殺する」腫瘍化学療法の方式を徹底的に改め、化学、ナノサイエンス、薬学及び医学界等の分野に新しいチャンスをもたらすものであり、また極めて大きな挑戦でもある。

2. 背景

 今日の腫瘍治療の三つの大きな主要手段は手術、化学療法、放射線療法であり、そのうち化学療法はすでに腫瘍臨床治療の中で最も使用範囲の広い重要な手段となっている。既存の腫瘍化学療法薬の基本原理は「細胞を毒殺する」、すなわち、毒性の強い薬物を用いて腫瘍細胞を殺すということである。細胞を毒殺するという伝統的方法には、三つの致命的な欠点がある。

 第一に、化学療法薬は腫瘍細胞を殺すと同時に、生体の正常細胞(特に代謝の旺盛な細胞)にも深刻な影響を及ぼす。化学療法薬は毒性が大きいため、通常、薬効のある投与量の下では患者に重篤な不良反応を引き起こし、その有害副作用は造血器系と胃腸管系を損ない、一部の薬物は心臓、肝臓に対し明らかな毒性を有し、ときには合併症を招くこともある。毒性によって細胞を殺すことを基盤とした化学療法薬は、人体中の成長発育の旺盛な血液細胞、リンパ組織細胞などを殺傷しやすく、一方、これらの細胞と組織は人体の重要な免疫防御システムであり、人体の免疫システムが壊されてしまうと、がん自身がその機に乗じて急速に進行することになる。

 第二に、薬物の毒性は腫瘍細胞にすぐさま薬物耐性を生じさせる。そのため、腫瘍患者の2クール目の始まりから、化学療法の効果は急激に低下する。一方、薬物の毒性及びそれ以前の化学療法が腫瘍患者の免疫力に与えた損害のせいで、臨床治療案は投薬量の増加によって治療効果を高めるということができなくなる。これらはすべて、臨床化学療法が失敗してしまうきわめて重要な要因である。

 第三に、今に至ってもなお、腫瘍の転移を抑制できる化学療法薬はない。臨床において、腫瘍で死亡した患者のうち、90%は腫瘍の転移と拡散によって亡くなっている。

 過去50年間に、医療技術、とくに診断技術は急速に発展したが、しかし腫瘍患者の死亡率は50年前とほとんど同じで、改善されていない。したがって、いかにして伝統的思考と既存の腫瘍治療案を越えて、新たな治療戦略を探し出すかということは、すでに人類と腫瘍との戦いの中で、突破口を開けるか否かのキーポイントとなっている。

 ナノ医薬分野の研究の進展にともない、人々は腫瘍ナノテクノロジーが腫瘍の診断と治療に新たな突破口を開いてくれることを期待するようになった。現在、ナノ薬物には主として二つの異なる発展路線があり、一つは上記の伝統的な抗腫瘍薬に改良を加えるもの――ナノコーティング(例えば、脂質体)を利用して伝統的化学療法薬をくるむ(水溶性を強め、生体利用率を高め、あるいは毒性を減らす等)、ナノ粒子を利用してキャリアとし伝統的化学療法薬をターゲット臓器に送達したり、放出を制御したりする等である。もう一つは、ナノ構造物質の持っている新しい機能を直接腫瘍の診断や治療に用いるものである。これまでのところ、大部分の研究は、いかにナノテクノロジーを利用して伝統的薬物を改良するかということに集中していた。一方、新しいタイプのナノ構造物質を直接腫瘍の革新的薬物の研究に用いることは、比べるとまだ少数だが、腫瘍の治療と診断の面で、革命的進展を遂げるチャンスを秘めている。

3. 腫瘍治療の新戦略:ナノ薬物は細胞を殺すことなしに、腫瘍の成長を効率よく抑制

 2004年、中国科学院ナノ材料の生物学的効果・安全性重点実験室(中国科学院高エネルギー物理研究所、国家ナノサイエンスセンター)は、ナノ材料の毒物学的性質に関する研究の中で、Gd@C82(OH)X等の一種のフラーレン誘導体を偶然発見し、それらを細胞と一緒にインキュベートしたところ、腫瘍細胞(または正常細胞)を殺さないにもかかわらず、体内において腫瘍の成長を抑制する高い薬効を具えていることがわかった。その後の体内実験の研究結果から、Gd@C82(OH)Xには観測可能な体内毒性がなく、肝がん、肺がん、乳がんの成長に対する抑制効果が、シスプラチン、パクリタキセル、シクロフォスファミド等といった現在の臨床薬物よりもはるかに優れていることが実証された。

 臨床医は、腫瘍細胞や正常細胞を殺さず、細胞毒性がないのに、腫瘍の成長を高い効率で抑制できるならば、腫瘍の低毒性化学療法が実現し、臨床治療案の制定と腫瘍治療効果の向上にとって、革命的な進展になると考えた。そこで、当該の実験室は6年間にわたり、フラーレン構造表面の化学修飾と改造から、毒物学実験、抗腫瘍細胞試験、動物実験に至るまでの研究に取り組み、薬効学、薬物動態学、メカニズム研究などの動物実験をすでに完了した。研究の結果、表面化学修飾を利用することにより、一定サイズの低毒性(無毒性)のフラーレンナノ粒子(Gd@C82(OH)22、C60(OH)20、C60(C(COOH)2)2など)が得られ、薬物をローディングしていなくとも、それ自身が乳がん、肺がん、肝がんの成長を効率よく抑制する機能を持っていることがわかった。さらに重要なのは、フラーレンナノ粒子は腫瘍の転移を効率よく抑制できるだけでなく、シスプラチンのような臨床化学療法薬と併用すると、シスプラチンに対する腫瘍細胞の薬物耐性を大きく減らし、シスプラチンの治療効果を高めることができるということである。これは今日の腫瘍治療が直面している大きな難題のために、解決策を提供することが期待される。

 同実験室はすでに、腫瘍免疫、血管生成、酸化的ストレス、肝細胞分化など多くの方面から、ナノ粒子の高効率低毒性化学療法薬そのものとしての効果、メカニズム、応用可能性について、深く掘り下げた研究を行ってきた。研究の結果、フラーレンナノ粒子による腫瘍成長抑制には四つの大きな特徴があることがわかった。第一に、細胞を殺すという伝統的メカニズムによらずに腫瘍の成長を抑制すること。第二に、伝統的薬物は腫瘍組織部位に相当の濃度が蓄積しないと薬効が生じないが、腫瘍組織内のフラーレンナノ粒子含有量は投薬量のわずか0.05%であること。これはナノ粒子が腫瘍組織に進入しなくとも、高い薬効を生じ得ることを証明している。第三に、伝統的腫瘍薬物とは逆に、フラーレンナノ粒子は免疫システムを損なわないだけでなく、反対に免疫機能を高め、体内の抗酸化防御システムを強化し、がん細胞の正常な筋肉組織への侵入を効果的に阻止することができること。第四に、伝統的な腫瘍化学療法薬物とは逆に、フラーレンナノ粒子は腫瘍細胞の薬物耐性を誘発しないだけでなく、反対にシスプラチンなどの伝統的薬物が引き起こす腫瘍細胞の薬物耐性を効果的に抑制すること、である。

3.1 フラーレンナノ粒子は細胞を殺さず、反対に腫瘍の成長を効率よく抑制する

 メタロフラーレンの水酸基誘導体Gd@C82(OH)22は一つの常磁性中心Gdイオンと、C原子から成る一つのナノカーボンケージを含み、その表面に20個余りの水酸基グループを修飾し、これらの水酸基グループは生物環境における水分子と水素結合によって結びつき、Gd@C82(OH)22に生物体内において優れた生物親和性を持たせる。低投与量のGd@C82(OH)22はH22モデルを移植されたマウスの肝がんの成長に対し、著しい抑制作用を持っている。投与量わずか2×10-7mol/kg体重のGd@C82(OH)22(化学療法薬シクロフォスファミドのわずか100分の1)は、腫瘍抑制率が57.7%にも達し、しかも投与量の増加にしたがって抑制効果が増大する。

図1

図1 メタロフラーレンGd@C82(OH)22は腫瘍の成長を効率よく抑制するが(A)、有害副作用はない。
(B)わずか0.20μmol/Lの臨床腫瘍薬シスプラチン(Cisplatin)が腫瘍細胞をほぼすべて死なせてしまう(赤色)。
(C)Gd@C82(OH)22は100倍の投与量(20μmol/L)でも腫瘍細胞を殺していない。研究の結果、
Gd@C82(OH)22の1万分の1の投与量で、現在の臨床化学療法薬は細胞を殺してしまえることがわかった。

 その後の6年余りにわたる研究の中で、研究者は多くの腫瘍動物モデルにおいて、フラーレンナノ粒子の高効率の腫瘍成長抑制効果を実証してきた。とくに、Gd@C82(OH)22は抗腫瘍効果がシスプラチン、パクリタキセルや、シクロフォスファミドよりもはるかに高いにもかかわらず、細胞毒性を持っていない。Gd@C82(OH)22の1万分の1の投与量で、現在の臨床化学療法薬は細胞を殺してしまうことができる。一方、Gd@C82(OH)22ナノ粒子は、担腫瘍動物を治療しても、通常の化学療法薬による各種の致命的な有害副作用を引き起こさなかった。

3.2 伝統的腫瘍薬物と異なり、ナノ粒子は10種類余りの腫瘍血管成長因子の発現を同時に抑制することができる

 臨床において、腫瘍患者の死亡の90%は腫瘍の転移によって引き起こされている。多数の研究が明らかにしているように、腫瘍は一種の血管生成依存性疾患であり、原発腫瘍の成長、侵襲、転移はすべて新しい血管の大量生成を必要としている。

 Lewis肺がん高転移モデル(LCC)において、Gd@C82(OH)22フラーレンナノ粒子は腫瘍の成長を効果的に抑制するだけでなく、同時に腫瘍の転移をも抑制している。ナノ粒子治療の期間中、組織病理検査、臓器係数、血液生化学指標分析のいずれにも明らかな毒性作用は見つかっていない。血液生化学検査の結果は、ナノ粒子が肝臓と心筋機能の損傷を保護していることを示しており、肺組織についての病理検査とNO含有量測定によれば、ナノ粒子は肺の炎症性病変と、腫瘍細胞の肺組織への転移を抑制していた。研究の結果、ナノ粒子は担腫瘍マウスの肺組織の酸化的ストレスを効果的に調節し、肺組織が活性酸素による損傷を受けないよう保護することができ、同時に腫瘍細胞表面の繊維組織層を増厚することにより、腫瘍細胞の周辺筋肉組織への拡散と転移を抑制するということがわかった。

 フラーレンナノ粒子の抗腫瘍メカニズムには、さらに腫瘍新生血管の成長を抑制することと、基質メタロプロテアーゼ(MMP)の発現を低下させることが含まれている。EMT6乳がん高転移モデルの研究において、C60(C(COOH)2)2及びC60(OH)20フラーレンナノ粒子も同様に腫瘍の成長と転移を抑制する活性を発現し、肺組織転移巣の数が明らかに減少し、同時に明らかな有害副作用がなかった。効果はGd@C82(OH)22に及ばないものの、これらは腫瘍細胞を直接殺さない、毒性がない、有害副作用がないといった重要な長所を同様に具えている。体内実験の結果が示しているように、これらが腫瘍の成長を効率よく抑制するのは、主に腫瘍組織中の酸化的ストレスを調節することにより、腫瘍組織の血管成長促進因子(TNFα、VEGF、PDGF)の発現を抑制するとともに、腫瘍組織の血管新生密度を下げていることによる。

 体内において、フラーレンナノ粒子は腫瘍と肺組織におけるVEGFの発現を著しく抑制することができる。正常な肺組織に比べて、LLCを接種した担腫瘍マウスの肺組織のMMP-2とMMP-9はかなり上昇するが、フラーレンナノ粒子を使用して治療すると、MMP-2とMMP-9のレベルは著しく低下する。動物実験の示すところによれば、フラーレンナノ粒子の1クール治療によって、腫瘍組織中の腫瘍血管新生密度を38%下げることができる。一般的抑制剤は2~3種類の腫瘍血管成長因子しか抑制できないが、フラーレンナノ粒子は20種類余りの腫瘍血管成長因子の発現を同時に抑制することができ、そのうち10種類は著しい統計学的意義を有している。これは高い薬効を生み出す基盤の一つとなる可能性がある。

図2

図2 フラーレンGd@C82(OH)22ナノ粒子は、担腫瘍マウスの体内において多種の腫瘍血管成長因子の発現を同時に抑制する

3.3 伝統的腫瘍薬物とは逆に、ナノ粒子は薬物耐性を誘発せず、反対に腫瘍細胞の薬物耐性を弱める

 腫瘍細胞の薬物耐性とは、腫瘍細胞がある薬物の破壊した代謝経路を克服することによって、当該薬物に対する感度が下がることを指し、多剤耐性とは腫瘍細胞が一種類の薬物に接触した後、当該薬物に対して薬物耐性を生じるだけでなく、構造や作用メカニズムの異なるその他の薬物に対しても薬物耐性を生じることをいう。例えば、すでに広く応用されている抗がん剤のシスプラチン、パクリタキセル等は臨床において明らかな薬物耐性を示し、投与量を徐々に増やすことが必要となるが、それでも腫瘍の感度はしだいに低下していき、投与量の増加により副作用が増すため、腫瘍患者は最終的に薬物の毒性に耐えることができなくなる。

 腫瘍細胞の薬物耐性は腫瘍臨床治療の主な障害であり、薬物耐性の発生は伝統的薬物の高毒性と直接関わりがある。未治癒または再発後の腫瘍は、まだ使用したことのない多種の伝統的薬物に対しても薬物耐性を生じるが、このことは伝統的薬物の腫瘍治療効果を低下させる重要な原因である。驚くべきことは、動物実験の結果から明らかなように、フラーレンGd@C82(OH)22ナノ粒子自身は薬物耐性を生じず、反対に腫瘍細胞のシスプラチンに対する薬物耐性を抑制できるということであり、その機序はシスプラチン耐性細胞のエンドサイトーシス機能を促進することにより、腫瘍細胞内のシスプラチン薬物濃度を高めるというものである。また、フラーレンナノ粒子はDNA遺伝物質の複製を遮断することによっても、薬物耐性腫瘍細胞の繁殖をさらに抑制する。

図3

図3 (A、B)Gd@C82(OH)22フラーレンナノ粒子は体内腫瘍細胞のシスプラチンに対する薬物耐性を逆転させる
(C)Science China (Chemistry) 最近刊号の表紙

3.4 伝統的腫瘍薬物とは逆に、ナノ粒子は生体の免疫システムを損なわず、反対に免疫機能を増強する

 生体にはこのように多様な抗腫瘍免疫反応があるが、腫瘍はそれでもなお体内で発生し進行することができる。同時に、腫瘍の進行もまた生体の免疫機能を甚だしく抑制する。腫瘍細胞自身が免疫抑制作用を有するいくつかの生成物を分泌し、さらにはそれが流入しているリンパ節を侵し、患者の生体局所(腫瘍早期)、ひいては全身(腫瘍晩期)の免疫機能低下をもたらす。

 伝統的腫瘍薬物の高毒性は患者の免疫システムを甚だしく損ない、腫瘍患者自身の免疫力の低下を招き、腫瘍細胞の侵襲と転移を抑えることを難しくしており、これもまた腫瘍が治癒しにくい重要な要因の一つとなっている。これとは逆に、フラーレンナノ粒子は担腫瘍マウスの免疫システムを損なわないだけでなく、反対に免疫システムの機能及び体内の抗酸化防御システムの機能を大きく高めており、したがって、腫瘍細胞の正常な筋肉組織への侵入を効果的に食い止めることができる。

 樹状細胞(DCs)は最も主要なプロフェッショナル抗原提示細胞で、外来抗原に対し真っ先に反応を示す免疫システムの一つの細胞であり、「免疫システムの前哨拠点」と称えられている。研究により、Gd@C82(OH)22やC60(OH)22フラーレンナノ粒子は、いずれも生体の免疫力を高めることによって腫瘍の成長を抑制するということがわかった。Gd@C82(OH)22はDCがIL-6、TNF-α、IL-8、IL-10、IL-12といった多種の細胞因子を放出するよう促し、同時にDC細胞の成熟と遷移を促して、膜表面の受容体をCCR5の発現を主とするものから、CXCR4を主とするものへと転換させる。Gd@C82(OH)22と未成熟の樹状細胞、異種T細胞を一緒に培養し、ナノ粒子が樹状細胞の成熟を促すと、樹状細胞はT細胞の増殖を促し、多種の細胞因子を分泌することができる。

図4

図4 フラーレンナノ粒子は免疫システムを損なわず、反対に生体の免疫システム機能のプロセスを増強する

 マクロファージは免疫反応を励起し調節する過程で重要な役割を果たしている、もう一つの重要な免疫細胞である。Gd@C82(OH)22またはC60(OH)22をマウス体内に腹腔内注射すると、大多数のナノ粒子はすべて腹腔中のマクロファージまたはそのファーゴサイトによって貪食され、ごく少量が腹膜や腸間膜を通して直接血液循環に進入する。マクロファージとTリンパ細胞は刺激を受けると、IL-2、IL-4、IL-5、TNF-α、IFN-γといった各種の細胞因子を放出して血液に送り込み、中枢免疫システム(例えば、胸腺)と末梢リンパシステム(例えば、脾臓。最大、最重要の末梢性免疫臓器)が活性化され、Th0細胞がTh1とTh2細胞に分化する。フラーレンナノ粒子はTh0細胞がより多くTh1細胞に分化し、より多くのIFN-γ、TNF-α、IL-2が放出されて、腫瘍組織中に凝縮し、腫瘍細胞アポトーシスを促進する一連のシグナル経路が始動されるよう促すことができる。同時に、腫瘍組織中のIL-2等の細胞因子によって活性化されたTILは、腫瘍細胞を直接殺傷することができる。さらなる研究の結果、Gd@C82(OH)22やC60(OH)22フラーレンナノ粒子は、T細胞とマクロファージを刺激して大量のTNF-αを放出させることができ、後者は細胞免疫過程において中枢的な役割を果たしているということがわかった。したがって、腫瘍の成長を効率よく抑制するというフラーレンナノ粒子の重要な機能は、それが持っている生体細胞の免疫を効果的に誘発するという機能と密接に関わっている可能性がある。

3.5 伝統的腫瘍薬物とは逆に、ナノ粒子は細胞の損傷を招かず、反対に細胞内フリーラジカルを強力に消去し、細胞の抗酸化力を高める

 フリーラジカルは腫瘍の発生と進行に密接に関わっている。フリーラジカル及び過酸化生成物はDNAの正常な配列に変更を生じさせ、例えば遺伝子の突然変異を引き起こし、それによって細胞の悪性突然変異を招き、腫瘍を作り出すことができる。Duganらのチームが、フラーレンには活性酸素を消去する性質があることを発見して以来、C60は最も応用の将来性のある細胞抗酸化保護剤とみなされるようになり、そのため一時的に人気の高い研究分野となった。中国科学院の研究者は電子スピン共鳴技術(ESR)を用いて、生活細胞中のフリーラジカルに対するフラーレンナノ粒子の消去作用について研究し、多種のフラーレン誘導体粒子がすべてのタイプのフリーラジカルに対して消去作用を有し、同時に、細胞に対するフリーラジカルの酸化損傷及び、もたらされる細胞の活性低下とミトコンドリア膜の電位降下を効果的に抑制するということを発見した。これはフラーレン誘導体の細胞保護作用を直接証明するものである。フラーレンの細胞保護作用の強さは、そのフリーラジカル消去能力と直接関連しており、順序はGd@C82(OH)22≧C60(OH)22>C60(C(COOH)2)2となっている。このほか、フラーレンナノ粒子のサイズ、表面化学修飾グループ、表面電荷なども、そのフリーラジカル消去能力、抗酸化力と密接に関連している。

4. 展望

 6年余りにわたる細胞試験と動物実験による研究を経て、中国科学院の研究者らは最初の発見を十分に実証し、フラーレンナノ構造に適切な表面修飾を行い、細胞毒性のないナノスケール粒子を得た。それらは細胞を殺さず、有害副作用がないにもかかわらず、腫瘍の成長と転移を効率よく抑制し、腫瘍細胞の薬物耐性を弱めることができる。これらの特徴はいずれも、今日の腫瘍臨床治療学が夢にまで求めながら手に入れることの難しかった長所である。それだけでなく、Gd@C82(OH)22は常磁性を具えた、新世代の高効率MRI造影剤であり、そのイメージング効果は現在臨床で使用しているGd-DTPAの20~40倍あり、腫瘍の臨床治療、臨床診断及び、腫瘍の治癒経過追跡の一体化が初めて実現できるようになった。

 以上をまとめると、フラーレンナノ構造物質は、新世代の抗腫瘍化学療法薬として、既存の腫瘍薬物とは比べ物にならない特有の優位性を具えており、腫瘍治療の現状打破のために可能性に満ちたチャンスを提供している。今後の事業の重点として、次のいくつかの方面がある。

(1)新たなナノ構造に基づく新世代の腫瘍低毒性化学療法薬体系を確立する:フラーレン特有の球体構造の生物学的活性と新しい医学的機能を発見し、フラーレン特有の球体構造を利用して、より広範囲な生物医学的応用分野を発展させる。例えば、フラーレンにさまざまな表面化学修飾を行って、それぞれの表面特性を得、それらが生み出すさまざまな生物医学的機能を研究し、抗腫瘍活性を有するさらに多くのフラーレン誘導体を発見し、新世代の低毒性腫瘍化学療法薬シリーズを打ち立てる。

(2)腫瘍低毒性化学療法の基本原理を明示する:腫瘍細胞を殺すことなく、腫瘍の発生と転移を効率よく抑制することができる。まったく新しい抗腫瘍メカニズムが存在するかどうかについては、さらに研究が必要である。

(3)多量調製技術を確立する:薬効の最も高いメタロフラーレンの多量調製技術をまとめることは、今のところまだ世界的難題であり、重点的な取り組みが必要である。

(4)臨床前試験:臨床前試験に必要な各種基準及び関連体系を確立する。

(5)臨床応用:最終的に、新たなナノ構造に基づく新世代の低毒性腫瘍化学療法薬を臨床の場に利用されるよう広める。