プラズモニック・メタマテリアル
2011年 3月22日
田中拓男(たなかたくお): 独立行政法人理化学研究所
基幹研究所 田中メタマテリアル研究室 准主任研究員
1968年3月生まれ。
1996年3月 大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)
1996年4月 同大基礎工学部助手
2003年4月 理化学研究所 研究員
2008年4月 理化学研究所 准主任研究員
専門
メタマテリアル、ナノフォトニクス、応用光学
1.はじめに
プラズモニック・メタマテリアル(以下メタマテリアル)という人工光学物質を紹介する。メタマテリアルの実体は、金属のナノ構造体をホストとなる物質中に無数に埋め込んだ一種のナノ金属構造体である。た だ、その個々のサイズを光の波長より充分小さく設計すると、それらは光には見えなくなり、光にとってはあたかも均質な物質のように振る舞う。これが、メタ”構造体”ではなくメタ”マテリアル”と呼ぶ理由である。& amp; amp; amp; amp; amp; amp; lt; /p>
メタマテリアルでは、ナノ金属構造体と光波との相互作用を利用して、埋め込んだ金属の構造(形)を変えることで物質の光学特性(電磁気学的特性)を制御できる。そして、その構造をうまく設計すれば、自 然界に存在する物質には見られない特異な光学特性を人工的に発現させることができる。さらに、新たな光学特性を人工的に付加した物質は、全く新しい光学現象を通して、新しい光機能デバイ
スの実現に繋がる。本 稿では、メタマテリアルの動作原理について触れた後、メタマテリアルの応用技術や加工手法を紹介する。
2.。物質の光学特性−屈折率
光学の分野で重要な物理量である物質の屈折率nは、電磁気学的には比誘電率εと比透磁率μの2つを使って、
で与えられる。しかし可視光の領域では、μはいつも1.0なので、
で良いとされる。式が簡単になるのは良いが、自由度という観点からは、2つしかない自由度の片方を失うのは大きな損失である。
屈折率の定義がこのように簡略化されるのは、物質が光の磁場成分と相互作用しないからだと説明される。よく知られるように、物質の磁性の起源は、物質内の原子核や電子のスピンと軌道運動である。こ れらはどれも可視光のような高い周波数には追従できないので、自然界に存在するほぼ全ての物質は光の磁場成分に応答することができない。その結果物質の透磁率は真空の透磁率と等しくなり、μは1.0になる。& amp; amp; amp; amp; amp; amp; lt; /p>
3.プラズモニック・メタマテリアルを用いた人工磁性材料
では、1.0に固定されている物質の比透磁率(μ)を、変化させるにはどうすれば良いか? μを1.0から変化させるということは、光の周波数で変化する磁場に応答できる人工的な「磁性」を 物質に与えることに対応する。そのためには、磁性を生み出すカラクリが必要であり、プラズモニック・メタマテリアルの場合は、物質の磁性の起源の1つである電子の軌道運動を模倣することでこれを実現する。す なわち、金属をリング状に加工して、電子が環状運動する軌道を作る。要するにコイルである。これに外部から光を照射して磁場を印加すると、電磁誘導の原理で金属リング内に電流が流れて、金 属リングは新たな磁場を作り出す。ただ電流といっても周波数が高いので、電子は、流れているというよりは、金属内で集団的に振動しているだけである。さらに、金属リングに適当な切れ目を入れると、こ の切れ目部分がコンデンサーとして働いて、金属リング全体がLC共振回路として動作し、その共振周波数の光と強い共鳴相互作用を起こす。この素子を光の波長より小さなサイズで設計して、ホ ストとなる物質中に3次元的なアレイとして集積化すると、光は個々の共振器の存在は感知できないが、その効果は有効であり、共 振器アレイは光の磁場成分と相互作用する新しい物質として機能してその巨視的な比透磁率が1.0から変化する。これがメタマテリアルの動作原理である(図1)。
この動作原理に基づくメタマテリアルは、1999年にPendryが提案し、 2000年にSmithが4GHzのマイクロ波領域において実験的に示した[1、2]。彼 らが提案した共振器構造はSprit Ring Resonator(SRR)と呼ばれる同心円リング型のもので、磁場を受けるアンテナ部がインダクタンス(L)とキャパシタンス(C)で 接続された共振回路である(図2(a))。SRRはその共振周波数と一致した周波数の光を強く吸収する。これは、μの虚数部がその周波数付近で大きく変化することに対応するが、μ の虚数部が変化すると実数部も変化する(図2(b))。そして透磁率の実数部の変化は共振器のQ値が高いほど大きくなる。
図2 Split Ring 共振器による透磁率制御
メタマテリアルの構造設計における電磁気学的解析の詳細は、スペースの関係で書く事ができないので、参考文献を参照いただくことにして、次章では、メタマテリアルを用いて透磁率を制御した物質を作れば、そ れがどんな事に応用できるかに話題を移す[3−5]。
4.偏光無依存ブリュースター素子への応用
屈折率の異なる物質の境界面に光が入射すると、その一部が境界面で反射される。この光の反射は一般には避けることができないが、うまく条件を揃えると反射光がゼロになる現象がある。こ れがブリュースター現象である。その条件とは1)光がある特定の角度(ブリュースター角)で物質界面に入射しており、かつ2)その偏光方向が入射面に垂直なp偏光であることである(図3(a))。すなわち、反 射率がゼロとなるブリュースター現象は、s偏光の光では決して起こらない現象である。しかし、物質の比透磁率が1.0から変化した物質の境界面では、s偏光にブリュースターが発現するようになる(図(b))。も ちろん先に述べたように、光周波数において透磁率が1.0以外の値をもつ物質は自然界には存在しないが、メタマテリアルなら作り出すことができる。
図3 p,s偏光のブリュースター現象
図4 ナノ共振器アレイを積層させた異方性メタマテリアル
p偏光とs偏光のブリュースターを使うと、物質境界面における光の反射をその偏光状態に関係なく抑制することができる[6]。そのためのメタマテリアルの構造を図4に示す。こ れは一軸性結晶のように光学的な異方性を持つ構造である。この異方性メタマテリアルを用いたp、s両偏光に対するブリュースター素子の設計例として、光波が真空中からガラスへ伝搬する状態を仮定し、そ の境界面にメタマテリアルを挿入したモデルで設計を行った。その1つを図5に示す。真空から入射した光は、メタマテリアルの境界面でp、sそれぞれの偏光に応じて異なる方向へ屈折した後、メ タマテリアルの中を異なる方向に伝搬する。そしてガラスの境界面において再度屈折し、p、s両偏光が同じ出射角でガラス中へと透過する。この設計例における境界面での反射率は、い ずれの偏光に対しても計算誤差によって生じた2×10−5以下の値であり、物質境界面での光の反射は100%無効化されていることが確認できた。例 えばこのようなメタマテリアルでできた無反射光素子を光ファイバーの先端に取り付ければ、図6に示すように光の偏光方向に関係なく、光ファイバーに無反射で光をカップリングさせることができるようになる。& amp; amp; amp; amp; amp; amp; lt; /p>
図5 偏光無依存ブリュースター素子
図6 光ファイバーへの光の偏光無依存無反射結合
5.メタマテリアルを用いた屈折率制御
冒頭で述べたように、本来、物質の屈折率は比誘電率と比透磁率で決定されるはずであるが、光の周波数では比透磁率が1.0に固定されているので、屈折率は比誘電率だけで決まってしまう。しかし、メ タマテリアルを用いて物質の比透磁率も制御できれば、高い屈折率や低い屈折率を持つ物質をより自在に作り出すことができるようになる。
メガネなどに利用されているプラスチックレンズを例に議論する。現在プラスチックレンズに利用されている樹脂の屈折率は、高いものでも1.76程度である。こ の屈折率をあと0.04上げて1.80にしようとすると、比誘電率に換算して3.10から3.24まで0.14も上げなければならず、これは容易ではない。しかし、1 .80と1.76の比はわずか1.023であり、これを比透磁率の変化で賄うなら、比透磁率を1.0から0.046だけ上げて、1.046にするだけで済む。
図7は横軸と縦軸にεとμの平方根を取ったものである。このグラフ上に様々な物質の存在位置をプロットすると、物質の位置と原点とで決まる四角形の面積が屈折率に対応する。物質の屈折率を制御する時、こ れまではεしか変化させることができないので、屈折率の制御とは高さ1.0で固定された長方形の横の長さだけを変えることに対応し自由度が少なかった。しかし、もしμも変化させることができれば、図 の縦方向の変化も屈折率制御に利用することができ、結果的に高い屈折率や低い屈折率など、より自由自在に屈折率を制御できるようになる。
図7 εとμの両方を用いた物質の屈折率制御
6.メタマテリアルの加工法
メタマテリアルを作製するには、(i)高い導電率を持つ金属を、(ii)ナノサイズでデザインされた共振器の形状に加工し、( iii)これを3次元的なアレイ構造としてホスト材料中に集積化させなければならない。しかし、現在の微細加工技術にとって、この要求を実現することは困難である。例えば、光 リソグラフィー法や電子ビームリソグラフィー法を使えば、ナノメートルスケールの金属のパターニングは不可能な事ではない。しかし、これらは2次元パターンの縮小転写技術なので、3 次元的な構造体を加工することができない。このような加工技術における問題、特に加工形状の3次元性の問題を解決するため、我 々はレーザーを用いて立体的な微細金属構造を3次元空間中に直接作りだす新しい加工技術の提案を行った[7−9]。
図8 2光子還元法を用いた3次元金属ナノ加工
我々が開発した手法は、図8に示すように金属イオンをホストとなる物質中に分散させ、この材料中に近赤外の波長を持つフェムト秒チタンサファイアレーザー(波長800nm)を 集光照射するというものである。金属イオンとは、具体的には銀イオン(Ag+)や金イオン(Au3+)である。これらのイオンは紫外線のみを吸収して近赤外光は吸収しないが、極 短パルスレーザーを集光してフォトン密度が高い状態を作ると、物質が2つの近赤外フォトンを同時に吸収して紫外光に相当するエネルギー準位間の電子励起が起こる。これが2光子吸収と呼ばれる現象である。そ して吸収された光のエネルギーは金属イオンを還元させて金属の析出が起こる。この2光子吸収が起こる確率は光の強度分布の2乗に比例するので、金属イオンの還元は、光 強度の高いレーザースポット部においてのみ局所的に起こる。そして、このレーザースポットを3次元的に走査すれば、3次元的な金属構造を自在に描画することができる。
図9 2光子還元法で作製した金属構造
図9に本手法で作製した金属構造体の例を示す。図(a)、(b)は、銀イオンの水溶液中にレーザー光を集光して作製したマイクロゲート構造とマイクロピラミッドアレイである。い ずれも完全な3次元形状を持ちガラス基板上に自立している。またピラミッドを構成する4本のロッドの線幅は200nm程度しかないが、それでも充分な物理的強度を持っており電気抵抗も低い。図 (c)はAu3+をドープしたPoly-methyl-methacrylate樹脂をガラス基板上にフィルム状に塗布した後、その中で金の共振器アレイ構造を直接作製したものである。このように、物 質中に直接金属構造を生成できる微細加工技術は、筆者の知る限り他にはない。
7.メタフォトニクス
プラズモニック・メタマテリアルが切り開く新しい光学物質と、それが生み出す新規な光学現象や新しい光学素子への展開について述べた。物質に人工的な磁性を与え、そ の透磁率の操作できるメタマテリアル技術は、透磁率方向に大きな制約を受けている自然界の物質の光学特性を大幅に拡張する。メタマテリアルが自由に手に入るようになると、物 質の比透磁率が1.0であるとされていたこれまでの光の世界は「古典的な狭い光の世界」になって、もっと広い新しい光の世界が実現される。我々はその新しい光の世界で実現される光技術を「メタフォトニクス」と 名付けた。この世界には、我々がまだ知らない光機能や光学現象などがまだまだたくさんある。これらを1つずつ探し出してゆくこともこの研究の楽しみの1つである。
主要参考文献:
- J. B. Pendry, A. J. Holden, D. J. Robbins, and W. J. Stewart: IEEE Trans. Microwave Theory Tech. 47 2075 (1999).
- D. R. Smith, W. J. Padilla, D. C. Vier, S. C. Nemat-Nasser, and S. Schultz: Phys. Rev. Lett. 84 41847 (2000).
- A. Ishikawa and T. Tanaka, Opt. Commun. 258 300 (2006).
- A. Ishikawa, T. Tanaka, and S. Kawata: Phys. Rev. Lett. 95 237401 (2005).
- A. Ishikawa, T. Tanaka and S. Kawata: J. Opt. Soc. Am. B 24 510 (2007).
- T. Tanaka, A. Ishikawa, and S. Kawata, Phys. Rev. B 73, 125423 (2006).
- T. Tanaka, A. Ishikawa, and S. Kawata, Appl. Phys. Lett. 88, 81107 (2006).
- A. Ishikawa, T. Tanaka, and S. Kawata, Appl. Phys. Lett. 89, 113102 (2006).
- Y. Cao, N. Takeyasu, T. Tanaka, X. Duan, and S. Kawata, Small 5, 1144 (2009).