時代に合った社会管理を模索する中国
遊川 和郎(亜細亜大学アジア研究所教授) 2012年12月25日
1.「社会管理」の時代
中国の新聞や文献で「社会管理」という用語を目にすることが増えたが、この語の歴史はそんなに長くない。中国の大手ポータルサイト新浪(Sina)で「社会管理」を含むニュースを検索すると、1998年に3件、2001年に3桁(262件)、2003年で2162件まで増え、同年には年末の共産党機関紙『人民日報』社説にも登場した。新型肺炎SARSの発生した年である。
どうやら、2002年の第16回共産党大会のキーワードとなった「小康社会」(比較的安定している社会)あるいは「和諧社会」(調和のとれた社会)といった言葉との関連性が強い。「和諧社会」というのは『現代漢語辞典』では第5版(2006年)で初めて登場した用語で(2002年版には収録なし)、胡錦濤体制になって生まれた概念である。
党の重要会議で使用されたのは、第16期四中全会(2004年9月)で採択された「党の執政能力強化に関する決定」中、一か所「社会管理体制の創新を推進」と触れられたのが最初で、六中全会(2006年10月)では「和諧社会構築に関する決定」の中で「社会管理を整備し社会の安定を維持する」という大項目が立てられた。
そして翌2007年の第17回党大会報告の中でも社会管理の強化が独立した項目として挙げられている。
その後、2011年には高いレベルで突破口となるいくつかの動きがあった。2月の省部級(省長・閣僚級)主要幹部が中央党校に召集され、胡錦濤総書記が冒頭、社会管理業務をさらに突出した位置づけとするよう講話を行った。5月には党政治局における会議、それを受けて7月は党中央と国務院の連名で「社会管理の強化・創新に関する意見(11号文件)」を公布し、その任務が明確にされた。2012年11月の第18回党大会においても、第17回同様に社会管理の重要性が強調されている。
2.社会管理が必要とされる背景
2006年頃から党の文献で「社会管理」が用いられるようになったのは、「突発事件」「ネット時代」といった言葉に象徴される時代の変化がある。
中国では以前から、「上訪」(あるいは「信訪」)と呼ばれる独特の仕組みがあり、官の腐敗や横暴によって権利を侵害された市民や農民は上級政府機関を訪ね、直接陳情して、不平や不満をぶつけてきた。
しかし、格差拡大や権力者の腐敗、深刻な環境汚染、再開発事業に伴う強制的な立ち退きなどを背景に、社会に不満を持つ人たちが公然と抗議活動をする事態が各地に広がり、それが突然、大規模なデモや党・政府機関に対する襲撃に発展するようになった。また、携帯電話やスマートフォンといったモバイル機器の普及によって、告発文書や映像が、だれでも簡単にネットに貼り付けられるようになり、内陸部の国内問題も瞬時に全世界を駆け巡る時代になった。
大規模な衝突につながる社会矛盾には、①農地の収用、②再開発に伴う強制立ち退き、③不動産管理にまつわるトラブル、④企業制度改革に対する既得権益層の反発、⑤医療を巡る紛争、⑥労使間の紛争、⑦環境汚染、⑧民間金融に絡む紛争、⑨よそ者と地元住民の対立、などが挙げられる[1] 。
こうした社会矛盾が拡大したのは、ちょうどインターネットが急激に普及した時期と重なる。(2012年8月掲載記事「中国特色的インターネットの発展」参照)。
それ以前にも、2003年のSARS騒動の頃からネットが危機を増幅したり、新たな危機的状況を生み出したりする事態が見られたが、2007年頃からそうした事例は珍しくなくなった。
例えば、児童や知的障碍者が誘拐され、山西省の闇レンガ工場に閉じ込められて、奴隷労働をさせられていた事件は、ネット上での告発が発覚の端緒となった。また、福建省アモイでは、携帯メールによる呼びかけで、化学工場建設反対の大規模デモが起き、事業が中止に追い込まれた(いずれも2007年6月)。ネットが世論を巻き込んで当局に対応を迫るケースは近年、日常的に発生している(表2参照)。
3.ネット時代の行政
こうした中、政府が自らネット上での情報発信を強化する動きが見られる。新浪微博が認証した政府機関及び政府職員の微博(ミニブログ=中国版ツイッター)は2012年6月10日現在、4万5021アカウントに上る。内訳は政府機関2万5866、党・政官僚1万9155である。
上海市政府は、政務情報の速やかな発表、役に立つ情報提供による行政サービス向上を図るため、2011年11月、政務ミニブログ「上海発布」を新浪網、騰訊網、東網、新民網に開設した。
「上海発布」のフォロワー数は、これら四つのミニブログを合わせると360万人を超え(2012年7月10日現在)、三つの指標(アクティブ度、伝達度、カバー率)からなる新浪微博のミニブログ影響力ランキングで1位となっている。
地方政府が開設した政務ミニブログのアカウント数は、江蘇(2906)、浙江(1899)、広東(1805)が上位に並ぶ。
頻発している衝突事件は、政府と住民が利害対立の当事者となる時もあれば、利害が対立する複数の当事者の間に政府が立って、暴発を抑える役回りとなる時もある。政府が行う諸々の意思決定の中に、国民、住民の声をどのように取り入れるのか、また、政府の意思決定プロセスをどのように透明化させるのかは、緊急性のある重要な課題である。
問題を根本的に解決しようとすれば、①「良い政府」から「良い統治」(グッドガバナンス)に転換する、②政府の役割の重心を経済発展から民政の改善や社会の公正維持に移す、③政府の権限を法的に制約し、公民社会(市民社会)を建設する、といった政府の機能転換が求められる[2] 。
ただし、現状では、矛盾が広がるスピードに政府の機能が追つかず、後手に回っている感が否めない。社会管理の試行錯誤は今後も続くだろう。
参考資料:
- 『中国社会管理創新報告』(社会管理青書)社会科学文献出版社(2012年9月)
[1]上記参考資料19~22頁
[2]上記参考資料31~32頁