大学におけるオープンイノベーションによる特許技術の商品化
陳東敏(北京大学科学開発部部長、北京大学産業技術研究院院長) 2015年 1月 7日
Ⅰ. 大学における特許技術実用化への課題と解決策
1985年、中国で特許法が施行されると、以来、中国は知的財産権についての理解の普及とその実用化で大きな変化を遂げた。過去3年間の中国の特許出願総件数は世界第1位であり、特に2013年には、その件数が70万件を超え、世界の3分の1に達するほどであった。また、同年の中国のPCT(国際協力条約)に基づく国際特許出願件数はドイツを超え世界第3位となり、米国、日本に追いつく勢いであった。(図1)
しかしながら、このPCTによる国際特許出願件数は、実は国内での出願件数の4%にも満たないのである。一般的に、国内での出願件数より、国際特許出願件数の増加がその国の技術革新やグローバル化を反映していると言われる。
図1 国際特許出願件数の推移 (主要5ヶ国)
先進国においては、大学や国が関与する科学研究機関等で占める科学研究費の割合は比較的高く、特許出願件数も民間企業の倍近くに上り約20%に相当する。一方、中国では、北京大学、清華大学、中国科学院の研究費は、それぞれ約30億元/40億元/400億元(人民元)に達し、政府が助成する科学研究費の20%を占める。さらに、大学、及び大学院の特許出願件数が全体の20%と、国際的にみても高い数値を示している。2012年の世界各国の大学別国際特許出願件数を見ると、北京大学が第9位、清華大学が第16位となっている。(表1.米国特許出願を除く)
表1 国際特許出願件数 世界大学別ランキング
だが、中国の大学や科学研究機関の特許維持率は決して高いとは言えず、多くの特許が2回目の特許維持費の支払い時に権利が失われているのである。(表2)
表2 中国における大学別特許取得状況
先進国では産学連携による研究実績は非常に豊富であるが、残念ながら大学の特許転化率は低く、特許技術の活用により実質的な経済的利益をもたらすことができるのは僅か5%ほどに過ぎない。これが、大学における特許取得の現実なのである。科学技術研究において、大学の基本的な方針は基礎研究の探究であり、基礎科学の成果の実用化を目指す応用研究の分野が設置されていても、現実には基礎科学の研究に注力する傾向にある。そして、研究のほとんどは原理や原則の追究、発見に費やされ、独創性はあっても応用研究には多額の資金と研究者の投入が必要となるため、実用化には程遠いのが実状である。ましてや、その成果には優位な商品価値があり、十分なリターンが見込めなければならない。そこに、知的財産権の保護と戦略が必要になってくる訳であるが、多くの大学は資金面でも人材面でもその資源は不足しており、計画的な特許戦略が立案できずにいる。
中国の大学や研究機関で特許転化率が低いもうひとつの理由は、環境が整備されていないことにある。過去30年間にわたり、中国は多くのテクノロジー企業を輩出し技術革新を進めてきた。しかし未だに、創造的な思考力を持つ人材の確保や研究施設の整備など不十分な点が多い。一方、国有企業は多くの先進的な研究者を有するが、創造性を高め推進するための体制も能力も欠いている。大学が取得した特許を実用化へと転化させるためには、研究者がそのプロセスに参画できるようにする必要があり、政府は教授陣が起業し、研究開発から企業経営へと、そのプロセスに携わることを奨励している。
大学が取得した特許の実用化への転化には3つの課題がある。
(1)特許の実用化への転化率を上げるにはまず特許の商業的価値を高めることである。ひとつの重要な発見は、一般的にはコア技術の独占と製品の開発から生産に必要な特許などをまとめて評価する「特許ポートフォリオ」と呼ばれる特許群により、その権利が保護される。ただこれには、特許業務のプロや技術移転の専門家の協力が必須であり、大学内で有益な発見がなされたとしても、こうした体制が整っていなければ、収益性の高いビジネスモデルを実現することはできない。
(2)特許の有効期間は20年である。大学で生み出された独創性の高い研究成果を実用化するまでには相当の年数が必要であり、市場参入の目処がついた時には、特許の有効期間がほとんど残されていない状況となる。特に、バイオ医薬品の分野では、このことが顕著な課題となっている。ひとつのコア技術の発見は、多くの異なる分野に及ぶこともあり、1つのチーム(一大学、または一企業)だけで完結するのは困難である。
(3)大学の有益な特許技術の転化には高額な資金が必要となるが、先端技術が開発される過程では失敗率も高く、民間企業や政府はハイリスク、ハイリターンの投資には否定的である。その結果、研究開発の段階で、研究資金が絶対的に不足することになる。これが、「死の谷」現象と呼ばれるものである。(図2)
図2 科学研究成果の転化過程における「死の谷」曲線
これらの課題を解決するための従来からの取組みは、特許技術の実用化への転化(課題1)であり、限られたマーケットでの特許権の販売許可(課題2)であった。こうした試みにより成功した例は散見されるが、それでも全体的にみれば、大学での特許技術の転化率は極めて低いのである。
近年、いくつかの「特許不実施主体」(NPE)と呼ばれる特許管理専門の会社が現れ、知的財産担保融資(IP Bank) や知財ファンド(IP fund) を活用し、多額の資金を調達、大量に特許権を取得し、大規模化(scalable IP operation) を図っている。しかし、NPEの主な利益は特許侵害を理由に訴訟(あるいは訴訟を起こすとの脅し)を起こし、高額の賠償金を得るというものであり、価値ある研究成果をもとに産業振興を目指すという知財ファンド本来の初志にはそぐわないものである。この方法は合法ではあるが、非難と排斥を免れず、政府や多くの大学はNPEと関係を持つことを拒否している。
我々が新たな特許戦力を必要としていることは明らかであり、各々が課題を認識し、解決策を模索している。
Ⅱ. オープンイノベーションによる特許技術転化へのビジネスモデル
前述したように、取得した特許技術を効率的に実用化へと転化するためには、一定規模の投資を受け、リスクをコントロールし、転化するまでの期間をできるだけ短くすることが必要となる。特許技術転化へのビジネスモデルとは、こうした要件を満たし、合理的に利益が得られるよう転化率と経済的効率性を上げるための仕組みである。そして、このモデルの基盤となる考え方は、オープンイノベーションである。
図3 オープンイノベーションによる知的財産管理システムモデル
パートナーとの共同開発を推進する知的財産管理システム(知的財産ビジネスモデル) (図3)には、次のような特徴がある。
- 大学で生まれたコア技術(University Key Invention)をもとに、パテントプール(Core IP Pool)を形成する。
- 政府及び社会のネットワークを活用し、科学技術の知財ファンド(IP Fund)を導入し、関連する特許を持ち寄りプールを拡大する。
- 事業開始の極めて早い段階から投資を行うインキュベーションファンド(VC Fund & Government Grant)の活用を促し、さまざまな応用研究を支援(Incubation)することで開発サイクルを短縮する。
- 新たな特許技術の応用開発のため、パテントプールを活用し、一括して知的財産に関する管理業務(戦略、運用、許諾、クロスライセンス契約など)(New IP Capture & centralized IP Management)を行う。
- インキュベーションファンドは特許権所有者に対価を支払い、ライセンスを解放する。(IP In-licensing)
- パテントプール基金(知財ファンド)は、一定の規則に従い、すべてのパートナーにライセンス料を支払い、その他の関係者(IP Out-licensing)からはライセンス料を受け取る。
このビジネスモデルはオープンイノベーション、つまり、自社技術だけでなく、他社や大学などが持つ技術やアイデアを組み合わせ、また資金や資源面でも協力し合い、大きな競争力を持つことで、合理的な利益配分につなげる仕組みである。
以下、競争優位性と実現可能性について考察する。
第一に、知的財産権の保護とその価値を見出すこと。世界の有名大学には創造的な発想を持つ優れた研究者がおり、十分な資金や関係スタッフによるサポートのもと、潜在的に商業価値を有する研究を続けている。大学における知的財産管理の主な目的は、こうした商業的価値を顕在化させることであり、守ることである。この点については、既に実績が確認できている。
第二に、大学や研究機関で開発された先端技術が広範囲で応用されることである。オープンイノベーションにより、多くの企業や起業家たちが利害衝突もなくリスクを共有し、比較的短い期間でコア技術と関連特許を取得できることで、市場価値を高めることができる。(図4)。
図4 オープンイノベーションによるパテントプールの形成
第三に、パテントプールにより一括してライセンスを与えていくことで、企業の知的財産管理の負担を軽減し、知的財産関連業務の効率化と専門性を高められる。また知財ファンドにより、広範囲な関連特許やクロスライセンス契約を持ち寄ることができ、より効果的な法的保護が企業側には約束される。
第四に、知財ファンドや政府からの助成金、銀行からの融資などを組み合わせることで、リスクバランスの取れた資金投入が可能となり、資金が十分でなくとも、高い価値を見出すことができる。(図2)
これらオープンイノベーションと知的財産管理システムの運用とを結びつけることにより、高い信頼性を持つビジネスモデルが構築できる。
結論
国の方針と密接に関わる研究を中心に行う大学には、国の主要な研究課題をサポートするため、政府より科学研究資金の助成を受け、産学連携を通して、有益な社会貢献や経済の発展に寄与することが求められる。そのためには、資金の調達に加え、共同、連携、国際協力を踏まえた新たなシステムの構築が急務であり不可欠である。
(完)