第159号
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無錫「物」語(その2)

2019年12月13日 程昕明(『中国新聞週刊』記者)/江瑞(翻訳)

その1よりつづき)

スマート製造業

「無錫は製造業の街。骨の髄までモノづくりの文化が染み込んでいる」とは、ある取材協力者の言葉だ。無錫はいかにして「製造」から「スマート製造」への一歩を踏み出したのだろうか。

 海瀾集団は無錫初の営業収入1,000億元超え企業である。同社の営業収入及び利益総額は、中国アパレル業界で長年1位を獲得している。海瀾集団のスマート化における重要な取り組み、そして企業の急成長を支える切り札こそ、IoT技術とビッグデータ分析の活用なのである。

 海瀾集団本社の、1,000ムー〔1ムーは約666㎡〕近い物流パーク。記者がここで目撃したのは、作業員がわずか数人しかいない巨大なスマート倉庫の仕分け台の上で、忙しそうに動き回る服たちが「自動」で仕分け、箱詰めされる光景だった。

 その秘密は、服1枚1枚に隠された「心臓」――RFID(無線認識)スマートチップだった。タグに隠されたこれらのチップのおかげで、服はまるで足が生えたかのように、目的の地域やショップ行きの荷箱の中へ「歩いて」いくことができる。海瀾集団は、これまでの「ヒトがモノを探す」方式から「モノがヒトを探す」方式へ、物流・倉庫保管のアップグレードを成し遂げた。これにより効率がアップしただけでなく、人手も以前の6分の1で済むようになった。

 現場で働く作業員の話によると、この物流パークは海瀾集団が50億元を投じて建設したもので、約5,000店舗に対応可能な商品輸送能力を備えている。物流パークには現在合計14のスマート倉庫があり、保管能力は1億3,000万点、年間貨物取扱量は5億点近くに達する。

無錫では絶えず向上を続けるIoTのおかげで、チップ1枚あたりのコストがこれまでの3~4元からいまや0.5元ほどになっている。小さなチップは大きな知恵を蔵しており、IoTの高周波技術でチップ上の大量のデータを読み取り、保管、配送、販売の各段階を追跡することができる。ビッグデータのメタ分析の力を借りて動作するが、逆に製品の設計・開発を指導することもできる。

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無錫・菜鳥「未来パーク」の倉庫で運搬作業をおこなうスマート運搬ロボット。 写真/新華

 世界をリードするデジタルエネルギーテクノロジー企業の遠景集団では、全国に分布するIoTでつながる風力発電機や、細かい地図上でのリモートコントロールやデータ読込の実演などを見せてもらった。

 説明によると、同社のスマートIoT OSは、目下、世界の100GWを超えるエネルギーデバイス及び5,000万のスマートデバイスをつないでおり、発電、ビル、工業パーク、交通、都市など複数分野に向けたソリューションとサービスを日々創造しているという。

 北京市の中関村ではマイクロソフトのオフィスビルが、遠景集団傘下の遠景智能のソリューションを用いて効果的に電気代を削減し、スマートビルディングを実現している。遠景智能はシンガポールにグローバルデジタルセンターを設立し、同国の「スマート国家」プロジェクトを見事受注することにも成功した。遠景集団はIoT関連のソフトウェア・ハードウェアのイノベーションと「生態系」構築を通じ、過度に多元化されたエネルギーシステムをデジタルの世界で統一することを目指している。同社は目下、デンマーク、アメリカ、ドイツなどの国々に八大グローバル技術イノベーションセンターを設立しており、無錫IoTモデル区の影響力と評判の向上に貢献した。

 中国本土のスター企業以外にも、近年はIoTの波に導かれ、業界のリーディングカンパニーも続々と無錫に押し寄せている。2015年以降、アリババはプラットフォームの飛鳳平台〔Link Develop〕を、ファーウェイはIoT生態イネーブルセンターを、ハイアールはIoT生態ネットワーク基地をそれぞれ建設している。他にも、中電海康、浪潮ビッグデータ、アストラゼネカイノベーションセンター、360安全本部などのプロジェクトが相次ぎ完成し、鴻山、雪浪、慧海湾の3つのIoT鎮は産業集積拠点とイノベーション発信基地の建設を急ピッチで進めている。重大プロジェクトの定着と各種企業の急成長は、「無錫スマート製造」の大きな原動力となっている。

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青天白雲に映える蠡湖(れいこ)。 撮影/褚春玲

モデル区2.0

 公式データによると、2018年、無錫のスマートセンサー産業の営業収入は90億元規模に達した。左保春氏の分析では、過去10年、無錫のIoT産業収入に占める割合が大きかったのは、スマートデバイスだ。今後、プラットフォームビジネス、特にインダストリアル・インターネットが生み出す価値は、ますます大きなウエイトを占めるようになるだろう。左保春氏はこれを踏まえ、IoTが将来的にもたらすのは複合型の成長で、5Gの大規模商用化以降は、年平均20%~30%の成長すら夢ではないと予測する。

「無錫は一貫して工業・製造業都市であるという自負を維持してきた。現在はこれにスマート化という翼が加わり、IoTをはじめとする次世代IT産業が台頭してきた。無錫の製造業のスマート化は今後さらに高まっていくだろうと考えている」

 モデル区として、無錫はこの10年、応用モデルプロジェクトを累計300件以上実施してきた。うち、国家級の重大応用モデル事業は21件あった。10年という歳月の蓄積と涵養により、モデル区は無錫に根を張り、花開き、実を結び、IoT産業という新たな高みを出現させ、全国のIoTブームを牽引するに至った。

 また、無錫IoT産業研究院が音頭を取り自ら参画して制定したIoTの国家標準は41、国際標準は11ある。同院は中国の代表として、IoT標準に関する国際的発言権と主導権を握っている。

 同院院長の劉海濤氏は次のように語る。「第1回国際標準化会議は無錫が主催し、そこで制定された標準は無錫から世界に発表された。この標準はIoTのアーキテクチャにおいて最も核心的且つ最も権威ある標準で、ビルの骨組みのように、業界全体の高さや形状を決めるものだ」

 それまで、中国は多くの業界で基本的に国際標準に従っていた。唯一IoT分野のみ中国の国家標準が世界に先んじて制定されたおかげで、国際標準に影響を与えることができた、と劉海濤氏は指摘する。「中国はIoT産業を引っ張る存在だと胸を張って言える」

 江南大学科学研究院院長の呉小俊氏は、無錫はこの10年、果敢に先陣を切り、中国のIoTのために数多くの成功体験をもたらすと同時に、試行錯誤を恐れず、失敗も潔く受け入れる度量の大きさも示してきた、と語る。

「産みの苦しみを経て、スマート製造は無錫に産業転換と高度化をもたらした。今後も中国IoTの中心都市という無錫の地位は変わらないだろうが、コア技術、センサー、そして人材面には短所もあることを自覚しなければならない」。それゆえ、呉小俊氏は2019年を無錫IoTの再出発元年とも位置づけている。

 楊学山氏は、IoTは本質的に「コト」中心であり、物事をより良く処理するための手段だと指摘する。過去10年で中国のIoTは長足の進歩を遂げたが、センサー技術と産業は依然として他者のコントロール下にある。それゆえ、無錫が10年の節目をスタートとし、中国のIoT産業を1.0から2.0に引き上げていくことが、楊学山氏の願いだ。

 先駆者として、無錫自身もこうした自覚と責任は持っている。市長の黄欽氏は言う。「無錫はハイレベルのスタートと計画でモデル区をバージョン2.0にアップグレードし、自らコントロール可能な現代的産業システムと開放的且つ高効率な技術イノベーションシステムをつくりあげ、中国を製造強国・ネットワーク強国としていくため、より多くの貢献をしていかなければならない」

 ある有識者は次のように指摘する。コンピューターの普及に特徴づけられる第1次AIブームは中関村で、インターネットとモバイルインターネットは深圳と杭州で花開いた。ならば、IoTに代表される第3次AIブームの到来により、無錫は見事に波を乗りこなすサーファーになれるだろうか。

 答えは次の10年で分かるかもしれない。

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(おわり)


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年1月号(Vol.95)より転載したものである。