第170号
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新型コロナ ワクチン獲得「狂騒」 グローバルな公平性と安全性(その1)

2020年11月11日 霍思伊/『中国新聞週刊』記者 江瑞/翻訳

2020年8月11日、ロシアは人々の意表を突く形で、世界初の新型コロナワクチン「スプートニクV」を認可したことを発表した。ロシア政府は同ワクチンのフェーズⅠ/フェーズⅡの臨床試験データを公表していないため、フェーズⅢの臨床試験が現在進行中かどうかも分からない。だがその翌日、ブラジル・パラナ州政府はロシアに協力する形で、ブラジルで「スプートニクV」の臨床試験及び生産をおこなう覚書を交わしたと発表した。

※本記事は9月14日発売の『中国新聞週刊』の記事を翻訳したものです。10月8日に中国はCOVAXへの参加を表明しています。

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9月5日、2020中国国際サービス貿易交易会(CIFTIS)公共衛生・感染対策ゾーンのシノバックのブースでは、担当者が新型コロナウイルス不活化ワクチンの説明をしていた。写真/人民視覚

 ロシアは、南米、中東、アジアの20カ国から合計10億回分を超えるワクチン購入の問い合わせが来ていることも明かした。

 9月8日時点で、全世界の新型コロナウイルス感染者は累計2733万人、死者は89万人に達している。感染者数の多い10カ国のうち、7カ国はアジア・アフリカ・南米の国々だ。うち、インドは428万人で世界2位、ブラジルは415万人で世界3位となっている。トップ10には他に、ペルー、コロンビア、南アフリカ、メキシコ、アルゼンチンが入る。特にブラジルとインドの状況はまったく楽観を許さない。

 途上国が「スプートニクV」に殺到しているのは、「背に腹は代えられない」からだ。既に臨床試験フェーズⅢに入っている米モデルナ〔Moderna〕のmRNAワクチンや英オックスフォード大学のアデノウイルスワクチンなどの「人気ワクチン」は、とっくの昔に欧米先進国が札束を積んでかっさらっていった。「スプートニクV」というリストにすら載っていなかった「ダークホース」の出現は、途上国にとって一筋の光明となった。

 WHOのテドロス事務局長はこの2カ月、WHOの新型コロナウイルスに関する定例会見で、何度も「ワクチン・ナショナリズム」に警鐘を鳴らしている。

米国のワクチン獲得作戦

 目下、米国は複数のワクチンメーカーと60億ドルを超える購入予約契約を締結している。

 8月11日、米政府は15億ドルでモデルナから1億回分の新型コロナワクチンを調達する契約を結んだ。契約には、必要時、米国が4億回分まで追加購入可能である旨も盛り込まれていた。米国はわずか数週間のうちに、ジョンソン・エンド・ジョンソンから1億回分、サノフィとグラクソ・スミスクライン〔GSK〕から1億回分、ビオンテック〔BioNTech〕とファイザーが共同開発したmRNAワクチンを6億回分、(オックスフォード大学のアデノウイルスワクチンの製造権を持つ)アストラゼネカから3億回分、そして米ノババックス〔Novavax〕から1億回分のワクチンを購入する契約を立て続けに締結した。

 契約のほとんどは直接調達ではなく、ワクチンメーカーに巨額の開発及び製造資金を提供し、代わりにワクチンの優先取得権を得るという形になっている。例えばサノフィとGSKに計20億ドルの開発援助をおこない、その見返りに1億回分のワクチンを提供してもらう、というように。

 これらはすべて米政府の「ワープ・スピード作戦」の一部だ。トランプ大統領が新しい「マンハッタン計画」と呼ぶこの作戦の狙いは、大量の資金投入により、ワクチンの開発周期を8カ月に短縮し、2021年1月までに少なくとも3億回分の安全で効果的なワクチンを確保するというものだ。「ワープ・スピード作戦」のリストには、アストラゼネカ、ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、メルク、モデルナなど、世界のワクチン大手がほぼ網羅されている。世界中に金を「バラマ」くことで、米国は既にワクチン市場最多の入場券を手に入れた。

 英国は最近、ノババックスとベルギーの製薬会社ヤンセンファーマ〔Janssen〕から9,000万回分の新型コロナワクチンを購入する契約を交わした。今年5月には早くもアストラゼネカと1億回分のワクチンの購入予約契約を結んでいる。英国は現時点で6種類のワクチン3.4億回分を確保している。EUも8月14日にようやく最初の購入予約契約を結ぶことができ、アストラゼネカから3億回分のワクチンを確保した。

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「途上国に残された分はどれくらいあるのか」

 欧米と各大手製薬会社との二者間協議の結果、世界の主要ワクチンメーカーの生産能力の大部分は既に予約で埋まってしまった。「途上国に残された分はどれくらいあるのか」とサンギータ・シャシカント〔Sangeeta Shashikant〕は問いかけた。彼女は国際NGO「第三世界ネットワーク」(TWN)のコーディネーターであると同時に、英国では弁護士としても活動しており、主としてTWNの知的財産権関連を担当している。TWNは主に世界各地の弁護士で構成されていて、第三世界の国々が公平にワクチンを獲得できるよう支援すること、そしてワクチンに関する特許問題の解決に力を注いでいる。

 新型コロナウイルスワクチンの開発は、WHOの統計によると、世界で計31カ国が着手しており、開発チームの22%は米国、11%が中国、8%がロシアだ。WHOに登録されている計167種類の新型コロナワクチン候補のうち、6種類が臨床試験フェーズⅢに入っており、このうち3種類が中国のワクチン、残りの3種類が米国と英国のワクチンだ。

 一方、新型コロナウイルスワクチンの生産に関しては、TWN作成の世界ワクチン生産能力分布図Vaxmapによると、米国に44社のメーカーがある。ヨーロッパには72社あり、最多はドイツの10社、次いでフランスの8社、ベルギー、スイス、英国、アイルランドがそれぞれ6社となっている。中国は、工業情報化部の統計によると、7月27日時点で計13社が新型コロナワクチンの生産に向け努力しており、うち9社は臨床試験実施許可を得ている。予測年間生産能力は合計で7.2億回分となっている。インドにも少なくとも11社ほどワクチンメーカーがあり、うち、インド血清研究所(SII)は世界最大のワクチンメーカーだ。シンガポールには8社、日本には10社、韓国には7社がある。アフリカにはエジプトと南アフリカに1社ずつあるだけ。中南米には計10社のメーカーがあるが、その多くが中小企業だ。

 注目すべきは、ブラジル、アルゼンチン、メキシコなど、少数のワクチン生産能力を有する途上国が、先進国の複数のワクチン開発チームに臨床試験フェーズⅢの被験者を提供する代わりに、技術支援と生産許可を獲得し、ワクチンの自国生産を目指している点だ。例えばブラジルの場合、既にオックスフォード大学アデノウイルスワクチン開発チーム、中国国薬、シノバック・バイオテック〔科興控股バイオテクノロジー、Sinovac〕、などのチームと技術移転合意書を交わしている。

 単純に先進国の援助と寄贈に依存するのに比べ、この方式は、現段階で途上国が座して死を待たずに済む活路の1つと目されている。

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3月16日、シノバックの品質検査実験室で新型コロナウイルス不活化ワクチンのIgG〔免疫グロブリンG〕抗体価を計測する従業員。写真/新華社

 ただ、こうした「実験台」的な立場で技術使用許可を得る方式では、欧米などの国によるワクチンの独占状態を打破できず、取得できるワクチンも、本来のニーズを満たすには程遠い。

 今回の新型コロナウイルスの世界的大流行〔パンデミック〕は、過去の何度かのパンデミックと異なり、ウイルスの感染力が極めて強く、致死性も比較的高いため、SARSやH1N1のようにじきに終息することはなく、ワクチンを利用して迅速に集団免疫の獲得を図るしかないと専門家は予測している。シャシカントはそう何度も訴えた。

 ビル&メリンダ・ゲイツ財団のシニア・プロジェクト・オフィサー杜珩(トウー・ハン)が発表した文章によると、ジョンズ・ホプキンス大学の専門家は、集団免疫が成立するには、人口の70%~90%がウイルスに対する免疫を獲得する必要があると試算している。全世界の人口を70億人とすると、52.5億~67.5億人が免疫を獲得しなければならない計算だ。ワクチンは2回接種でやっと免疫作用を発揮できる場合があることを考慮すると、世界全体で少なくとも100億回分の新型コロナワクチンが必要だ。2018年の世界全体のワクチン生産能力は35億回分だったことを踏まえると、この数字は約3倍に相当する。つまり、たとえ既存のワクチン生産ラインをフル稼働させて新型コロナワクチンを製造したとしても、全世界のニーズを満たすことはできないのだ。

 Gaviアライアンス〔Gavi、ワクチンと予防接種のための世界同盟より改称〕事務局長〔CEO〕セス・バークレー〔Seth Berkley〕は、次のように述べた。「『ワクチン・ナショナリズム』が繰り広げられるなか、前代未聞のワクチン不足が全世界におけるワクチン分配を極端に不均衡にしている。最終的に自国に十分な量のワクチンを供給できる国は、米国や英国など数えるほどしかなく、EU内の豊かな国の多くですら、十分なワクチンが得られない。こうした現状が、ひいては全世界で新型コロナウイルスの流行を完全に収束させる歩みを遅らせることにつながる」

その2 へつづく)


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年12月号(Vol.106)より転載したものである。