第170号
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新型コロナ ワクチン獲得「狂騒」 グローバルな公平性と安全性(その2)

2020年11月11日 霍思伊/『中国新聞週刊』記者 江瑞/翻訳

その1 よりつづき)

全世界でどのようにワクチンを分配するか

「これは世界全体の問題であるから、世界全体で解決する必要がある」。COVAXは4月末、WHO、Gavi、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)の共同提唱により発足した、ワクチン分配を促す世界唯一の国際協力メカニズムだ。そのCOVAXの最初の資金調達パーティーの席上で、GaviのCEOセス・バークレーが発したのが冒頭の声明だ。

 列席していた各国首脳も異議はなかった。だが問題は、自国の需要すら満たせない現状で、どうやって途上国にまで配慮するかということだった。そのためには巧妙なメカニズム設計と強力なリーダーが必要だった。

 高所得国を引き入れるため、COVAXは一種のリスク分散戦略を採った。なぜなら、どの国も、自国のワクチン開発が最終的に成功かどうか確信を持てずにいるからだ。

 今回の新型コロナウイルスのパンデミックの特殊性を考慮すると、通常なら5年前後かかるワクチン開発周期を何としてでも早めなければならなかった。現時点での国際社会の共通認識は18カ月とされている。これを達成するには、ワクチンの開発、試験、製造を同時進行で進めるしかないが、それには極めて大きなリスクを伴う。

 一般的に、臨床試験前のワクチンの開発成功率は約7%、臨床試験に入ったワクチンでも15%~20%だと言われている。つまり、ほとんどのワクチン候補は失敗に終わる可能性が高いということだ。これまでは、開発してから製造というステップを踏んでいた。生産ラインを設置して製造に入るか、生産能力をどう拡大するかといったようなことは、既に開発の終わった安全且つ有効なワクチンに対して考慮すべき問題だった。だが、これらをすべて同時進行しなければならないとすると、リスクは指数関数的に跳ね上がる。ワクチン工場1棟の建設コストは大体5,000万~7億ドルと言われている。ファイザーが米国にワクチン工場を建設したときは6億ドルかかった。インド血清研究所の見積もりでも、新型コロナワクチンの工場建設には1.64億ドル必要だ。ワクチン開発が成功するかどうかが不透明な状態で「一か八かの賭けに出る」のは、どの国にとっても「危険な綱渡り」だ。最悪の場合、投資したワクチンがすべて失敗に終わり、自国にワクチンを供給できなくなるというリスクを負うことになる。そのため、米国のように金に物を言わせていくつものワクチンに投資できる国を除き、1つか2つのワクチンにしか投資できない大多数の中・高所得国は、結果が出るまで戦々恐々だ。しかしCOVAXはこうした国々に、大金を出さずとも米国のようにいくつもの「賭け」をおこなえる可能性を提供したのだ。

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1月29日、上海の実験室で新型コロナウイルスmRNAワクチンの実験をする従業員。写真/新華社

 COVAXに加盟すると、COVAXに投資したすべてのワクチンの使用権が得られる。もし、投資したワクチンが失敗に終わってしまった場合でも、COVAXが投資した中で成功したワクチンを1種類取得する権利がある。但しその場合は人口の約20%分しか保障されない。Gaviの戦略イノベーション・新投資家センター主任の張麗(ジャン・リー)は、COVAXのメカニズムについて、こんな例えで説明していた。「株式投資をおこなう際、個別株は上がる可能性もあれば下がる可能性もある。しかし、ファンドを買えば投資対象が広がり失敗するリスクを下げられるように、COVAXに加盟することで、リスクを下げつつ使えるワクチンの候補を増やすことができる」

 もう1つの利点は、ワクチンの取得価格をより低く抑えることができること。張麗の言葉を借りれば、つまりは「共同購入」だ。COVAXは購入希望者を束ね、代表として大口取引をすることで、大手ワクチンメーカーと優待価格で調達契約を結ぶことができるためだ。

 COVAXメカニズムの下、ワクチンの公平分配を保障するための主な取り組みの1つに、Gaviが提唱する融資モデル「事前買取制度(AMC)」がある。COVAXに加盟する際、低・中所得国については無条件だが、高所得国は独立採算制とし、AMC合意書に署名した後に加盟が認められる。高所得国が支出した資金は、92の低・中所得国にワクチンを購入するために用いられる。

 目下の新型コロナウイルス感染流行状況を踏まえ、COVAXは2021年末までに少なくとも20億回分のワクチンを取得するという目標を定めた。うち、9.5億回分はAMCを通じて事前予約をした中・高所得国に、別の9.5億回分は低・中所得国に提供し、残りの1億回分は突発的事態に対応するための緊急備蓄用とする。

 低・中所得国も公平にワクチンを獲得できるよう保証するためには、AMC資金を少なくとも55億ドルは集めなければならない。このうちワクチン購入資金20億ドルが最も差し迫っており、今後6カ月以内に是が非でも調達しなければならない。7月15日時点で、AMCは6億ドルを集めているが、20億までには程遠い。

 バークレーによると、現時点でCOVAXが選定したワクチン候補は9種類あり、別の9種類についても評価中だという。確定済のワクチン9種類のうち、イノビオ・ファーマシューティカルズ〔Inovio〕、モデルナ、ノババックスの3種類が米国のもの、中国三葉草生物製薬〔クローバー・バイオファーマシューティカルズ〕開発の組換えタンパクサブユニットワクチンと香港大学のワクチンの2種類が中国のものだ。香港大学のワクチンはまだ人体試験段階に入っていない。その他は英国、ドイツ、オーストラリアのワクチンだ。

 目下、172カ国がCOVAXへの加盟を表明し、同意書を提出している。これらの国々で全世界の人口の60%以上と半数以上のG20参加国をカバーしており、うち先進国は日本、ドイツ、英国などを含む76カ国だ。EUはこれまでずっとCOVAXに興味がないと明言しており、EU加盟国に対し、「法的に問題となる可能性がある」と、COVAXを通じてワクチンを購入しないよう遠回しに圧力をかけてきた。それが8月31日に突然態度を変え、COVAXへの加盟を決めると同時に、4億ユーロの寄付金を拠出した。但し、自身でも同時進行で二国間交渉を続けていくという条件付きだった。

 米国は現時点ではCOVAX不参加を表明しており、ロシアはまだ意向を表明していない。中国は9月2日の外交部定例記者会見でCOVAXを支援する意向を示したが、加盟するかしないか、した場合いくら拠出するのかについて、いまだ明確な回答をしていない。

 世界の健康問題に注目する国際NGO「国境なき医師団」のワクチン政策上級顧問ケイト・エルダーは、COVAXが目下、一部のワクチン大国の加盟を得られていないことから、世界の「ゲームルール」を変えるに至らないのではないかと懸念する。

 8月初頭に開かれたCOVAXの資金調達パーティーで、参列した30カ国あまりから次々と質問が飛んだ。「資金は誰が管理するのか。」「資金の使いみちは?」「ワクチン候補の選定と審査の方法は?」「万一選んだワクチンがすべて失敗に終わったらどうするのか」。しかし、これらについて、いずれも明確な回答は得られなかった。

「このプロジェクトは多くがまだ不透明」だとエルダーは指摘する。

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ロシアの新型コロナワクチン生産ライン。写真/人民視覚

既存の知的財産権制度を打破できるか

 実は、COVAXはワクチン分配において最も敏感で最も核心的な知的財産権問題を棚上げにし、依然いくつかのワクチン企業と契約を結ぶというやり方でワクチンを取得している。これでは本質的に二国間協議に他ならない。

 過去に例を見ないほど膨大な量のワクチンが必要な今回の新型コロナウイルス感染症パンデミック。それゆえ、ワクチン特許を公開・共有し、途上国自身で製造してもらうこと。これが世界のワクチン分配不均衡問題を解決するカギだ、とシャシカントは強調する。

 第三世界ネットワーク代表のチー・ヨクリン〔Chee Yoke Ling〕は、2009年のH1N1パンデミックのときのことを指摘する。当時、世界の生産可能な10億回分ほどのワクチンのうち、米国は6億回分を事前予約してしまった。米国とヨーロッパの国々はワクチン在庫の10%を発展途上国に寄贈すると約束した。しかし実際は、自国のニーズを優先的に満たした後で寄贈がおこなわれたのであり、貧しい国々にワクチンが届いたとき、パンデミックは既に収束していた。欧米の大手ワクチンメーカー数社は特許申請を通じてワクチンを独占していたが、彼らは表向きは「できる限り途上国の支援に力を尽くす」と語っていた。だが本音は、世界の公共衛生に貢献するより、やはり商業的利益の追求が第一だったのである。

「今回の新型コロナパンデミックで同じ轍を踏まないようにするには、欧米メーカー数社によるワクチンの独占状態を打破、つまり、既存の知的財産権制度を打破しなければならない」と彼女は言う。既存の知的財産権制度は、1994年に採択された「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS)に基づく。それ以前は、医薬品の公共財としての特殊な属性を考慮し、開発及び生産において特許申請は義務ではなく、すべての医薬品は全世界に共有されていた。しかしこれでは企業の開発・イノベーションの意欲がそがれる、と、欧米などの医薬品大手がロビー活動をして回った結果、TRIPSが制定され、医薬品の生産・販売の際にはメーカーからのライセンス許可が必須になったのだ。

 知的財産権制度を改革するなら、1994年のTRIPS以前を参考に、公共衛生と特許保護とのバランスをとることが必要だとチー・ヨクリンは提案する。そのためにはWHOが動いてくれるのが一番良いのだが、残念ながらWHOは目下、この敏感な問題を回避している。

 新しい知的財産権枠組みを構築するなら、米国やEUなどの先進国に頼るのではなく、途上国自身が発言権を強化し、積極的且つ主体的にこの問題に介入していかなければならないとシャシカントも考える。

 8月3日のTRIPS理事会の席で、南アフリカをはじめとする途上国と米国をはじめとする先進国との間で激しい議論が交わされた。南アフリカは、最低限のコストで広範な分配を実現するため、開発に成功したワクチンの情報や技術を共有すべきだと主張した。しかし先進国側は、知的財産権は保護され遵守されなければならないと譲らなかった。

 南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領は、全世界で公平・公正なワクチンの使用を実現するため、いまこそ行動で示すときだ、と訴えた。確かにそのとおりで、COVAXのキャッチフレーズにあるように、「新型コロナウイルスのパンデミックにあっては、すべての人が安全でなければ、誰も安全だとは言えない」のである。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年12月号(Vol.106)より転載したものである。