第23号:スポーツ科学、中国の挑戦~北京五輪によせて~
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自分の目で見ることの重要性

( 2008年8月20日発行)

自分の目で見ることの重要性

久我 由美(九州大学大学院博士後期課程)

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 私は2006年9月から2008年6月の約二年間、中国政府奨学金留学生として、北京の中国人民大学へ留学した。一年目は研究に必須な中国語を集中的に 学ぶために対外文化漢語学院に在籍し、二年目は商学院に移り高級進修生として在籍し、研究を進めた。この二年間の留学を通じて得た様々な経験や人々との出 会いは、常に自分がどのように中国を見るか考えさせる機会を与えてくれた。「自分の目で見ることの重要性」は、私の留学の大きなテーマであり、様々な経験 を通じてその認識は一層深まった。留学終了を間近に控えた今、二年間の留学を振り返りたいと思う。

留学のきっかけ ‐現地に身を置き、直接自分の目で見るということ‐

  私が初めて中国を訪れたのは、九州大学博士後期課程一年生だった2005年の時だ。資料収集を主な目的として、「福岡アジア都市研究所若手研究者研究活動 助成」を受けて、10月24日から11月6日の二週間、初めは上海、次に北京を訪れた。上海に足を踏み入れた途端、人の多さに驚くとともに、巨大なビルの 数々に眼を奪われた。その一週間後に訪れた北京は、多くの歴史的なものと近代的な建築物が混在する、印象的な都市だった。

  わずか二週間の滞在だったが、ここで得た体験は強烈だった。自分で街を歩いて感じた街の広さ、文化、歴史、人々の活気、直接肌で感じた様々なものは、その 後日本に戻ってから目にする中国への印象をがらりと変えた。この体験を通じて、現地に身を置いた上で、直接自分の目で物事を見ることが重要であると強く認 識するに至った。これにより、それまで漠然と考えていた留学への意欲が一気に高まった。

 留学先を選択する 際に、自分自身の研究テーマと密接に関わる北京を選択した。私の研究テーマは「中国の対外経済政策と東アジア地域協力」である。東アジアにおいて地域協力 が進展する中で、中国は近年FTA(自由貿易協定)を展開しており、その最初の相手がASEAN(東南アジア諸国連合)であった。とりわけ中国と ASEANのFTA(CAFTA)に焦点を当て、中国の対外経済政策と関連させて分析している。北京は政治・政策の中心であることから、ここに身を置いて 中国を捉えたいと考えた。大学は、2005年の滞在中に訪れた際の印象や、人民大学の王保林先生に指導していただけること等の理由から、70周年を迎え由 緒ある人民大学を選択した。

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多くの出会いと様々な視点

  北京で留学を始めてから多くの出会いがあった。一年目は語学を中心に勉強していたことから、なるべく中国語に触れるように心がけていた。人民大学の中国人 学生との相互学習や、街中での買い物や食事を通じて中国人と接する機会が多々あり、その中で中国人の生活、話題、食事、考え方等を吸収していった。指導教 官の王先生とは、中国の政治、経済等について議論し、中国を理解する上で必要な多くのことを学んだ。

 同時に、留学生寮に住んでいたことから、各国の留学生との交流があった。また、機会があれば学外の研究会や交流会にも参加し、ここでも現地の研究者や駐在している企業の方々との意見交換を行うことができた。

  これらの多くの出会いを通じて、中国に対する見方が人の数だけ本当に様々であることに気づかされた。各国の留学生が見た中国は、時には伝統的なものを多く 抱えた興味深い国であり、時には自国との経済関係を真剣に論じる対象である。また、現地に駐在している人たちの目からは、仕事を通じて見える日中関係の難 しさ、食事を通じた中国文化の面白さ等、中国の持つ多様な側面を知ることができた。

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  それらの多くは自分が見落としていた視点であった。直接目で見たものを通じて得られた意見は魅力的であり、重みがある。また、中国に滞在した年数によって も全く異なる見方が存在する。これらに触れる一方で、徐々に、「それでは自分自身はどのようにこの広い中国を捉えるのか」を自問自答するようになった。人 々との出会いの中で痛感したのは、自分自身が物事に対峙した時に、いかにその物事を受け止め、考えるのかということの重要性だった。現地に身を置くだけで はなく、そこでの体験を通じて何を考えるのか。とりわけ、私は研究という土台に立って、この広い中国のどこに焦点を当て、自分なりの視点で中国を見ること ができるのか。この課題に直面していた。

中国を見る視点 ‐中国とASEANの国境を中心に‐

  自分へ問いかけながら日々が過ぎる中で、2005年の滞在の時に感じた上海と北京の違いに驚きを覚えたことや、旅行を通じて感じた地方ごとに文化や景色が 全く異なることの面白さが頭の中をよぎるようになった。そこで自分自身の研究テーマに立ち返ってみると、「中国とASEAN」の協力関係を把握する際に、 中国のどの地域に注目して行くのかを考える必要があった。研究テーマとの関連から現場を見ること、これを目標に立てた時に、ASEANとの国境を接する広 西チワン族自治区が浮かび上がった。

 2008年5月に機会があり、ジェトロ広州のミッションに参加することができた。その 際、広西チワン族自治区の南寧市と凭祥市、そして北海市を訪れることができた。とりわけ南寧市では、年に一回、中国とASEANの経済協力関係を推進する ために、「中国-ASEAN博覧会」が開催されている。政府関係者の話や街中の様子からも、南寧市がいかに「中国-ASEAN博覧会」を重視しているかが 伝わってきた。

 また、南寧市の街中を訪れた時には、人々が日よけとしてかぶっている帽子や、バイクが走る様子等から、ベトナ ムの文化的な影響があるのではと感じた。現地の人の話によれば、地理的に近いと言う理由もあり、東南アジアからの留学生が多いという。2005年に開通し た南寧市から伸びる高速道路をバスで走っていくと、約3時間でベトナムとの国境である友誼関にたどり着いた。目と鼻の先はベトナムである。カートに乗って 国境を越える人々や、それらの人々相手に両替を行う少女達が居た。ベトナムは国境を挟んだ別の国でありながらも、人々にとっては、すでに身近な存在である と感じた。直接目にしたこれらのものから、「中国にとってのASEANの意義」を確かな感触として得ることができた。

 それま で私が北京で把握してきた中国とASEANは、「CAFTAを通じて経済協力が進展している地域」であり、これは多くの資料や、研究者の話に基づくもので あった。今回、国境地域に身を置く中で目にしたのは、政策レベルというよりもむしろ、交流のレベルで進んでいる中国とASEANの緊密化であった。中国と ASEANの協力関係の深まりが、CAFTAという政策と合わせて、実態を伴って進展していることが確認できた。
また、広西チワン族自治区は北京とは違う顔を持っている。自分自身がこの広い中国を捉える際に、中央と国境を接した地域とを対比させながら捉えて行くのが面白いと感じ始めた。

いかに今後へ繋げるか

  二年間の留学を終えようとしている今、これまでを振り返ると、様々なことが思い出される。「現地に身を置いた上で自分の目で見ることの重要性」、これが二 年間の留学を前に掲げたテーマだった。留学中の体験を通じてこの認識は一層強まると共に、更には自分の視点を持って物事を把握しなければならないと強く感 じるようになった。何も問題意識を持たなければ、物事や時間は自分の傍をいとも簡単に通り過ぎて行ってしまう。現地での様々な経験に対して自分なりの視点 を持って接して行くことで、研究対象としての中国を深く理解することができた。また、時には中国を通して見える、日本人である自分を再確認した。

  留学の経験を通じて、自分自身についても新たな発見があった。今後は、二年間に渡る中国留学の経験を自分の貴重な糧とし、形にして行きたい。

icon 久我由美さんの略歴