近代中国医学理論発展の戦略的研究
近代中国医学理論発展の戦略的研究
(中国中医科学院中医基礎理論研究所)
中華民族は悠久の歴史と文化を持つが、新たな時代と未来の歴史において、中華民族の優れた伝統文化をどのように継承・発展させていくべきか。現代化と伝統 文化の関係をどのように処理すべきか。これは重要な学術的問題であるばかりでなく、中華民族の興廃に関わる現在の社会問題でもある。社会学者の費孝通教授 は、80年代から幾度も中華民族には“文化的自覚”が必要であるという問題に論及してきた。いわゆる“文化的自覚”において、最も重要なのは、その民族の 文化の成り立ちと経緯、思想的内包、現代的価値、未来の動向についてはっきりさせることである。中国文化百年の盛衰と中国医学の基礎理論研究の現状を連想 すれば、“文化的自覚”が中華民族の伝統文化復興の基礎であり、さらには中国医学理論の継承および発展の鍵でもあることを深く感じるのである。
1.中国文化百年の盛衰
18世紀から、中国は西洋の強力な軍艦とその威力のある砲撃による侵略を受けただけでなく、同様に文化上の襲撃と破壊行為に遭遇したが、特に精神文化の分 野での被害は大きかった。その影響で、清末以降に始まった維新運動では、“中学為体、西学為用(中国の学を体となし、西洋の学を用となす)”が提唱され た。民国初年にはさらに“全面的な西洋化”が提起され、西洋的“現代化”が中国の“旧文化”に取って代わった。新中国成立以後の一部の政治運動も、“古い 風俗習慣・思想・文化などを捨てて新しいものを打ち立てる”というスローガンのもと、“伝統文化”と“現代化”を対立させ、中国の伝統文化を現代化に対す る障害と見なしたのである。“文化大革命”に至っては、伝統的な“古いもの”をすべてきれいさっぱり取り除くところまでに至った。要するに、中国文化はこ こ百年近くにおいて幾度も辛酸を舐め、歩みを進めることが困難だったのである。
19世紀中葉から、東洋文化が受けた深刻な試練に伴って、伝統医学を含む東洋文化の価値は全面的に批判され、否定されて、日本と中国、韓国では、伝統医学 も相次いで排斥され、取り締まられる運命だったのである。まず、日本の“明治維新”では、全般的に西洋文化を学習することにして、1873年には漢方医を 取り締まった。1914年には、中国の北洋軍閥政府が日本における漢方医消滅の後塵を拝する形で、中国医学を教育システムから排除した。1929年、民国 政府は“旧医廃止法案”を可決したが、後に中国医学界の抵抗のために目的を達することができなかった。韓国の近代史では、韓医学も中国医学と同様の運命を たどった。ここ百年近く、西洋文化は全ての世界に影響を与え、衝撃を与え、変化させてきた。中・日・韓三国の伝統医学が近代において排除され取り締まられ た非運は正に、“中国文化と西洋文化が衝突した悲劇であり、行政・法制手段を乱用する文化が別の文化を排除したという歴史の典型であり、人類社会が西洋文 化の暴風雨の荒れ狂う時代に民族の伝統文化を否定した小児病(思想的浅薄さ)であり、科学的発展の道の行く手の険しさのために、進退窮まって屈折したこと によるものである”(『医道与文采(医道と文采)』)と言えるだろう。
20世紀以降も、依然としてかなりの程度“現代化”と“伝統文化”を、相互に矛盾し、相対立する二つの分野として見ている。中国医学界による伝統文化に対 するなおざりな態度や冷淡さ、中国医学理論に対する軽視・曲解は、医療・教育・科学研究の各分野に表れていた。80年代に早くも、ドイツ・ミュンヘン大学 のポーカート(Manfred Porkert)教授が、“中国医学・漢方薬は中国で今日に至るまで文化的に敬虔で誠実な扱いを受けることもなく、その科学的伝統的地位を確立するために 認識論的研究と合理的な科学的検討が行われることも、全人類に対する福利から出発して人道主義的な関心を寄せられたこともなかった。その代わりにあったの は教条的な軽視と文化的な破壊であった。しかも、このようなことをしたのは他人ではなく、中国の医療関係者だったのである。彼らは中国本土にある宝を認め ず、流行を追いかけるために、西洋の専門用語を使って中国医学の情報をむやみに除去し曖昧にしているのである”(『医道与文采』)と述べている。注意に値 するのは、この状況が今でも依然として存在しているだけではなく、その勢いが強いことである。そのために、中国医学理論の思想的内包と現代的価値をどのよ うに認識し解明するか、また中国医学の基礎理論研究の歴史的位置と根本的な動向をいかに正確に判別するかというのは差し迫った課題であると言えるのだ。中 国医学理論の継承と発展の現状、人類の衛生保健事業の需要が、民族文化の歴史的責任を振興・発揚し、中国医学の基礎理論研究分野に、“文化的自覚”を通し て、“中国医学理論とは何か”、“中国医学理論はどこから来たのか”、“中国医学理論はどこに向かって行くのか”について正確に答えることを要求している のである。
2.“文化的自覚”による根源の追求
二千余年にわたり中華民族が大いに隆盛した中国医学 に支えられてきたことは、中国の優れた伝統文化の重要な構成部分である。中国文化は中国医学の理論体系と臨床実践の各分野に浸透しており、中国医学の思考 方式と理論体系は、中国の伝統文化とその教えを代々継承しているが、特に中国の道学と直接的な内在関係を持っている。中国の道学は、古今の変(古今の変 化)に至り、天人の際(天道と人道との関係)を究め、自然・社会および人生の法則を検討する学問である。道学の真髄は、自然・社会・人生の客観的な法則を 徹底して会得し、さらに人と自然の調和を追求し、人と社会・自然界およびそれらの関係の最合理化を追求することにある。中国医学は古代の道学思想に導かれ て、陰陽五行などの象数(易の卦に現れる形象と変化)理論を運用して、人体の生命運動およびその調整法則を研究する学問である。中国医学が千年を経て衰え ることがないのは、中国医学が“道”を基本とし、あらゆる学派を共に受け入れ、形而上の“道”を堅持して、形而下の“術”を用いるが、“術”が変化しても “道”は終始変わらず、“人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る”という基本法則に従って、人類の生(出生)・長(成長)・壮(壮 年)・老(老年)・已(死去)という生命の法則の結果について倦まず弛まず研究しているからである。つまり、現代の中国医学の基礎理論研究において、中国 文化を知らず、中国の道学を知らず、『黄帝内経』を理解しなければ、中国医学の学術の継承と創造という流水の源を自ら絶つことになるのである。このよう に、中国道学や中国医学を含む中国文化は、すでに消え去った遥かに遠い記憶ではなく、中華民族の精神と智慧を貫く永遠の生命のありかなのである。中国医学 がどこから来たかを知ってこそ、はじめてどこへ向かって行くべきかがわかるのである。
中国の伝統文化を認知せず、中国医学の学術継承を論じることは、源のない水のようなものである。中国医学の理論・思考を捨てて、中国医学の学術の創造を論 じることは、すなわち根のない木なのである。中国医学が近現代の西洋医学および世界各国の伝統医学との連携と交流の中で、自らの風格と特色を保ち、自らの 生命力と影響力を保ち、現代の人類の保健衛生に独特の貢献をしようとするならば、きわめて重要な点は、自らの優れた伝統文化の啓発と導きを頼りにし、自ら が生まれ育った伝統文化を尊重し、発掘し、継承し、また詳細に解釈しなければならず、中国医学理論と中国文化の内在的関係の研究に没頭し、歴代医師が中国 医学の診療思想から出発してどのように臨床上の実際問題を解決したのかを研究しなければならないということである。“文化的自覚”を通して、中国医学理論 の経緯、豊富な内包、現代的価値および存在する問題を理解し、中国医学が置かれている歴史的位置と根本的な動向を正確に判断してこそ、はじめて輝かしい前 途があるのである。
3.“文化的自覚”によって悟りを得ることへの没頭
中国医学の真髄は、中国医学理論の思考方法である。中国医学理論の思考方法とは、中国医学の臨床方法論の核心でもある。思考方法は文化構造の核心であり、 ある特定文化の真の生命力のありかであり、文化の連続こそが思考方法の連続なのである。中国文化において、主導的な地位にあるのは一貫して整体という思考 であり、“天人合一”が最も普遍的で、最も基本的な観念となっており、中国の系統的思考の基本的な立脚点を構成している。その特徴は、自然界を1つの整体 と見なしていることだけではなく、総合的な面から観察すると、より重要なことは、天と人、人と社会を1つの整体と見なして観察していることである。中国医 学は“天人合一”という観念から出発して、“系統的思考”モデルを用いて立論し、独特な自然観・人体観・生命観・疾病観および臨床における養生・予防治療 の臨機応変・融通無碍な方法を創造してきたのである。中国医学と近現代の西洋医学の最も根本的な違いは、それぞれの文化的背景による思考方式の違いであ り、思考方式に基づく認識論と方法論の違いである。中国の伝統文化の思考方式を理解せず、中国医学理論と伝統文化の思考方式上における内在的関係を研究し なければ、中国医学理論を真に認識し理解することさえも難しく、ましてや中国医学理論を応用して臨床の実際問題を解決するなど話にならない。中国医学の思 考方式を研究するということは、過去をどのように理解し、過去にどのように対処すべきかという問題に関わるばかりでなく、どのように未来を創造するかとい う、より重要な問題にまで関わっている。中国医学理論の思考方式を研究し解明する目的は、中国医学の“道”を実践する方法を探究・解析することである。
現代中国医学の基礎理論研究では、中国医学理論についての“微視的探求”・“指針の検査測定”・“客観的実証”を重視しており、中国医学の学術思想が生み 出された土壌についての、中国医学理論の思考方式について、研究する者は少ない。五十年にわたる、大量のいわゆる中国医学の基礎理論研究の課題と成果と は、道法自然(道は自然に法る=道は自然を模範としてそれに倣う)でもなければ、道法中医(道は中国医学に法る=道は中国医学を模範としてそれに倣う)で もなく、“道法西方(道は西洋に法る=道は西洋を模範としてそれに倣う)”や、“効法西医(西洋医学を見習う)”というものであった。その間、ある者は西 洋医学の教えを採用しながら、中国医学の技術を用い、ある者は西洋医学の方法を採用しながら、中国医学の薬を用い、ある者は西洋医学の技術を用いて、中国 医学の理論を検証するなどといった有様であった。中国医学の基礎理論研究において、現代の科学技術的手段をどのように十分に、また合理的に運用すべきか。 その答えを得るためには、思想を解放し、事実に基づいて真理を求め、迷信を打ち破り、真面目に総括し再認識することが必要なのである。
4.“文化的自覚”による更なる自立
中国医学は、中国文化の肥沃な土壌の上で古来多くの 河川を受容してきた文化の悠久の流れであり、かつ幾世にもわたって休むことなく二千年余りにわたって代々伝承されてきた。近代以来、東西文化交流の影響を 受けて、中国医学界はますます開放され、新たなものを拒まなかった。現代の中国医学の基礎理論研究では、基本的には多くの研究分野の理論・方法・技術・手 段を広く採用している。中国医学・漢方薬の基礎研究に用いられる科学研究費用は、中国医学界全体の各研究分野に開放されている。ここ五十年にわたり、中国 医学の基礎理論の現代科学による実証研究分野では、幅広い探求が行われている。ただし、中国医学の基礎理論研究分野自身の建設や、中国医学理論の継承と創 造などの現状については、楽観視が許されない。もっと言えば、ここ百年にわたり中国医学は疑問を呈され、仔細に観察され、研究される分野であり、中国医学 の理論は疑問を呈され、仔細に観察され、検証される思想体系だったのである。百年にわたり、伝統文化の衰退という大勢において、中国医学はもともとの健全 に存在できる風土、環境および土壌を失い、一貫して東西文化がぶつかる渦の中に置かれ、実際にはとっくにその内容を薄められてしまったか、もしくはかなり 研究分野の主体性を失ってしまったと言える。将来、中国医学分野が学術上自主的に発展できるかどうかは、依然として厳しい試練に直面しているのである。中 国医学の基礎理論研究はどこに向かって行くのか。これこそがこの問題の焦点である。
目下、中国医学の基礎理論研究分野は、まず“文化的自覚”を通して、中国医学の理論体系に対する“自知の明(己をよく知る賢明さ)”を実現し、研 究分野の主体意識を全面的に確立し、強化する必要がある。これは中国医学研究分野の主体性を持続し、学術上その他の研究分野と平等に交流しお互いに促進し 合うための基本的前提である。近代中国医学の学者章次公先生が述べられているように、“融合しようと思うなら、まず己がひときわ優れた状態で自立しなけれ ばならない”のである。中国医学界は“文化的自覚”を通して、この分野の理論に対する“自知の明”を獲得してこそ、はじめて多元的な文化が併存する時代 に、中国医学の歴史的位置と基本的な動向を把握し、ひときわ優れた状態で自立し、健全に発展することができるのである。
5.“文化的自覚”による先人の事業の継承と、将来への発展
中国医学の基礎理論研究分野が、“文化的自覚”に基づいて、先人の事業を受け継ぎ、将来の発展に道を開こうとするならば、中国医学理論を中国伝統文化の背 景のもとに置いて、古今の臨床実践を結びつけ、その上で真摯な研究と解析を加え、中国医学の理論的基礎、理論の内包、理論的思考を全面的に解明し、理論に よってどのように実践を導き、実践によってどのように理論の発展を促進するかなどといった基本的問題を真摯に研究・解析しなければならない。同時に、中国 医学の基礎理論研究分野は、これまでの研究について理論的な再認識を行いつつ事実に基づいて真理を求める姿勢で学術上の混乱を鎮めて正常に戻し、中国医学 研究分野の学術上の主体性を守り、中華民族の優れた伝統文化を防衛するという責任も担っている。
いわゆる継承については、できる限り最大限に中国医学に関する古典著作の思想の真 髄と実践的経験を利用して、中国医学理論の起源と発展の法則を探求し、事実に基づいて真理を求める姿勢で“中国医学理論はどこから来たのか”、“中国医学 理論とは何か”、“中国医学理論をどのように発展させるか”といった根本的な問題に回答しなければならない。これらの問題に回答することを通して、中国医 学研究分野の理論的主体性の発展を促進する。中国医学は豊富な人文的・哲学的内包を包含している。中国医学理論の本質と特徴を真に認識し、“中国医学理論 はどこから来たのか”という問いに回答しようとするなら、中国医学理論の思想・文化的基礎を解明し、中国医学理論と中国文化の内在的関係を探求・明示しな ければならない。“中国医学理論とは何か”に答えようとするならば、歴代古典著作の各医師の学説を全面的に整理するという基礎の上に、中国医学の理論的内 包と思考方式について全面的に系統立てて深い解析と解明を行わなければならない。中国医学は二千年余りの歴史的蓄積を経ており、中国医学の理論体系では、 実質上『黄帝内経』を理論的中核として歴代医師の実践的探求・理論的充実を経て発展してきたものであるが、人類の生老病死およびその調整規律と法則に関連 する知識体系も、歴代各医師による養生・予防治療学説の知識の集大成であると言うことができる。その具体的内容は中国医学の歴代医師の関連著述に記載され ているので、系統的な理論を総括し抽出する必要がある。中国医学の古典著作に記載された歴代各医師の学説に対しては、深く掘り下げて研鑽し、それらを貫い て流れる学術思想を系統立てて深く理解し、その中に包含されている科学的事実の全てを網羅しかつ正確に理解しようと努めなければならず、ただ一医師の学説 にとどまるだけでは、あまつさえほんの一言半句を目にしただけではいけないのである。特に、中国の歴代医案・医話・医論の中には、豊富な中国医学の理論的 思考が貫かれ、大量の実践経験と科学的事実が記載されている。これらは、中国医学の理論的創造にとって重要な源であり、深く掘り下げて抽出し研究する価値 がある。
いわゆる発展については、まず中国医学理論をどのように創造するかという構想と方法 の問題を解決しなければならない。中国医学の基礎理論研究の基本原則は、中国医学自身の発展の客観的法則およびこれに呼応する思考方式から出発し、これに 呼応する研究構想を確定しなければならないということである。もし、中国医学の発展に内在する法則と呼応する思考方式から出発しなければ、それを中国医学 の基礎理論研究と呼ぶことはできないであろうし、研究結果も必然的に中国医学理論の発展にとって有益ではないであろう。現実の医療・教育・科学研究・政策 決定において、中国医学の発展に内在する法則を堅持しているかどうか、その鍵は中国医学の思考方式を堅持しているかどうかである。これに呼応して、中国医 学の基礎理論研究の方法は、理論的思考を主導として堅持することを特に重視しなければならず、理論的思考を応用して、古今の実践に対して理論的概括と総括 を行ってこそ、その中から新たな概念、新たな法則、新たな規律を抽出することができるのである。そのために、中国医学の基礎理論研究と関連する文献研究・ 実験研究・臨床研究は、理論的思考を主導とする理論研究とはまだ完全に同等ではないのである。
中国医学の基礎理論研究では、新たな実践の理論発展に対する需要に特に着目しなければならない。それはまた新たな問題に直面した際に、新たな法則の発展構 想について探求し通さなければならないということでもある。新たな時代に、中国医学を継承し発展させる、その鍵は中国医学理論の基礎原理から出発して、中 国医学理論の思考方式に基づいて、臨床の現実問題を分析・解決しなければならないということである。そうしてこそ、はじめて中国医学・漢方薬の疾病予防・ 治療実践を絶えず前進させることができるのである。疾病の予防・治療の実際問題を中心として、中国医学理論を継承・発展させてこそ、理論と実際を関連付け た最も現実的な課題をしっかりと捉えることができ、中国医学理論の継承と持続可能な発展を保証することができるのである。我々は先人が打ち立てた理論に苛 酷な要求をすることはできないので、今日生み出される臨床問題には既成の具体的な解答を提供する。また、古書にある中国医学の処方に使う薬を現代の問題と 簡単に照合することもできない。中国医学の学者は時代とともに進む理論の本質を見据えていなければならず、中国医学の基本原理と法則に基づき、実戦経験と 時代の発展に基づいて、臨床の新たな問題を解決する答案を探求し、臨床実践に基づいた根拠のある中国医学(evidence-based medicine)の新たな概念・新たな理論を形成し、中国医学の理論体系を継承し整備しなければならない。もし中国医学の思想から出発して創造しなけれ ば、それはせいぜい技術・方法・指針の変更と更新にすぎず、中国医学理論の発展とどのような関係があるのかについてはまったく話にならないのである。
要するに、理論の創造と発展には、理論的思考の実際的運用に着目し、理論的思考の実践に対する指導的作用を探求・実現しなければならないのである。実践の 証明においては、理論的思考に基づいて現実問題を分析することに優れ、現実問題についての研究を理性的・理論的な高さに高めることに優れ、現実から客観的 世界の法則性を総括・発見することに優れてこそ、理論の実践に対する指導的立場をよりよく発揮することができる。実践の基礎の上にある理論の創造とは、中 国医学理論の発展と変革の先達なのである。創造の目的と評価の基準は、中国医学理論を運用して臨床の実際問題を解決する際の効果・水準および能力をいかに 向上させるかにある。
以上は、筆者が費孝通先生の“文化的自覚論”に啓発された、中国医学の基礎理論研究に関する一考察である。最後にやはり費孝通先生のスピーチを借りてこの 文章の結びとする。先生は、“文化的自覚とは、現在の世界に共通の時代的要求であり、個々人の主観的空想ではない。文化的自覚とは極めて困難なプロセスで ある。まず自己の文化を認識し、接触した多種の文化を理解してこそ、このまさに形成されつつある多元的文化の世界に自己の位置を確立する条件が備わるので ある。自主的な適応を経て、その他の文化とともに、その長所を取って短所を補うことで、各文化がともに認め合い共存し、各々がその優れたところを語り合 い、連携して発展していくための条件を、ともに築き上げるのである。”と語っている。
(文化の歴史性と社会性についての考察—費孝通先生の2001年第8回“現代化と中国文化シンポジウム”でのスピーチより)