【14-05】上海からのメッセージ

2014年 9月19日

服部健治

服部 健治:中央大学大学院戦略経営研究科 教授

略歴

1972年 大阪外国語大学(現大阪大学)中国語学科卒業
1978年 南カリフォルニア大学大学院修士課程修了
1979年 一般財団法人日中経済協会入会
1984年 同北京事務所副所長
1995年 日中投資促進機構北京事務所首席代表
2001年 愛知大学現代中国学部教授
2004年 中国商務部国際貿易経済合作研究院訪問研究員
2005年 コロンビア大学東アジア研究所客員研究員
2008年より現職

 長い旅立ちも今終わろうとしています。糸の切れた凧のごとく上海を浮遊した日々が終焉を迎えます。私は9月16日に帰国します。復旦大学の招聘で上海に来て、はや5カ月が経ちました。

 ディック・ミネが“夢の四馬路(スマロ)か虹口(ホンキュ)の町か”(『夜霧のブルース』)と歌った四馬路(今の福州路、上海書店の本社がある)も虹口(魯迅公園から四川北路の元日本人街)も行きましたが、過去の風情は当然ながら根源的に皆無で人、人のみ。津村謙の『上海帰りのリル』の歌詞にある“夢の四馬路(スマロ)の霧降る中で何も言わずに別れた瞳”なんて、昨日も松江南駅に向かう地下鉄9号線の車中でおばさん(おばはんと表現する方がぴったりですが)が大きな声で“ここや、ここや、はよこんかいな”と上海語(たぶん、大阪弁で書く方が現実的)でわめくのを聞くと、一気に興ざめ、頭に浮かぶ甘いメロディーもくそみそに無くなります。それが上海です。人いきれと喧騒と早い者勝ち。無秩序と無風流と無愛想。そしてバイタリティーとフレキシビリティー。

 この5か月間、これまで訪問しヒヤリングさせていただいた日系企業、経済団体、法律・会計事務所、中国の行政機関等は実に100近くに上ります。配った名刺はゆうに450枚を突破しました。訪問した都市は上海(市郊外の浦東・嘉定・松江・閔行・青浦を含む)のほか、北京、天津、合肥、南京、南通、常州、蘇州、常熟、昆山等です。これからは”中国市場における日本企業の競争優位戦略”についてまとめにかからなければなりません。

 ここまで精力的に足でかせいだことは、恥ずかしながら近年なかったと言えます。今しかないといった強迫観念で何かに押されるように日系企業の事務所や工場を訪問しました。それとともに上海の主要なスポットを隈なくフォトに収め、16号線(実際は14号線と15号線がまだないので14の地下鉄ライン)まである地下鉄の終着駅をすべて訪れ、駅周辺の街路と風景を写真に撮りました(14ライン×2駅=28駅)。なぜこんな無益なことをするかといえば、かつてコロンビア大学の招聘でニューヨークに滞在した時にやっていた陋習がぶりかえしてきたのです。悪い癖です。ただ、上海の市街地と周辺地域の発展の時間差、並びに農地が高層マンションに孵化する現場を観察でき大変有益でした。

 一方で企業訪問の依頼メール、訪問、その後のお礼のメールと整理といったことで時間が割かれ、他方で地下鉄制覇と旧址・名跡訪問等々、左足の傷ついた股関節唇の鈍痛をサポーターで抑え、上海の町を汗だくになってよく歩きました。まだ行くべき個所は残っています。だが正直言って疲れました。

 中国社会は何で支えられているか、特に精神面の事象。民衆の中国共産党に対する見方、日本に対する感じ方、そして中国経済の動向等々については改めて整理します。

 多くの日系企業を訪問しヒヤリングした調査結果は、帰国後整理・分析しますが、中国市場における日系企業の立場、事業活動の位置を簡単に述べたいと思います。

 その前に訪問企業の基準は何かを述べておきます。第一にこの5年間、中央大学ビジネススクールのゼミ活動において、学生を帯同して訪問させていただいた企業、並びに私が団長となり引率したビジネスパースンたちの訪中視察団(ハットリ会と称している)で訪問した企業、それも上海を中心とした華東地区と北京・天津地区に絞りました。第二に業種は問わないが、製造業ではなるべく中国国内で販路を求めている企業にしました。加工貿易の時代は終わろうとしているからです。第三に企業規模では、なるべく中堅企業以上の企業を対象とし、個人企業は対象から外しました。

 では、中国市場における日系企業の立場を概略したいと思います。

 まず中国市場は日本で観察しているより、すこぶる巨大であり、日々拡大していると感じます。生産と製品の増大、それを支えるインフラと物流の活発化、そして消費者の購買力の膨大化です。その結果、かなりの日系企業も業績を伸ばしているものの、全体のパイが大きくなっているので、シェアの比率は大きくなりません。

 次に中国市場の中での中国企業のポジションは逆に高まっています。国有企業は別にして民間企業のなかでも繊維アパレル、家電、建設機械、食品、流通などでは巨大なシェアを占めています。問題は技術レベルにおいても一部業界の部品などでは日本企業のレベルまで到達していることです。ただ、日本レベルを突破する力はまだありません。イノベーションを生み出す能力が弱いからです。習近平政権はそのことをよく認識しており、「自主創新」を目標としています。概して、日本企業の中国市場でのポジションは、1990年代はもちろん10年前と比べても格段に低下しています。2012年の反日暴動の影響は必ずしも決定的な要因でありません。

 第3に明確に把握しなければならないことは、中国の民間企業の経営者の中には本当の意味での「企業家」という人々が生まれていることです。本年5月、杭州で開催された稲盛経営学の発表会では2000人以上(応募は4000人以上とのこと。会場規模のために2000人強に絞った)が集まったことに見て取れます。契約を順守し、企業のあり方を模索し、コンプライアンスや正しい市場経済を求める企業家群は確実に増えており、その活性化に期待したいと思います。

 中国の国有企業の経営者は「企業家」でありません。政府・党から任命されているだけです。共産党の利権集団化の温床です。かつての日本の国鉄、JAL同様に崩壊し始めると早いと推察します。

 第4に日系企業は日中の政治関係の悪化といったリスクマネジメントだけでなく、人件費や材料費の高騰、土地代や家賃の吊り上げ、市場競争の激化を受けて、新たな経営の練り直しが求められています。だからといって人件費の高騰だけで、日本企業は東南アジアやインド市場へ移転すると考えるのは単純すぎます(委託加工貿易の企業はすでに移転を始めていますが)。

 経営戦略において、製品・サービスの差別化、高品質・ブランドの持続性、中国国内販路の熟知度、中国人人材のみならず、日本人人材の再教育が喫緊の課題です。

 とりわけ内販型企業にとってマーケテイング・市場開拓の戦略が極めて大きな課題です(アンゾフのマトリックスやコトラーの理論が有効な分野と思えます)。この課題を担うファクターは中国人幹部です。ここに人材養成の問題が出てきます。古くから中国進出をしている企業は、かなりの中国人人材を有していますが、新規企業にとっては相当きつい課題です。

 次に機械化、省力化、ロボット化が視野に入って来ています(熟練のいる加工製品は難しいですが)。同時に中国市場をグローバル市場の一環として把握し、グローバルな経営組織の構築が問われています。その背景にはグローバルなサプライチェーンの構築という流れがあるためです。

 「現地化」という概念がありますが、これは個別企業の実情に合わせて考えていくべきだと思います。中国人を現地企業のトップにしたからといって「現地化」が完遂したと言い切れません。なぜならその中国人トップが日本本社の各事業部とコミュニケーションできる能力があるかも問われてくるからです。

 第5に中国市場で戦う日本人ビジネスマンの向こう意気、気嵩がもっと必要です。そのためには交渉力を高め、コミュニケーションを活発にするための知識と論理力を鍛えることが肝要です。もちろん外国語も重要です。日本人幹部が中国語をかなり駆使できることは、対外的なビジネス交渉上と社内管理にとって有利です。

 最後に、私が以前から言っていることですが、今回の上海滞在で確認できたことは、中国市場に対しては中長期の観点で臨むこと。そのためには、中国は社会の成熟度、政治システムが異なるので、経営においては重層的、動態的、複眼的、理知的に対応する智恵を磨くことです。

中央大学ビジネススクール(CBS)服部 上海にて


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