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特集巻頭言:中国伝統医学 〜「中医学」と「漢方医学」について〜

中国科学技術月報2008年10月号(第25号)  2008.10.20発行

~はじめに~

 「中医」 という中国の用語は日本で色々な言葉に訳されており、(1)中国における伝統的医学.中国医学.漢医学.中医学.中国固有の医術.漢方医学.漢方.(2) 同上によって医療を行う医者.中医師.漢方医.漢医.などが主な訳語である。「中医」に対して西洋医術を用いる医学を指す「西医」という中国語がある が、(1)西洋から中国に伝わって来た医学.西洋医学.(2)西洋医術を行う医者.西洋医.と日本で一般的に訳されている。

  「中医」 という言葉が最初に中国の典籍に現れたのは約2千年前の中国後漢初期に編纂された二十四史の一つである『漢書・芸文志』に遡ることができる。「以熱益熱、 以寒増寒、不見於外、是所独失也。故諺云:有病不治、常得中医」との記述に見られる。「有病不治、常得中医」の解釈には諸説があるが、「凡庸な医者に誤っ て病気を治療されるよりは、治療しない方がかえって中等レベルの医者に相当する」とか「治療しない方がかえって医理にかなっている」というのが現在の通説 とされており、奇しくも「中国医学」「漢方医」の意味合いを持っていないのである。

  「中医」 が中国の伝統的医学を意味する言葉として現れ始めたのは、アヘン戦争前後であり、オランダ東インド会社の西洋医者が中国の伝統医学を西洋医学から区別して 「中医」と名づけたことからだと言われる。清朝から下って1936年、中華民国政府が《中医条例》を制定し、「中医」を法定名称に正式に定めたことから、 ようやく「中医」という言葉が中国で「市民権」を得たと言えよう。現在中国に「中医」と名付けられる中国の伝統医学を研究する全国的な研究機関・学会とし て「中国中医科学院」(英文名:「China Academy of Chinese Medical Sciences」、1955年創立、旧称:「中国中医研究院」)と「中華中医薬学会」(英文名:「China Association for Traditional Chinese Medicine」、1979年創立、旧称:「中華全国中医学会」)があるが、何れも新中国誕生後にできた新しい組織であり、2千年にわたる中国の伝統的 医学の長い歴史からみれば、極めて最近の出来事と言える。

  「中医」 という用語が日本で「漢方医学」「漢方医」に訳されることがあると先に触れたが、日本の「漢方医学」「漢方医」と同じ概念を持つ同義語ではない。「中医」 という言葉は元々日本語にない中国語であり、中国における「中国の伝統医学」及び「中国の伝統医学を行う医者」の総称である。「漢方医学」と「漢方医」と いう言葉は中国語にない日本語であり、日本で発達した中国医学系統の伝統医学であり、日本における中国伝来の伝統医術を行う医師を指すのである。

 伝統 中国医学「Traditional Chinese Medicine(TCM )」は中医学と略称され、世界の三大伝統医学の一つとされ、主に中国の漢民族によって発展させられ、朝鮮島や日本にも伝わってそれぞれ独自の発達を遂げた 伝統医学の総称である。広義的には中国の漢民族の漢医学、日本の漢方医学、朝鮮半島の東医学(即ち今日の韓国の韓医学、北朝鮮の高麗医学)、中国大陸のチ ベット医学、モンゴル医学、ウイグル医学といった民族医学を含み、狭義的には中国漢民族の漢医学を指す。一方、日本の漢方医学という言葉は昭和初期に使わ れ始めた用語である。漢方と称することが多いが、江戸時代、ヨーロッパ医学を蘭方と指すことに区別して使われた言葉。日本漢方という言葉は、昭和後期より 使用されている。

 「中医学と日本漢方の違いについて、日本大学医学部脳神経外科・酒谷薫教授は「現代中国の中国伝統医学」において、次のように指摘する。

  「両者には幾つかの大きな違いがある。まず、漢方薬の違いである。中国で使用される生薬の種類は日本よりもはるかに多い。日本で保険診療が認められている生薬は約130種類に過ぎないが、中国の一般的な中医病院で使用する生薬の種類は400種類以上にのぼる」
「もう一つの大きな相違点は、中医学が古代自然哲学である陰陽五行学説を基礎としているのに対して、日本漢方は中医学の傷寒雑病論を基礎としている点である。この差異は診断治療法に端的に現れている」

 酒谷 教授は、中医学の「弁証論治」で処方内容を考える時、日本漢方と比較して自由度が大きくなると指摘する。「つまり『傷寒雑病論』などに記載されている決 まった処方(方剤)だけでなく、患者の状態に合わせて細かく生薬を配合していくことができるのである。このため中医学では処方内容をダイナミックに変えな がら治療を進める。(中略)日本漢方は実地臨床で便利な反面、患者の症状が『傷寒雑病論』と一致しないケースでは適切な治療を行えないことが起こり得る。 日本漢方では、患者と処方の関係は『鍵と鍵穴』の関係、つまり鍵が鍵穴に合えば薬が効き、合わなければ効かないと考える。これが『漢方薬がからだに合えば 効く』という言い方の由来である」と述べている。

  本 では、西洋医学が登場するまでは、医術といえば中国伝来の中国伝統医学にほかならなかった。しかし、西洋医学が日本に伝来した後、日本の様子が一変した。 馬伯英・全英中医薬連合会主席によると、明治政府は1875年、文部省医務局の役人に欧米の医事を調べさせた後に、条例を制定し、漢医廃止を決定した。医 者は物理学、化学、解剖学、生理学、病理学、内科、外科及び薬学といった西洋医学の学科試験に合格したものに限って開業証が授けられることになった。それ までの漢方医は西洋医学の試験科目に合格できず、自ずと存続できなくなった。後に、明治政府は特例で、すでに開業している漢方医に試験免除を認めたが、弟 子を取ったり、塾を開いたりすることを禁止した。そしてこの動きは日本国内に留まらず、中国にも影響を及した。当時日本に留学していた多くの中国人学者は 次々と日本のやり方を見習うべきだと主張し、鄭観応、兪曲園、章太炎、梁啓超から魯迅、傅斯年等にいたるまで「中医廃止」を主張しないもの一人としていな かった。そして今日、中国で起こっている「中医廃止論」は当年の日本の「漢医廃止」に遡ることができ、最初は日本から来ている」という。(中医消滅論への馬伯英の反論『中医学は優れた生態医学』科技日報2006年11月28日)

  茨城大学・真柳誠教授は明治後期から今日に至るまでの日本の漢方医学の状況について次のように指摘する。

  「明治 43年(1910年)初版の和田啓十郎『医界の鉄椎』を嚆矢に、近代医学を修めた医師のなかから伝統医療を行う者がわずかながら輩出してきた。また近代薬 学には当初から生薬学があり、いわゆる和漢薬が主要な研究対象とされている。ケミカルな薬理物質の探求も、生薬などの天然資源が今なお対象である。さらに 民衆の医療に定着していた生薬製剤の製造・販売は原則的に禁止されず、針灸治療は近代医学教育を受けた針灸師の形で存続しえた。以上の背景があって、明治 後期からは近代医学・薬学を基盤としたり、その修飾を受けた伝統医薬学の復権が徐々に始まり、戦後に急速な発展をとげて現代の隆盛にいたる」(真柳誠「近代中国伝統医学と日本—民国時代における日本医書の影響」1999,12)

  因みに、現在日本には「漢方医」という国の資格制度はないが、日本東洋医学会では、1989年より専門医認定制度を発足し、学会認定医制協議会加盟の制度として運用し、独自に決めた専門医認定基準により「漢方専門医」の認定を行っている。
一方、中国では、明治期の日本を震源地とした「漢医廃止論」の余波かどうかは分からないが、現在でも一部の科学者が中医学は非科学的だと批判し、廃止すべ きだと主張しているのに対し、擁護論者はこれに激しく反論し、中医学を振興するよう呼びかけている。中医学の存亡にかけて激しい論争が交わされている。

  また、「中国:漢方医薬存亡の危機、激化する存続論争」(大 紀元日本2006年11月29日)によると、中国の中医学界は中医学に反対する学者が中医学を支える近代科学が見つからないとしていることに大きな危機感 を持っているのではなく、寧ろ中医学の地位を脅しているのは中医師自身の激減だとしている。ある統計によると、民国初期、中国に80万人の中医師がいて、 1949年に50万人になり、2005年に27万人になった。一部の地区と県レベルの中医病院に対する調査結果によると、これら病院の中で煎じ薬の処方箋 を出来る中医師は10%しかいない。つまり本当に中医師の見方で診療できるのは僅か3万人に過ぎないという。

 この ように、「中医」も「漢方」もそれぞれ問題を抱えながらも、長い日中交流の歴史の中で、互いに影響し合い、発展を遂げてきたのだが、今後も引き続き影響・ 交流しながら発展していくであろう。中国総合研究センターでは、2007年4月号マンスリーレポートに中国中医科学院広安門医院仝小林(トン・ショウリン)副院長へのインタビュー記事を掲載し、5月号マンスリーレポートに、仝副院長と一緒に仕事をしたことのある日本大学医学部脳神経外科・酒谷薫教授の「現代中国の中国伝統医学」と 題する特別寄稿を掲載し、「中医」と「漢方」の交流の一斑を紹介した。この度、中国総合研究センターは再度仝副院長に登場していただき、他にも何人かの 「中医」と「漢方」の専門家の先生に「中国伝統医学 〜「中医学」と「漢方医学」について〜」の特集記事を執筆していただき、これを特集号にまとめて読者 の皆様にご紹介することとした。この特集号が中国伝統医学への理解を深め、中医学と漢方医学の交流・発展にすこしでも寄与できれば幸いである。

中国総合研究センター


icon2 「近代中国医学理論発展の戦略的研究」

潘 桂娟 (中国中医科学院中医基礎理論研究所)



icon2 「世界に中医学を真に理解してもらうために」

孫 樹建 (上海中医薬大学附属日本校教授)



icon2 「中医臨床〜糖尿病治療の現状

仝 小林(中医科学院広安門医院副院長、教授)



icon2 「漢方医学における「証」の解明をめざして 〜エビデンスによる効果の客観化〜」

済木 育夫 (富山大学 和漢医薬学総合研究所)



icon2 「漢方医学をめぐる諸問題への対応策提言」

渡辺 賢治 (慶應義塾大学医学部漢方医学センターセンター長・准教授 )



icon2 「漢方医学の現場から」

青柳 一正 (筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター長、教授)

 


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