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第1節 サイエンスパーク・ハイテクパークの設立の時代背景

 本報告書の調査対象は、①国家ハイテク産業開発区、②国家大学サイエンスパーク、③国家バイオ産業基地、④国家イノベーションパーク、⑤中外共同運営国家ハイテクパーク、⑥国家特色産業基地、⑦ 国家ソフトウェアパーク、⑧国家インキュベータ、⑨国家帰国留学人員創業パーク、⑩国家知的財産実証パークである。この中で、③国家バイオ産業基地、⑨国家帰国留学人員創業パーク、⑩ 国家知的財産実証パークを除けば、いずれのパークも中国「タイマツ計画」(次節参照)に盛り込まれた内容の具現化として誕生し、関連政策の策定や施行によって発展したものである。

 1987年、国家級ではないが、中国初のインキュベータが武漢で誕生し、その後の発展により「第1次国家インキュベータ」に認定された。また、1991年に「第1次国家ハイテク産業開発区」が承認され、1 995年には「第1次国家特色産業基地」及び「第1次国家ソフトウェアパーク」が誕生した。その後、2000年に「第1次国家帰国留学人員創業パーク」、2001年に「第1次国家大学サイエンスパーク」、2 005年に「第1次国家バイオ産業基地」と「第1次国家知的財産実証パーク」が認定された。更に、2006年に中国初の国家イノベーションパークとなる「国家バイオ医薬国際イノベーションパーク」の 建設が始動した。

 それぞれのパークが認定・誕生した背景として、さまざまな法律や法規、また、多岐にわたる政策などの環境の整備が進んだことが挙げられる。また、経済発展、産業構造調整、将 来構想などが発展を推進してきたと見られる。法的環境については次節で、また、制度ごとのパークにかかわる関連政策については次章以降の各章で述べるが、まず、サイエンスパーク・ハ イテクパークが初めて設立された前後の歴史的な背景を以下に取りまとめた。

 中国では1978年に「改革・開放」政策が策定され、それまでの「政治闘争」の時代から「経済再建」の時代に入った。1980年代前半以降は経済再建において科学技術を重視すると言う「科技重視」の 考え方が台頭し、外国からの技術導入策が検討・実施され始めた。続いて「科技重視」の一環として、1980年代後半からは、「科技立法」(科学技術関連の立法)が活発に展開された。1 990年代前半にはその科学技術「立法」から科学技術「戦略」の策定が検討され、「中国科学技術発展綱要」を中心とする関連の国家規画が策定された。そして、1990年代後半には「科教興国」( 科学技術と教育による国の振興)と言う新たな国策が策定された。

 一方、1984年の初め、中国「改革・開放」国策の提唱者となる鄧小平が深セン、珠海、厦門の「経済特区」を視察し、春には大連など14の沿海都市が「対外開放都市」に指定された [1] 。更に、海南島を加えた後、珠江デルタ、長江デルタなどが「開放地帯」として認定された。

 これにより「経済特区」や「開放地帯」は、国内のみならず外国に対しても開放され、外資導入への道が開かれることとなり、また、中央政府はこれらの開放都市に優遇措置を適用することを決定した。こ れらの市場開放は、商業のみならず工場誘致に広く門戸を広げ、これに伴って工業生産が拡大し、1985年以降、軽工業、消費財部門が中国工業化を牽引した。その結果、従来、国 営企業が中心となって進めてきたエネルギー、運輸、基礎素材などの産業部門が低迷し、産業のアンバランスが顕在化してきた。

 このような状況下で、中国経済の持続的な発展を追求するためには何が不可欠か、大学や研究機関の役割と成果の創出や活用にはどのようなシステムが構築されるべきか、中 長期的に必要な産業構造の調整に資するためにはどのような産業を育てるべきか、といった課題に対応するため、1988年8月に、次節で述べる中国「タイマツ計画」が策定・公表され、中国における「 ハイテク産業の育成と振興」が本格的に始動した。

 ここで、「ハイテク産業」と明言された形ではないが、「科学技術による産業の振興」は、長期にわたって中国政府が繰り返し強調してきた基本的な方針の一つである [2]

 1950年代の半ば頃から、中国共産党は「科学技術の世界水準に追いつき、追い越せ」と言うスローガンをかかげ、「十五年科学計画」を策定し、科学研究の発展に向けて総力を挙げてきた。また、新 しい技術革命の波が起こり始めた1960年代初めには、「中国の工業発展に関する決定」を公布し、電子工業などの「新興工業」の発展を速めるよう指示した。その後、1970年代にいわゆる「四人組」が 失脚した後には、工業、農業、科学技術、国防の「四つの近代化」が改めて唱えられ、中でも科学技術の近代化が「四つの近代化」の鍵であると見なされた。

 更に、1988年に公表されたタイマツ計画において、中国におけるハイテク産業の育成や振興の本格化が提起され、同計画の下、1991年に第1次国家ハイテク産業開発区が認定された。これを皮切りに、国 家級のサイエンスパーク・ハイテクパークが次々と設立されることになった。


[1] 14の対外開放都市とは、大連、秦皇島、天津、煙台、青島、連雲港、南通、広州、上海、寧波、温州、福州、湛江、北 海である。

[2] 呉敬璉(中国社会科学院大学院教授、国務院発展研究センター研究員)「 技術よりも制度を重視するわが国のハイテク産業の発展について」中国の産業と企業(2001年8月6日)。


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