第7章 その他の国家サイエンスパーク・ハイテクパークの現状
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第5節 国家帰国留学人員創業パーク

第1項 概要

 中国では改革開放が本格化した1980年代から留学熱が急速に高まりを見せた。しかし、出国した留学生は、学業終了後も帰国せず、そのまま国外で就職・居住するケースが非常に多く、人材流出が社会問題となっていた。

 中国政府は、留学人員の帰国を奨励するため、1990年より一連の関連政策を打ち出し始めた。1992年に「在外留学人員関連問題についての通知」が発布されたこともあり、留学帰国者数は増加し始め、1995年から2002年にかけて年平均13%増を記録した。1978~2000年の間では、出国した留学生38万人の内、約14万人が中国に帰国していると言われる。2001年上期だけをみても、帰国した留学生は1万人に上っている。

 1990年代後半になり、中国が急速な経済成長から安定成長へと梶を切り、前述した「科技興国」や「ハイテク産業」などの振興が重視され始めた。中国政府は、人材によい環境を提供し、積極的にベンチャー企業の育成を促進することこそが、中国が知的経済時代に対応していく重要な手段となるとの考えから、留学帰国者を「人材」と位置づけ、帰国を誘致するための政策を打ち出しはじめた。

 2002年に発布された「海外留学人員が多種の形式で国に服務することを奨励することに関する若干意見」により、留学帰国者に対する支援が更に体系的に明確化された[1]。同意見書には、「海外留学人員が国内で起業、研究開発を行うに当たり、各地の人事部門は関連政策に基づいて積極的にこれをサポートする」と言う内容を含む具体的な項目が盛り込まれ、留学人材の誘致が政府人事部門の重要な業務の一つとなった。

 1994年に南京市人事局が、国家級ではないが、中国初の帰国留学人員創業パークを建設して以来、各地において相次いで帰国留学人員創業パークが設立されるようになり、この帰国留学人員創業パークは、ハイテク分野の人材による起業と、科学技術成果の転化を目的に運営されている。このような流れで、2000年に、中国第1次国家帰国留学人員創業パーク中国科学技術部中国教育部、中国人事部及び国家税務総局により認定され、2008年12月現在、21カ所に建設されている。

図8.4 国家帰国留学人員創業パークの地域分布

図8.4 国家帰国留学人員創業パークの地域分布

出典:現地情報をもとに技術経営創研が作成(背景図:Copyright © 2003-2004 中国まるごと百科事典)

表8.9 国家帰国留学人員創業パークの地域分布
No 所在地域 名称 所在地
北京 北京市留学人員海淀創業パーク 北京
天津 天津海外留学生創業パーク 天津
上海 上海留学人員創業パーク(嘉定) 上海
上海留学人員創業パーク(張江) 上海
四川 成都留学人員創業パーク 成都
遼寧 大連留学人員創業パーク 大連
瀋陽留学人員創業パーク 瀋陽
陝西 西安留学人員創業パーク 西安
漸江 杭州高新区留学人員創業パーク 杭州
10 寧波保税区留学人員創業パーク 寧波
11 江蘇 蘇州留学人員創業パーク 蘇州
12 昆山留学人員創業パーク 昆山
13 福建 福建留学人員創業パーク 福建
14 厦門留学人員創業パーク 厦門
15 山東 済南留学人員創業パーク 済南
16 煙台留学人員創業パーク 煙台
17 吉林 長春海外学人創業パーク 長春
18 湖北 武漢留学生創業パーク 武漢
19 安徽 合肥留学人員創業パーク 合肥
20 広東 留学人員広州創業パーク 広州
21 黒竜江 ハルピン海外学人創業パーク ハルピン
出典:中国タイマツハイテク産業開発センターの資料より作成

 2006年11月15日、中国人事部は留学人員帰国就職に関する第11次5カ年規画を策定し公表した。同規画は、中国国民経済・社会発展第11次5カ年規画綱要や、国務院が策定した海外留学人員関連の政策などに従って策定されたものである。留学人員の位置づけに関する再確認をした上で、第11次5カ年規画期間中における基本的な考え方、基本原則及び目標や任務などについて定め、国家帰国留学人員創業パークの設立を通じて留学人員の誘致などについても再度述べている。中国における国家帰国留学人員創業パークは、現在、「競合」(競争と合作)の時代に入り、いかに必要な人材を適時に海外から招聘し、創業し成功に向かわせるか、新たな試みが各地で展開されている。


[1] 中国国務院の李嵐清副総理(中国共産党中央政治局常務委員)は2002年6月5日、北京大学で開催された「21世紀の物理学と中国の発展――中米共同物理学系研究者育成計画シンポジウム」に出席した。 李副総理は「留学生は中華民族の貴重な財産だ。政府は今後も留学支持・帰国奨励の自由留学方針を徹底し、海外の優秀な人材を帰国・創業させていく」と強調した上で、「われわれは、引き続き留学生が国のために役立つ分野を開拓し、各分野においてさまざまな形で祖国の発展に貢献することを奨励する」と述べた。「人民網日本語版」2002年6月6日。

第2項 事例

 ここでは事例として、北京市留学人員海淀創業パークを説明する。

 この創業パークは、中国のシリコンバレーと呼ばれる中関村サイエンスパーク内に設立されており、2000年10月に、科技部、人事部、教育部よりモデル創業パークに指定されている。この創業パークが、ここに入園し起業する留学帰国者に対して行っているサポートには主に以下のものがある。

①融資支援
  • 国家中小企業イノベーション基金、海淀園居イノベーション資金、留学人員科学技術活動優秀プロジェクト支援経費、中関村サイエンスパーク留学人員創業専用資金などから融資が受けられるよう推薦する。
  • ベンチャーキャピタルの仲介。
  • 小額であれば、創業園の推薦で、創業園が提携している担保公司が保証し、銀行からの融資が受けられる。
②科学技術成果の換算と資本金
  • 資本金に占める無形資産の比率は制限されておらず、技術成果換算額で100%資本金を占めることが可能である。また、登記資本金についても、2年以内に額面の金額に達すればよいことになっており、資金がない場合も、創業が可能である。
③創業専用資金による資金援助
  • この資金は、留学帰国者インキュベータに入居している企業の不動産レンタル料の補助、留学人員の起業に対する資金援助、借入れ金の利子及び担保費用の補助などに当てられる。

 2002年8月、人事部より『人事部と地方人民政府による留学人員創業園共同建設の意見』が発布されている。この意見書で人事部は、留学人員創業園をハイテク産業発展を促進する場所と位置付け、地方政府と共同で建設する方針を明らかにしている。今後も、留学帰国者ベンチャー企業のインキュベータとしての役割を果たしていくと見られる。

 ちなみに、2008年現在の入居中の企業は、電子情報関連92社、バイオ医薬関連52社、新材料関連15社、オプトメカトロニクス関連20社、環境保護及び省エネルギー関連18社である。

第3項 経済・社会効果

 留学帰国者創業企業が必ず成功する訳ではない。2002年に中関村管理委員会が公表した調査結果では、海淀創業園で創業した留学帰国者企業の成功率は20%未満であった。

 問題の一つとして、留学帰国者の経営能力が挙げることができる。中国政府は、ハイテク産業を振興しており、留学帰国者の起業についても、ハイテク分野を奨励している。その結果、政府の優遇施策を受けて起業した企業の経営者は、海外で技術を習得したエンジニアや研究者である場合が多い。しかしながら、彼らの多くは、企業運営の経験がほとんどなく、創業したもののマネジメントや運営の面で失敗するケースが多い。

 次の問題は資金不足である。創業した帰国者の内、40%強が資金調達を最大の課題としている。国や地方政府から創業を奨励する優遇策や、ベンチャー基金が打ち出されてはいるが、特に製品周期の短いハイテク産業の研究開発や科学技術成果の製品化には、莫大な資金が必要となってくる。自己資金にだけ頼っていては、市場のニーズに速やかに対応できず、失敗する可能性が高くなると言える。よって、ベンチャー企業のように、うまく多額の投資を導入することが重要である[2]

 しかし、国家帰国留学人員創業パークの建設は、先進諸国に留学しその後現地で活躍している有能な留学人材の帰国誘致に大きな役割を果たすとともに、中国ハイテク産業の振興に直結する技術型ベンチャーの創設の加速化、雇用創出、中国と海外との間の技術的なギャップの縮小などにも大いに貢献していると言える。


[2] 関連資料によると、中国において実用化されたハイテク成果の内、56%が自分で集めた資金によるもの、27%が政府からの資金、ベンチャーキャピタルは2%となっており、民間レベルでの社外からのベンチャー投資があまり盛んでない現状が伺われる。従って、民間レベルのベンチャー投資の法整備と更なる発展が期待されるところである。