第4節 産学官連携、イノベーション、外資導入などの状況
第1項 産学官連携
日本で言う「産学官連携」は中国では「産学研合作」と言われ、中国におけるハイテク産業の高成長を支える基盤となっている。また、国家ハイテク産業開発区は中国における産学官連携モデルの実験地になった。
中国は、計画経済から市場経済へと転換する過程で、計画経済のような非効率な体制は産業界の要求に適しておらず、中国の科学技術と産業界の発展への妨げとなると認識したため、新たな市場メカニズムを構築し、産業と科学技術を市場へと参入させ、中国の産業構造の再構築に資する産学官連携体制を構築しようと考えた。
そこで、中国政府は産学官連携プロジェクトを実験的に活用し、そこでのいくつかの成功事例をもとに、中国における産学官連携の代表的な方法を検討した。例えば、国家級の科学技術振興プロジェクトを起用して産学官連携をスタートすること、大学発技術型ベンチャーの設立と科学技術研究所の独立を奨励すること、大手国有企業に業界の技術開発センターを設立させ企業の研究開発への参入を奨励し研究機関の提携を促進すること、サイエンスパークなどを建設して民間企業の参入を支援することなどである。
しかし、最初から国家級のハイテク産業開発区としてではない。ハイテク産業開発区における産学官連携は上記のような流れの中で始まり、中国政府は、各種の産学連携支援政策や具体的な措置が、ハイテク産業開発区における企業集中、技術開発、産業蓄積などにどのように作用したのかを検証した。その結果を受けて、開発区内で実践、修正を行った後、ようやく全国に向けて推進する体制を整えた。実験地としてのハイテク産業開発区がモデルとなり、信頼できる参考事例となったことから、各地の政府は中央政府のやり方を次々と模倣し始め、各地に多様なサイエンスパークが設立されることになった[1]。
国家ハイテク産業開発区には開発区管理委員会が設けられているが、これは開発区の所在する地域政府の出先機関であり「官」の代表である。また、国家ハイテク産業開発区に入っている企業は必ずしもハイテク企業ではないものの、基本的には技術開発型企業が主となっており、「産」を意味する。更に、国家ハイテク産業開発区は、多くの場合「学」を意味する大学や研究機関が集中している場所に設立されているため、そこで大学サイエンスパークが設けられていることはもとより、大学や研究機関で生まれた成果をハイテク産業開発区へ移転、または共同創業することも増えたと同時に、開発区において産学協同の研究開発センターなども多数設けられるようになった。これこそ、国家ハイテク産業開発区における産学官連携の構図であり、自然な展開と考えられる。
国家ハイテク産業開発区における産学官連携はハイテク企業のサポートや産業開発だけでなく、知的財産の創出、保護、活用や、ブランドの構築、周知、育成など、経営課題へのソリューション検討に及ぶサポートを含んでいる。
[1]日中経済協会レポート「中国での産学研連携のメカニズムの実態及び日本との連携強化の探索に関する調査報告書」2003年3月。
第2項 イノベーション
国家ハイテク産業開発区におけるイノベーションは多種多様に行われ続けている。計画経済体制の下ではとても考えられなかった国家ハイテク産業開発区と言う制度及びその具体化そのものも制度的なイノベーションである。国家がハイテク産業開発区に投入した資金は多くないが、多くの優遇政策を通じて、企業、科学技術者の創業への積極性を向上させた。ハイテク産業開発区は、まさに科学技術者の「創業楽園」(気持ちよく創業し成功へ向けて取組めるパーク)となった。
伝統的な中央集権的な官僚制を変えるために、区域ごとの産業政策を制定し、地方政府の積極性を引き出した。技術領域においては、研究開発の市場指向に一層力を入れたことにより、生まれる技術が増えただけでなく技術の移転も加速した。技術への投資による経済的な効果が更に増大したため、海外からの投資も増えた。
「技術移転の重視」、「地方のハイテクパークの一層の専門化」、「国家経済貿易委員会や国家発展計画委員会(現在の国家発展改革委員会)などの部門からのハイテクへの投資」、「多国籍企業の研究開発資源の利用」、「中国で設立された海外R&Dセンターに対する、国内R&Dセンターと同等の政策適用」、「留学生の創業に対する支援」といったさまざまな政策は、まさに政策的なイノベーションの例示となろう。
国家ハイテク産業開発区は、その内部構成、運営管理、及び発展拡大のプロセスの中で、国家と地方が提供している良好な設備環境をもとに高度成長を実現させたと同時に、技術イノベーション、開発イノベーション、ひいては産業イノベーションを通じて、中国のコンピュータ、新素材、生物プロジェクト、光学設備、機械設備、電力設備の一体化、新エネルギーと環境保護などの産業発展のための重要な基盤となった。
また、中国各地に開設された国家ハイテク産業開発区では、さまざまな分野の科学技術成果をもとに、多くの新興企業が次々に成長している。売上高の約50%は電子・情報技術分野の新興企業であるが、それに次いで新エネ・省エネ技術や環境保護技術に関連する新興企業も売上高の約20%を占める健闘を見せている。新エネルギー技術の例を挙げると、リチウム二次電池のように、従来日本の技術力が圧倒的に優位であった分野において、日本製品を抜いてシェアを拡大する中国製品も現れてきている。
ハイテク産業開発区における新興企業の短期間での売上上昇に、科学技術成果が結びついている点が特長である。2007年の54国家ハイテク産業開発区の年間生産高は1兆2048億元に達した。中国の工業生産全体を上回る年率30%以上の成長を維持し、中国経済の急速な発展をリードする動力となっている。まさに54の国家ハイテク産業開発区は今や中国の自主革新の拠点となった[2]と言える。
こうした短期間の急速な発展を支える要因の一つに、過去20年間にわたり中国が独自に構築してきたイノベーションシステムが指摘されている[3]。これは国家ハイテク産業開発区などのインフラ整備にとどまらず、海外の優秀な中国人研究者を呼び戻す「海亀政策」などの人的資源拡充にも重点を置くもので、このようなシステムの中で、大学の先端研究成果が速やかに新興企業の事業成長に繋がる成果をあげている。こうしたイノベーションシステムが有効に機能している可能性が高い[4]。
[2] 中国国際放送局「ハイテクゾーンが中国技術革新の拠点に」2007年11月30日。
[3] 角南篤「中国の科学技術政策とイノベーションシステム―進化する中国版『産学研・合作』―」、PRI Discussion Paper Series. No.03A‐17、C経済産業研究所(2003年)。
[4] 前田征児「中国の直面する環境・エネルギー問題と日中技術協力の可能性」科学技術動向研究(2006年7月)
第3項 外資導入等
2006年11月現在、中国に設立された外資系企業は59万社近くで、外資利用実績は6766億ドルに達した。中国に投資している国と地域は200近くにのぼり、世界の大企業500社の内、約480社が中国に投資している。
第10次5カ年計画期(2001~2005年)の外資利用実績は2861億ドルを超え、第9次5カ年計画期(1996~2000年)の1.34倍に達した。外国企業による投資は中国の固定資産投資総額の約8.5%を占めている。外資系企業の工業付加価値額は年平均約30%増加し、工業付加価値額全体に占める割合は2001年の24.57%から2005年に28.57%に増加した。
また、外資導入はハイテク産業の発展を促している。2006年11月末までに外国企業が中国に設立した研究開発機関は800カ所を超えた。国連貿易開発会議(UNCTAD)の調査によると、中国は多国籍企業が研究開発(R&D)センターを優先的に開設する国になっている。第10次5カ年計画期には、ハイテク製品輸出は4.7倍に増加した。内外資系企業のハイテク製品輸出は2001年の378億ドルから2005年には1920億ドルに増加し、中国のハイテク製品輸出総額の86.2%を占めている[5]。
そのような状況の中で、2007年現在、国家ハイテク産業開発区に進出した「三資企業」は前年の6968社から7828社に増えた。また、2006年現在、53の国家ハイテク産業開発区が受け入れた外商投資金額の累計は760.8億ドルであり、全国の外商投資金額の10分の1を占める。中でも長江デルタにおける投資額が最も多く、全体の41.2%を占めた。
2008年9月末現在、大連国家ハイテク産業開発区の新区における企業誘致は健全で急速な発展を実現し、大きな成果を上げた[6]。外資導入に関しては、同年に新たに設立された外資系企業は46社に上り、登録資本金は4億500万ドルに達し、実行ベース外資導入額は3億4千万ドルで前年同期比26.9%増となった。世界企業上位500社の進出が目立ち、アメリカのアプライドマテリアルズ(AMAT)やシスコシステムズなど6社が進出した。上位500社によるプロジェクトは55件に上り、この内、ソフトウェア・情報サービス業関連のものは43件で、同区の産業レベル向上を促進している。
項目 | 企業数(社) | 営業総収入(億元) | 工業総生産高(億元) | 輸出収入(億米ドル) |
国有企業 | 1,046 | 4,309.1 | 3,443.7 | 40.5 |
集団所有企業 | 671 | 762.1 | 726.4 | 17.5 |
株式企業 | 23,382 | 22,723.0 | 17,181.0 | 269.5 |
三資企業 | 7,828 | 24,208.2 | 20,945.5 | 1,371.1 |
その他企業 | 15,185 | 2,922.7 | 2,080.4 | 29.6 |
合 計 | 48,472 | 54,925.2 | 44,376.9 | 1,728.1 |
地域 |
年度末累計 | 単年度実際 | ||
2005年 | 2006年 | 2005年 | 2006年 | |
開発区合計 | 618.8 | 760.8 | 99.4 | 108.4 |
西部地域 | 37.4 | 54.1 | 8.9 | 12.3 |
占める割合 | 6.0% | 7.1% | 9.0% | 11.4% |
東北地域 | 69.4 | 79.9 | 14 | 10.5 |
占める割合 | 11.2% | 10.5% | 14.1% | 9.7% |
長江デルタ | 273.2 | 313.5 | 39.8 | 41.4 |
占める割合 | 44.2% | 41.2% | 40.0% | 38.2% |
珠江デルタ | 54.9 | 59.7 | 6.2 | 7.5 |
占める割合 | 8.9% | 7.8% | 6.2% | 6.9% |
環渤海地域 | 200.9 | 231.6 | 32.3 | 31.4 |
占める割合 | 32.5% | 30.4% | 32.5% | 29.0% |
常州国家ハイテク産業開発区には、日本の東芝、日立製作所、富士通、三菱電機などが進出している。蘇州国家ハイテク産業開発区には、島津製作所、新日本石油、富士通、住友電気工業、パナソニックなどが進出している。また、大連国家ハイテク産業開発区には、住友電装、日本電気、三洋、豊田工機などが、天津国家ハイテク産業開発区には、トヨタ、NEC、ヤマハをはじめ、多くの日系企業が進出している。
中国政府の統計によれば、2006年度に54の国家ハイテク産業開発区の中で、ハイテク産業の工業生産高が400億元を超えた開発区は14カ所しかなかった。しかし、2007年度では、ハイテク産業の工業生産高が600億元を超えた開発区が26カ所に上った。また、54の国家ハイテク産業開発区の営業収入の合計は5兆元を突破し、前年比で26.8%増となった[7]。中国における国家ハイテク産業開発区は全体的に高成長を続けている。
一方、全国人民代表大会財経委員会の石広生副主任は2007年12月16日、北京で開かれた「第9回中国経済学者フォーラム」で、「中国は、外資導入の質とレベルを高めることを加速する」と述べ、「中国は外資の導入について、ハイテク産業や先端製造業、環境保護産業への投資を一層奨励する一方、エネルギーの消費が大きく、汚染物の排出が多い産業への投資を厳しく禁止する。また、外資系企業が中国で研究開発センターを設立することを促していく」と述べた。
また、2007年4月22日、中国商務部は公式HPで、「2008年全国外商招致業務指導意見」を発表し、外資系企業による機械設備の製造や、新材料製造など、ハイテク産業への投資、また、ベンチャー企業の設立を奨励する方針を明らかにした。
同「指導意見」では、今後、政府は産業政策、財政・税制面での政策実施を通し、外資系企業に技術研究開発を促し、知的財産権の現地化を推進させる姿勢を示している。また、商務部は、鉄鋼、セメント、電気分解アルミニウム、不動産などの分野へ投資する外資系企業に対し、引き続きエネルギー消耗、汚染物排出管理を強化していく考えであり、中国における外資導入政策は大きな転換期に入ったと言える。
[5] 新華社「中国の外資利用実績累計6766億ドルに」2006年12月21日。
[6] 人民日報「大連ハイテク新区、世界500企業の進出相次ぐ」2008年12月7日。ちなみに、国内資本によるプロジェクトは136件、投資総額は70億7300万元に上り、前年同期比48.4%増加した。内、衆利信息、東軟創業投資、怡亜通供応鏈管理等13件で投資額が1億元を超えた。同区では、ソフトウェア業や情報サービス業の発展が急速で、売上高が1千万元を超えるソフトウェア企業は57社に及び、前年同期比11社増加した。
[7] 国家統計局・国家発展改革委員会・科学技術部編著『中国高技術産業発展年鑑』(2008年版)。