書籍紹介:『中国の大戦略-覇権奪取へのロング・ゲーム』(日本経済新聞出版、2023年12月)
書籍名:
中国の大戦略-覇権奪取へのロング・ゲーム
- 著 者: ラッシュ・ドーシ
- 訳 者: 村井浩紀
- 発 行: 日本経済新聞出版
- ISBN: 978-4-296-11504-4
- 定 価: 4,400円(税込)
- 頁 数: 584
- 判 型: B5判
- 発行日: 2023年12月27日
書評:『中国の大戦略-覇権奪取へのロング・ゲーム』
白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長)
著者は、米バイデン政権国家安全保障会議(NSC)の中国・台湾担当副上級部長の要職にある。本著は、同氏が博士論文時代から続けた中国の対外政策の調査を元に完成させた圧巻の作品である。中国の政策は、共産党や国務院の文書、党の要人の発言等を分析し、そこに人事や人間関係を投射してさまざまな動向を分析する手法が取られることが多い。著者は、権威ある文書に注目することは当然として、膨大な文書や図書をデータベース化し、そこに見られる一貫した戦略の流れをとらえるという地道な努力を積み重ねており、説得力がある著作となっている。
では「大戦略」とは何か。中国は冷戦の最中、ソ連に対抗するため米国との国交を樹立し、半ば米国を準同盟国と見なし、その資本、技術を導入し国力の発展に生かしてきた。しかし1980年代末以降の天安門事件、ソ連崩壊および湾岸戦争という「三大イベント」を契機に、米国が中国に敵対する姿勢を強くしていくと見て、「韜光養晦(能力を隠して好機を待つ)」との姿勢を堅持しつつ、米国の覇権に対抗する方針を政治、経済、軍事のあらゆる側面で徹底してきたと著者は分析する。これが大戦略の前半である。
その後、2008年の世界金融危機を米国の衰退の始まりと読み、習近平総書記が「中華民族の偉大な復興という夢」の実現に向け邁進するようになる。これが今日継続している大戦略の後半であり、中国は自国の覇権を主張するように行動していると、著者はいう。
この大戦略は、米国からの最恵国待遇の恒常的獲得を経て、世界貿易機関(WTO)、アジア太平洋経済協力(APEC)への参加を通じて、米国等西側が主導する組織、機関におけるその覇権の阻止に中国が邁進することに具現化される。次に、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立、アジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)の常設機関化など、中国自身が主導するグローバル・ガバナンスへの取り組みを強化させることとなる。また軍事面でも、いわゆる「接近阻止・領域拒否」から、より広範囲に戦力を展開するという動きをこの大戦略から描いて見せている。
JSTアジア・太平洋総合研究センター(APRC)がまとめた調査報告書「 国際的な科学技術活動における中国のプレゼンス 」で確認してきた中国の動きも、同様にこの大戦略が土台になっているようである。
著者は、この中国の大戦略を読み解くことにより、今度は米国を始めとする同盟国、パートナー国が取るべき、政治、経済、軍事にわたるさまざまな措置を提起する。基本は、非対称戦略で臨むべきとする。そのためかつて米国が構築してきた秩序を破壊するために中国が投じたコストが、米国が要したコストより安かったように、中国が構築しようとしている秩序を今度は米国が阻止するコストも安いと見ている。またこのためには、中国が構築しようとする秩序に米国や同盟国が積極的に参加し、中から変化を促す方法と取るべきと提言している。
科学技術イノベーションに関して例示すれば、「中国によるアメリカからの技術獲得・技術窃盗の動きに対抗」するべく、「イノベーションのために基礎科学研究に再投資し」、「ジョージタウン大学安全保障・新興技術研究所が主張するようにデータ共有、透明性、再現性、研究インテグリティについて基準や価値を設定する国際連携型のエコシステムが必要」と提唱する。これはまさに、同盟国、パートナー国が重要・新興技術に関する国際的な協力の枠組みを選りすぐって構築していくことに繋がっている。
以上の分析は、これまでの著作においてもさまざまに指摘されてきたことではあるが、本著は、30年以上にわたる中国共産党の戦略を具に分析し、一貫性のある意図を読みとっている点で白眉である。さらに2049年の建国100年に至る戦略に対して米国および同盟国、パートナー国の取るべき措置を提起するという意味で、政策的に大きな意義を有している。最後に本著は、翻訳であることを感じさせない優れた文章で構成されており、そのことにも賛辞を送りたい。