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【08-009】中国科学院における研究成果の企業化努力の現状

2008年10月31日〈JST北京事務所快報〉 File No.08-009


 10月23日、24日、江蘇省蘇州市昆山市(上海市のすぐ西隣の市)において科学技術振興機構(JST)、中国科学院及び昆山市人民政府の共催により「日中産学連携フォーラム」が開催された。このフォーラムにおいて、中国科学院のトウ麦村副秘書長が中国科学院における技術の企業化努力の現状について報告を行ったので、その概要を紹介する(「トウ」は「登」へんに「おおざと」)。

---トウ麦村副秘書長の報告のポイント---

 中国科学院は1949年11月(中華人民共和国成立直後)に北京において設立された。中国科学院は、科学技術分野における国の最高学術機関であり、国の自然科学とハイテク分野における総合的な発展の中心となっている国家機関である。

(参考)中国科学院のホームページ
http://www.cas.ac.cn/

 中国科学院には、現在、12の分院、91の研究機関、1つの大学(中国科学院中国科学技術大学(安徽省合肥市)、1つの研究生院(中国科学院研究生院)、2つの新聞・出版社(科学時報社と中国科学雑誌社)を持つほか、中国科学院が直接株式を所有している株式保有会社が20社ある。

(筆者注)IBMのパソコン部門を買収した大手パソコンメーカー聯想(レノボ)は、もともと中国科学院計算技術研究所の研究者が起こしたベンチャー企業から出発しているが、「中国の科学技術力について」(JST研究開発戦略センター中国総合研究センター、中国科学技術協力研究会)によれば、聯想(レノボ)の株式42.4%を保有している持ち株会社「聯想控股」の株の65%はまだ中国科学院が保有している、とのことである(単純に掛け算すれば、聯想(レノボ)の株の3割弱をまだ中国科学院が保有していることになる)。なお、今回講演を行った中国科学院副秘書長のトウ麦村氏は、聯想控股(レノボ・ホールディングス)の監事でもある。


中国科学院の全職員は約5万人で、その中の専任の科学技術人員は3.4万人である。このほかに、訪問学者、ポスドク、大学院生等が4.9万人いる(注:中国科学院は、日本の研究開発系独立行政法人とは異なり、大学院生を採用して研究に従事させることを通じて学位を授与する権限を持っている)

 基礎的な科学的発見から製品の製造までの過程を「科学的発見」「技術の研究」「製品の開発」「(生産コストも含めた)製品化」の四つの段階に分けるとすると、中国科学院は「科学的発見」「技術の研究」「製品の開発」の三つを担当している(中国科学院は、日本の研究開発機関に比べると明らかに日本ならば企業が行っている領域にまで踏み込んでいる)。

 近年の中国における行政改革の流れに従って、中国科学院においても、科学研究を行う人材の数を1998年の65,003人から2006年の43,446人に減少させてきている。一方、大学院生の数は1998年の11,044人から40,627人に急激に増加させてきている。

 中国科学院には「院地合作局」(中国科学院と地方との協力関係を推進する担当部局)があり、中国科学院で得られた研究成果を各地方における経済に結びつける活動を行っている。中国科学院から地域に移転された技術により生み出された経済収入は、2000年には72億元だったのが2007年には623億元に急増している(1元=約15円)。

2007年現在、中国科学院は413社の会社の株式を保有している。そのうち聯想(レノボ)を含む31社の株式を保有しているのが中国科学院国有資産経営有限責任公司(略称「国科控股:CASH」)である。2007年、中国科学院が株式を保有している413社の営業収入は1,756億元に達し、利潤総額は65.9億元、純資産は251.4億元に上っている。これにより、中国科学院は121.8億元(約1,800億円)の収益を得た。中国科学院が株を持っている企業の数は2007年は413社であるが、1997年には832社あった。株を持っている企業の数は、2000年までにかなり減り、その後はほぼ同じ数を保ってきている。しかし、営業収入や純資産は確実に増加しつつある。

(筆者注)上記の説明中の利潤総額65.9億元のうち聯想(レノボ)の利潤が大きなシェア(約3分の1強)を占めている。従って、中国科学院が株を持っていることによって得られる収益は、聯想(レノボ)の営業状態にかなり影響されていると言ってよい。

 中国科学院は、国からの委任に基づき、各研究所に研究を行わせるとともに、国科控股のような株式ホールディングス会社に投資している。各研究所がそれぞれ企業に投資することもあるし、国科控股が直接企業に投資することもある。現在、各企業の積極性を引き出して産業規模の拡大を図る、という政策に基づき、中国科学院としては、2010年までに現在中国科学院が株を持っている会社の中国科学院による持ち株比率を35%以下にする計画である。

 計画経済の時代には、中国の企業は基本的に全て国営企業(または各地方政府が運営する公営企業)であった。中国科学院や大学は、国の予算を受けて研究開発を行い、その研究成果は広く中国国内の国営企業等で使われてきた。従って、中国の企業には、研究開発は中国科学院や大学の研究に頼ろう、という意識があり、従来、企業自らが経費を投下して研究開発を行おうというマインドは弱かった。改革開放後、多くの国営企業の株式が一般に公開され、企業の自主的経営権が独立し、国は「株は持っているけれども経営には口出しをしない」ことを原則とするようになった。このため、国が多くの株を持っている会社についても、現在は「国営企業」という言い方はせず、「国有企業」という言い方をしている。

 しかし、改革開放政策が進み、経済の自由化が進んだ現在においても、国有企業はもちろん、純粋に民間資本からなっている民営企業においても、中国の企業では、自らが費用負担をして研究開発を行おうというマインドが非常に弱い。これは、マーケットにおけるニーズが激しく変化する現在の国際市場において、技術的に出遅れた中国の企業が勝ち残るためには、時間を掛けて自社技術を開発するのではなく、他社が持っている優秀な技術を安く買い取り、それを市場のニーズにマッチするようにアレンジしてスピーディーに製品化する方がビジネスとしては成功しやすいからである。こういったビジネス・モデルは、ビジネスとしては成功し、中国の飛躍的な経済発展を支えているのであるから、こういった中国企業の姿勢も現代における優れたビジネス・モデルのひとつと考えるべきであり、自主技術育成のためにあまり熱心ではない姿勢を単純に批判することはできない。

 企業の研究開発マインドが弱いため、中国科学院では、現在でも、かなりビジネスに近いところまで中国科学院自らが研究開発を行っているのが現状である(清華大学など、多くの大学においても、かなり企業化に近いところまで大学自らが(または大学が投資している企業が)研究開発を行っていることが多いのも同じ現象である)。

 しかし、中国政府としては、企業がいつまでも自社独自の技術を持つための研究開発努力をせず、技術的に他者に頼り続けるようでは、中国企業の「地力」が付かない、との認識の下、「自主創新」というスローガンの下、企業自らが自主的に研究開発を行うような環境を整える方向で政策を進めている。中国科学院が、株を持っている企業の中での中国科学院の持ち株比率をできるだけ下げていこう、と努力しているのも、その政策のひとつの現れであると考えられる。

 日本では、各企業の研究開発意欲とその能力が高い。大学や公的研究機関が行うのは、企業化レベルの研究よりかなり手前のところまでである。企業自らが大学や公的研究機関の成果を研究開発してもいい、と企業が判断する場合には、企業自らが研究開発資金を投下して、研究開発を行って製品化する。一定のリスクがある等の理由により企業自らが研究開発を投下することは難しいと判断したケースにおいて、大学や公的研究機関の研究成果について、企業と大学・公的家研究開発機関の間の仲を取り持ち、必要に応じていろいろな支援制度によって企業と大学・公的機関の背中を押してやるのが、我々科学技術振興機構(JST)の役割である。

 JSTはいろいろな産学官連携プログラムを持っているが、いずれも「企業には企業化段階の研究開発を自ら行う意欲がある」ということが大前提になっている。中国の企業では、多くの企業はまだ自らの意志と資金力で企業化段階の研究開発を行おうという意欲があまり強くないため、JSTと同じような産学官連携支援のシステムは、中国ではあまり有効に機能しない可能性がある。

 日本においても、中国においても、国の資金を投じて基礎的な研究を行い、経済活動に結びつく可能性のある研究成果については、それを発展させて、研究開発成果を経済活動の中で活用することにより、最終的には経済活動の活発化を通じて、国が投下した資金を国民に還元する、という科学技術政策の基本的目標は同じである。ただ、中国では、改革開放政策が始まって30年が経過し、かなり「市場経済化」が進んだと言っても、まだ中国科学院のような公的機関の役割が日本よりも相対的に大きく、日本と中国とでは同じような政策手法が使えるとは限らない。

 日中双方の科学技術政策は、両国の国情の違いにより、参考にできる部分もあるし、参考とはならない部分もある。今後とも、両国の政策対話を進めて、相互理解を深め、お互いの社会の持つ同じ点と異なる点とを理解しあって、参考にできる部分は虚心坦懐に相手国に学ぶ、という姿勢を持ち続けることが重要であると考える。

 

(注:タイトルの「快報」は中国語では「新聞号外」「速報」の意味)
(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。