【13-020】中国の大気汚染防止の法制度および関連政策(Ⅴ)
2013年 8月14日
金 振(JIN Zhen):公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)
気候変動・エネルギーエリア研究員
1976年、中国吉林省生まれ。 1999年、中国東北師範大学卒業。2000年、日本留学。2004年、大 阪教育大学大学院教育法学修士。2006年、京都大学大学院法学修士。2009年、京 都大学大学院法学博士。2009年、電力中央研究所協力研究員。2012年、地球環境戦略研究機関特任研究員。2013年4月より現職。
前回のつづき
3.大気汚染防止法の仕組み
(5) 大気質新基準の実施に向けたプロセス
2012年、中国政府は、大気質に関する新基準(GB3095-2012)を公表し、2016年1月1日より全面施行することを決定した(詳細は、本シリーズの(Ⅰ)を参照)。16年ぶりの改正に当たる新基準(主要評価項目:SO2、NO2、PM10、PM2.5、O3、CO)では、最も緩い第三級基準(第一級基準が最も厳しい)が撤廃されたことに加え、PM2.5に関する基準が新設された。
大気質基準は、事業者を対象とした排出基準ではなく、行政区域における観測基準であるため、地方政府が基準達成の義務を負う。従って、2016年より、43,000以上の地方政府(省級政府、計画単列市政府、地級政府、県級政府、郷級政府)に新基準が適用されることになる。
(5.1) 新基準の三段階適用
2016年新基準の全面適用に向け、国家環境保護部は、大気汚染対策の緊急性に応じ、地方政府を3つのグループに分け、段階的に新基準を適用することを決定した(典拠:環境部通達-環発[2012]11号)。最も対策が急がれる第1グループには、31の省級政府の県庁所在地(4つの直轄市の全域)、5つの計画単列市(大連市、青島市、寧波市、厦門市、深セン市)、その他の国が指定した重点対策地域(38)、計74都市が含まれ、2012年から新基準の適用を受ける(典拠:環境部通達-環発[2012]33号)。
第2グループは、2013年より新基準が適用され、国家環境保護部が認定した環境保護重点都市、国家環境保護モデル都市(以下、認定都市)を含めた116の都市(内訳:認定都市79、その他の地級レベル都市37)が含まれる(典拠:環境部通達-環発[2013]30号)。
第3グループは、全国におけるすべての地級レベル都市が適用対象に含まれ、2015年より新基準の適用を迎える(典拠:環境部通達-環発[2012]11号)。
(5.2) 新基準適用の暫定措置
1996年より実施している既存の基準(GB3095-1996)は、新基準が全面施行されるまで一応有効である。従って、2015年まで、新基準と既存基準が併存するダブル基準体制が続くことになる。ダブル基準体制の詳細は以下の通りである。
まず、2012年より新基準の適用を受ける第1グループについては、新基準の部分適用が実施される。具体的に、適用初年度(2012年)に限り、SO2、NO2、PM10のみが評価対象となり、新基準が適用される。ちなみにPM2.5が評価対象から外れたのは、観測体制が整っていないからである。2013年から新基準の全面適用に移行する。2013年より新基準の適用を受ける第2グループも同じく、2013年に部分適用の措置が取られ、2014年から全面適用に移行する。第3グループに関する正式な通達はでていないが、恐らく部分適用措置が取られることになる。
つぎに、中国では、上記の都市単位の評価のほか、①都市(区域)間比較評価(都市間大気質をランキング式で評価するもの。以下、ランキング評価)、②国家発展5ヵ年計画期間における総合評価(省級政府レベルの評価も含む)も実行されている。①に関しては、SO2、NO2、PM10のみが評価対象となり、しかも新基準ではなく既存基準が適用される。その理由は、評価対象都市の中には、新基準の適用を受けていないものもあるため、新基準に基づく評価は公平性に欠けるからである。②の場合は、ランキング評価ではないため公平性の懸念はないが、正確性の観点から、2015年まで両方の基準が適用される。
(5.3) 観測体制の強化
全国に新基準を全面的に適用させるためには、観測体制におけるふたつの課題を解決しなければならない。ひとつめの課題は、既存の観測システムの統合化である。現在、中国国内には、大気背景観測ネット、農村地域観測ネット、酸雨観測ネット、黄砂観測ネット、温室効果ガス実験観測ネットなどの様々な大気観測関連システムが併存している。これらの観測システムの間には、重複分野も少なくなく、また、それぞれのシステムにおける観測局の分布規模や計測・分析能力、管理体制などに様々な限界がある。大気観測体制の効率化、高精度化を図るためには、これらのシステムの統合化が必要不可欠である。中国政府は、2015までに、これらの観測システムを統合化する目標を掲げている。
ふたつめの課題は、新設基準PM2.5に関する観測体制の欠如である。PM2.5の観測体制の構築は一からのスタートになるため、観測・分析方法論の確立、観測ポイントの選定、計測機器の規格や計量基準の設定などに関する課題は多い。現在、計測機器の規格・計量基準に関しては、中国環境監測メインステーションが策定した「PM2.5自動測定機器に関する技術指標および関連基準指針」はある。しかし、観測・分析方法論の確立、観測ポイントの選定などに関しては統一基準がないため、省級政府の環境部署が中国環境監測メインステーションとの技術協議のもと、地域特性を考慮した方法論の開発を急いでいる。
制度上、省級政府の環境保護部署がそれぞれの所管区域内における観測体制の構築について責任を負う。設備投資に関しては国と地方政府が共同負担するが、設備のメンテナンス、マネジメント、職員研修、観測情報の公表などに関する費用は、全て地方政府が負担する(典拠:環境部通達-環発[2012]33号)。
新基準の三段階適用によって、上記3つのグループ都市(地方政府)には、順次、観測体制構築の義務が発生する。例えば、2012年から新基準の適用を受ける第1グループ都市は、同年10月までにPM2.5観測設備の設置、テストが完了すること、および12月までに通常観測を実施し、観測データを公表することが求められている(典拠:環境部通達-環発[2012]81号)。
(5.4) 不利益措置
新基準・既存基準を達成できなかった場合、どのような不利益措置が取られるのか。
まず、違反事実の公表がある。環境保護部は、定期的に都市大気質ランキング結果を発表するとともに、ワーストランキングも公表する。都市間競争の激しい中国において、低い評価を受けた場合、都市の社会的評価が下がるため、旅行、不動産、外資誘致などの分野におけるダメージは少なからずある。
つぎに、基準を達成できなかった地方政府は、大気汚染改善計画を策定し、上級政府に提出しなければならない。
また、場合によっては、該当区域における新規製造事業(鉄鋼、セメントなど)の許認可が制限される。大気汚染が深刻な地域では、仮に新規事業の許認可権者が地方政府であっても、上級政府の権限により、一定期間、地方政府の許認可権限の行使を制限される措置が取られることがある。
そして、基準を達成できなかった場合、地方政府の環境保護部署の主要担当者には、人事評価における不利益措置が取られる場合もある。
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