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【22-41】第20回党大会習近平報告の経済的意義(その3)

2022年12月07日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏 :ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員 拓殖大学大学院経済学研究科客員教授

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。2019年4月~拓殖大学大学院経済学研究科客員教授。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

その2 よりつづき)

Ⅲ.科学教育興国を実施し、現代化建設への人材サポートを強化する(報告第五章)

 報告は、「教育・科学技術・人材は、社会主義現代化国家全面建設の基礎的・戦略的な支えである。科学技術を第一の生産力とし、人材を第一の資源とし、イノベーションを第一の動力とすることを堅持する」とし、「我々は教育の優先発展、科学技術の自立自強、人材による牽引・駆動を堅持し、教育強国・科学技術強国・人材強国の建設を加速し、党と国のための人材育成を堅持し、国内での人材の自主育成の質を全面的に高め、世界をリードするイノベーション人材の育成に力を入れ、天下の英才を集めて登用しなければならない」とする。

(1)人民が満足する教育をしっかり行う

「教育は国の大計、党の大計である。どのような人を育成し、どのように人を育成し、誰のために人を育成するかは教育の根本の問題である」とし、義務教育の良質でバランスのとれた発展と都市・農村一体化の加速、中等職業学校と普通高校の連携、産業と教育の融合、研究と教育の協同の促進、基礎学科・新興学科・学際学科の建設強化、中国の特色ある世界一流の大学と優位性のある学科の建設加速、教育のデジタル化の推進、全国民が生涯学習する学習型社会・学習型大国の建設等が挙げられている。義務教育の都市・農村一体化は、都市・農村経済格差を縮小する重要手段である。

 なお、ここに「国の共通言語・共通文字の普及を強化する」という記述があるが、これが一部少数民族との文化的摩擦を生み出している。

(2)科学技術イノベーション体系を整備する

わが国現代化建設の全局におけるイノベーションの核心的地位を堅持する。科学技術政策に対する党中央の統一指導の体制を整備し、健全な新しいタイプの挙国体制を整備し、国家の戦略的科学技術力を強化し、イノベーション資源の配分を最適化し、国家科学研究機関・ハイレベルの研究型大学・科学技術リーディングカンパニーの位置付けと配置を最適化し、国家実験室体系を形成し、国際科学技術イノベーションセンター・地域科学技術イノベーションセンターの建設を統一的に推進し、科学技術基礎能力の建設を強化し、科学技術戦略コンサルティングを強化し、国家イノベーション体系の全体としての機能を高める。

 科学技術体制改革を深化させ、科学技術評価の改革を深化させ、知的財産権の法的保障を強化し、全面的なイノベーション支援の基礎的制度を形成する。

 イノベーション文化を育成し、科学者精神を発揚し、優良な学風を生み出し、イノベーションを生みやすい環境を作り上げる。

 国際科学技術交流・協力を拡大し、国際化した科学研究環境の建設を強化し、グローバルな競争緑を備えたオープンなイノベーション環境を形成する」。

(3)イノベーション駆動の発展戦略の実施を加速する

世界科学技術の最先端、経済の主戦場、国家の重大需要、人民の生命の健康を見据えることを堅持し、ハイレベルの科学技術の自立・自強の実現を加速する。

 国家の戦略的需要を導きとし、パワーを集中して独創的・先駆的な科学技術の難関攻略を進め、カギ・コアとなる技術の堅塁攻略戦に断固打ち勝つ。

 一連の戦略性・全局性・先見性のある国家重大科学技術プロジェクトを早急に実施し、自主イノベーション能力を増強する。

 基礎研究を強化し、独創性を際立たたせ、自由な探究を奨励する。

 科学技術投入の効果を高め、財政の科学技術経費の分配・使用メカニズムの改革を深化させ、イノベーションの活力を奮い立たせる。

 企業主導による産・学・研究機関の深い融合を強化し、目標志向を強化し、科学技術の成果の実用化・産業化水準を高める。

 科学技術イノベーションの主体としての企業の地位を強化し、科学技術型中核企業の先導・基盤的役割を発揮させ、科学技術型中小・零細企業の成長に資する良好な環境を作り上げ、イノベーションチェーン・産業チェーン・資金チェーン・人材チェーンの深い融合を推進する」。

(4)人材強国戦略を深く実施する

「才徳兼備で資質の高い人材を数多く育成することは、国家・民族の長期発展の大計である。人材あっての成功であり、人材あっての事業拡大である。

 党が人材を管理する原則を堅持し、労働・知識・人材を尊重し、創造を尊重することを堅持し、更に積極的・オープン・有効な人材政策を実施し、広範な人民が党を愛し国のために尽力し、仕事に励み、人民に奉仕するよう誘導する。

 人材の戦略的配置を整備し、各方面の人材の包括的開発を堅持し、規模が大きく、構造が合理的で、資質が優良な人材陣を育成する。

 世界重要人材センターとイノベーション拠点の建設を加速し、人材の地域的な合理的配置と協調発展を促進し、国際競争における人材の比較優位性の形成に力を入れる。

 国家戦略レベルの人材力の育成を加速し、更に多くの大家、戦略的科学者、一流の科学技術リーダーとイノベーションを起こす研究チーム、青年科学技術人材、卓越したエンジニア、大国の名匠、高技能人材を育成する。

 人材の国際交流を強化し、各種人材をうまくしっかり活用する。人材開発の体制メカニズムの改革を深化させ、心から人材を愛し、心を込めて人材を育成し、誘致し、活用し、人材を切に求め、形にこだわらずに、各方面の優秀な人材を党と人民の事業に結集させる」。

(留意点)
 これまで教育は民生の分野で言及されることが多く、人材育成はイノベーションで言及されることが多かったが、科学技術の自立自強戦略の中に吸収されることになった。米中摩擦の激化の中で、米国の大学の科学技術系専門研究分野や、科学技術系の研究所から中国人留学生・研究者が排除される傾向が今後強まる可能性があり、自国内で世界トップレベルの科学技術人材の育成の必要に迫られているのであろう。他方で、社会の少子化傾向は止まらず、義務教育の段階からできるだけ多くの高度科学技術人材の育成を目指さなければならず、科学技術・教育・人材育成が一体化したものと思われる。ただ、それは全て党と国のためであり、党中央が科学技術政策を統一指導し、党が人材を管理する新しいタイプの挙国体制の下で行われるものである。

 他方で、「知的財産権への法的保障を強化」し、「基礎研究を強化し、独創性を際立たたせ、自由な探究を奨励する」、「科学技術イノベーションの主体としての企業の地位を強化する」という記述もある。ただ、党中央が強力に統一指導・管理する挙国体制の中で、どれほど企業や個人が独創的に自由な発想に基づいてイノベーションを進めることができるかは未知数である。

Ⅳ.民生・福祉を増進し、人民の生活の質を高める(報告第九章)

 報告は「人民のために幸福をもたらすことは、『立党は公のため、執政は人民のため』の本質要求である。発展の中で民生を保障・改善することを堅持し、共同奮闘により素晴らしい生活を創造することを奨励し、自民の素晴らしい生活への願望を不断に実現しなければならない」とする。

 続いて、「我々は広範な人民の根本利益をしっかり実現し、擁護し、発展させ、人民が最も関心をもち、最も直接的で、最も現実的な利益問題にしっかり取り組み、力を尽くして実行し、力量を慮って実行すること堅持して、大衆・末端に深く入って、民生を優遇して大衆の心を温める措置を更に多く採用し、人民大衆の切実な問題の解決に力を入れ、健全な基本公共サービスを整備し、公共サービスの水準を高め、均衡性とアクセシビリティを高め、共同富裕を着実に推進しなければならない」とする。ここも最終目的として、共同富裕の推進が言及されている。なお、「立党は公のため、執政は人民のため」と「広範な人民の根本利益を実現」は、それぞれ胡錦涛・江沢民が「三つの代表」重要思想のポイントを説明する際に用いた表現であり、過去の指導者の発言を盛り込むことで、一定の配慮をしている。

(1)分配制度を整備する

分配制度は共同富裕を促進する基礎的制度である。『労働に応じた分配を主体とし、多様な分配方式が併存する』を堅持し、第1次分配・再分配・第3次分配が適切に組み合わさった制度体系を構築する。

 国民所得分配における個人所得のウエイトを高め、第1次分配における労働報酬のウエイトを高めることに努力する。労働に応じて分配することを堅持し、勤労により豊かになることを奨励し、機会の公平を促進し、低所得者の所得を増やし、中等所得層を拡大する。要素に応じた分配の政策・制度を整備し、多様なルートでの中低所得層の要素所得増加を模索し、多くのルートで都市・農村住民の財産所得を増やす。

 税制・社会保障・移転支出等の調節力を強化する。個人所得税制度を整備し、所得分配秩序を規範化し、富を築くメカニズムを規範化し、合法な所得を保護し、高すぎる所得を調節し、違法な所得を取り締まる。

 意欲と能力がある企業・社会組織・個人が公益・慈善事業に積極的に参加することを誘導・支援する。

(留意点)
 第1次分配・第2次分配・第3次分配については、従来の説明を繰り返している。第1次分配は個人所得と労働分配率の引上げ(パイの拡大)であり、第2次分配は税制・社会保障・移転支出による再分配(パイのうまい切り分け)であり、第3次分配は慈善事業への寄付である。21年は、第3次分配だけが強調されるきらいがあったが、本来整備すべき順番は、第1次・第2次・第3次である。まず中低所得者の所得を増やし、高所得者への課税を強化し、低所得者向けの社会保障を充実させたうえで、公益・慈善事業への寄付に対する税制優遇制度を設けて寄付を誘導するというのが筋であろう。

 税制による所得再分配には、個人所得税の累進制の強化と納税者の拡大、累進制の強い相続税・贈与税の導入、不動産税の導入が考えられるが、今回は個人所得税にだけ言及がある。中国では個人所得税の納税者の割合が少なく、税収に占める割合も少ない。個人所得税の整備は喫緊の課題であるが、累進制の強化は既得権益層の反発を生むことになり、今後どのような税制改革案を打ち出し実現するかで、習近平第Ⅲ期指導部の政治的リーダーシップの強さが検証されることになろう。

(2)雇用優先戦略を実施する

「雇用は最も基本的な民生である。雇用優先政策を強化し、雇用を促進する健全なメカニズムを整備し、質が高く十分な雇用を促進する。

 健全な雇用公共サービス体系を整備し、重点層の雇用支援体系を整備し、困窮層への最低ライン保障型雇用支援を強化する。

 都市・農村の雇用政策体系を統一し、労働力・人材の流動を妨げる体制・政策の弊害を打破し、平等な雇用に影響を与える不合理な制限・雇用差別を廃止し、人々がみな勤労を通じて自身の発展の機会を実現するようにする。

 健全な生涯職業技能訓練制度を整備し、構造的な雇用矛盾の解決を推進する。起業により雇用を促進する保障制度を整備し、新しい就労形態を支援し規範的に発展させる。労働法規を健全化し、労使関係の協議・協調メカニズムを整備し、労働者の権益保障制度を整備し、フレキシブルな就労と新たな就労形態の労働者の権益保障を強化する」。

(留意点)
 中国では、農村青年の職業能力のレベルが低く、大学卒業生は大企業の事務職を希望する傾向があり、高水準の技術者を必要とする企業との間で、労働需給の構造的矛盾が発生している。このため、生涯にわたる職業技能訓練が必要とされるのである。

 また、コロナを契機に急速に拡大しつつある、フレキシブルな就労と新たな就労形態(日本で言えばフリーランス、ギグワーカー)の労働者の雇用保障・社会保障が新たな課題となっている。

(3)健全な社会保障システムを整備する

 社会保障システムは、人民生活のセーフティーネット・社会運営のスタビライザー(安定装置)である。全国民をカバーし、都市・農村を統一し、公平で統一された、安全・規範的で、持続可能な多層レベルの健全な社会保障システムを整備する。

 基本年金保険の全国統一制度を整備し、多層レベル・多くの支柱の年金保険システムを発展させる。法定退職年齢を漸進式で延長する。社会保険のカバー範囲を拡大し、基本年金・基本医療保険の資金調達と給付調整の健全なメカニズムを整備し、基本医療保険・失業保険・労災保険の省レベル統一を推進する。

 多層レベルの医療保障の秩序立った連携を促進し、大病保険・医療救済制度を整備し、保険加入登記地以外での医療保険給付を実施し、長期介護保険制度を確立し、商業医療保険を積極的に発展させる。全国統一の社会保険公共サービスプラットフォームを早急に整備する。社会保障基金積立金の価値の維持・増加と安全監督管理の健全なシステムを整備する。

 レベル分け・類別された健全な社会救済システムを整備する。男女平等の基本国策を堅持し、女性・児童の合法権益を保障する。障害者向けの社会保障制度と思いやり・サービス体系を整備し、障害者事業の全面発展を促進する。

『住宅は住むためのものであって、投機のためのものではない』という位置づけを堅持し、多くの主体が供給し、多ルートで保障し、賃貸・分譲を共に奨励する住宅制度を早急に確立する」。

(留意点)
 社会保障システムは、急速な高齢化にも財政的に対応できる「持続可能性」が重視されている。年金保険については省レベルの統一が進んだため、全国統一が課題となっているのに対し、医療保険・失業保険・労災保険はまだ省レベル統一が課題となっている。また長期介護保険制度の確立が明示されている。

 高齢化の進展に伴い、2020年代後半から年金財政の悪化が想定されるため、法定退職年齢の延長が課題となっているが、若年層の雇用や若い夫婦の子育てに影響が出る可能性もあるため、「漸進式」で行うとしている。また、社会保障基金積立基金の価値維持・増加も課題である。

 住宅対策については、投機を認めない旨を再確認しているが、現在問題となっている住宅引渡しの保障や不動産市場の健全な発展については言及がない。また、住宅が余りにも高値になってしまったため、今後は賃貸住宅市場の発展が課題となっている。

(4)「健康中国」の建設を推進する

「人民の健康は、民族の隆盛と国家の強盛の重要なシンボルである。人民の健康保障を優先発展の戦略的位置に置き、人民の健康促進政策を整備する。

 人口発展戦略を最適化し、出産支援政策体系を確立し、出産・養育・教育コストを引き下げる。人口高齢化に積極的に対応する国家戦略を実施し、高齢者介護事業と高齢者介護産業を発展させ、一人暮らしの高齢者へのサービスを最適化し、全高齢者の基本高齢者介護サービスの享受実現を推進する。

 医薬・衛生体制改革を深化させ、医療保険・医療・医薬の協同発展と管理を促進する。良質な医療資源の拡大と地域間のバランスがとれた配置を促進し、予防医療を主とすることを堅持し、重大・慢性疾病の健康管理を強化し、末端の疾病防止・治療と健康管理能力を高める。

 公益性を方向性とする公立病院改革を深化させ、民営病院の発展を規範化する。医療・衛生人材を育成して増やし、政策の重点を農村・コミュニティに置く。メンタルヘルスを重視する。漢方医学・薬学の伝承と革新発展を促進する。

 医療と予防の連携・融合のメカニズムを刷新し、健全な公共衛生システムを整備し、重大感染症の早期発見能力を高め、重大感染症の防止・コントロール・緊急治療体系の整備と緊急対応能力の向上を強化し、重大伝染病の広がりに有効な歯止めをかける

 「健康中国」キャンペーンと愛国衛生運動を深く展開し、文化的・健康的な生活方式を唱導する。

(留意点)
 中国は2020年代後半に高齢社会に突入し、人口減少も予想されるため、少子高齢化対策として、出産支援、出産・養育・教育コストの引下げ、総合的な高齢者対策が盛り込まれている。また、新型コロナの反省から、重大感染症の早期発見能力の向上と、重大感染症の防止・コントロール・緊急治療体系の整備と緊急対応能力の向上の強化が課題となっている。

その4 へつづく)