【23-06】2022年中央経済工作会議を読み解く(その2)
2023年01月26日
田中 修(たなか おさむ)氏 :ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員 拓殖大学大学院経済学研究科客員教授
略歴
1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。2019年4月~拓殖大学大学院経済学研究科客員教授。学術博士(東京大学)
主な著書
- 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
- 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
- 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
- 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞) - 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
- 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
- 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
- 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
- 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
- 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
- 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
- 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
- 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
(その1 よりつづき)
3.2023年の経済政策の重大問題
2023年の政策は複雑に絡み合っており、戦略的全局から出発し、社会の心理的予測の改善・発展の自信を奮い立たせることから着手し、勘所をおさえて政策にしっかり取り組まなければならない。
(1)国内需要の拡大に力を入れる
消費の回復・拡大を優先的に位置づけなければならない。消費能力を増強し、消費条件を改善し、消費の場面を刷新する。
多くのルートで都市・農村の個人所得を増やし、住宅改善・新エネルギー自動車・高齢者介護サービス等の消費を支援する。
政府投資と政策によるインセンティブを通じて、全社会投資を有効に牽引し、第14次5ヵ年計画の重大プロジェクトの実施を加速し、地域間のインフラ連結を強化しなければならない。
政策性金融は国家発展計画に合致する重大プロジェクトに対して融資支援を増やさなければならない。更に多くの民間資本を奨励・吸収して、国家重大プロジェクトと脆弱性補強プロジェクトの建設に参加させる。
経済への輸出のサポート作用を引き続き発揮させ、先進技術、重要設備、エネルギー・資源等の産品輸入を積極的に拡大しなければならない。
(留意点)
内需拡大では消費の回復・拡大が優先されている。非効率な投資の拡大による政府債務の増大を防ぐためであろう。消費では、住宅改善・新エネルギー自動車・高齢者介護サービスが重視され、投資では、民間資本の投資参加が重視されている。「側記」によれば、習近平総書記は「総需要の不足は現在経済運営が直面している際立った矛盾である。内需拡大戦略の実施に力を入れ、更に有力な措置を採用して、社会の再生産の良性の循環を実現しなければならない」と述べている。
また、輸出のみならず、経済安全保障の観点から、先進技術、重要設備、エネルギー・資源等の産品輸入が重視されている。
(2)現代化した産業システムの建設を加速する
製造業の重点産業チェーンを軸に、カギ・コアとなる技術と部品の脆弱部分を精確に探し出し、質の優れた資源を集中して力を合わせて難関を攻略し、産業システムの自主コントロール可能性と安全信頼性を保証し、国民経済循環の円滑さを確保する。
重要エネルギー・鉱産資源の国内探索・開発と備蓄増加・生産向上を強化し、新しいタイプのエネルギー体系の計画・建設を加速し、国家戦略物資の備蓄保障能力を高める。
新たな大規模食糧生産能力向上キャンペーンを実施する。
グローバル分業における伝統産業の地位・競争力を高め、新エネルギー・AI・バイオ製造・グリーン低炭素・量子コンピューティング等の先端技術の研究開発と実用化・普及を加速する。
デジタル経済の発展に力を入れ、常態化した監督管理の水準を高め、発展のリード・雇用創造・国際競争において、プラットフォーム企業が技量を大いに発揮することを支援しなければならない。
グローバル産業の構造と配置調整プロセスにおいて生まれた新たなチャンスをしっかり掴み、大胆に新たな分野を切り開き、新たな競争の道で勝利を制する。
(留意点)
経済安全保障の観点から、エネルギー・資源・食糧の供給保障が重視されている。先端技術としては、新エネルギー・AI・バイオ製造・グリーン低炭素・量子コンピューティングが重点項目である。
また、発展のリード・雇用創造・国際競争におけるプラットフォーム企業の役割が強調されており、22年4月以降のプラットフォーム企業への取締り緩和・投資奨励の動きが継続されている。
(3)「2つのいささかも揺るぐことなく」を確実に実施する
社会における「我々が『2つのいささかも揺るぐことなく』を堅持するのかしないのか」という不正確な議論に対して、態度を鮮明にしなければならず、いささかも曖昧であってはならない。
国有資本・国有企業改革を深化させ、国有企業のコアコンピタンスを高めなければならない。分類して改革する方向性を堅持し、国有企業の経済責任と社会責任の関係をしっかり処理する。中国の特色ある国有企業の現代コーポレートガバナンスを整備し、真に市場化メカニズムに基づいた運営を行う。
制度・法律上、国有企業・民営企業への平等な対応の要求を実施し、政策・輿論において民営経済と民営企業の発展・壮大化を奨励・支援しなければならない。法に基づき民営企業の財産権と企業家の権益を保護する。各レベル幹部は、民営企業のために難題を解決し、役立つことをし、親しく清廉な行政・業者の関係を構築しなければならない。
(留意点)
ここが重点の1つであろう。習近平指導部が第Ⅲ期に入っても、民営企業の発展支援の方針に変更はなく、民生企業の財産権と企業家の権益を保護する旨が明らかにされている。他方で、国有企業が市場メカニズムを逸脱して強大化することにも歯止めをかけている。
「側記」は、一時期以降、「中国はなお社会主義市場経済を行うのかどうか」「中国は『2つのいささかも揺るぐことなく』を堅持するのかどうか」等の疑念甚だしきは雑音・騒音が絶えず耳に入ってくるため、習近平総書記は語気強く、「我々は態度を鮮明にし、いささかも曖昧であってはならず、常に社会主義市場経済改革の方向を堅持し、『2つのいささかも揺るぐことなく』を堅持しなければならない」とはっきり指示したのである、と解説している。
また中央財経委員会弁公室の韓文秀副主任も、「ここ数年、民営経済退場論が出現したことがあり、『2つのいささかも揺るぐことなく』についての党・政府の態度は鮮明であり、立場は確固としたものである」としている(新華社北京電2022年12月19日)。
(4)外資の誘致・利用に更に力をいれる
ハイレベルの対外開放を推進し、貿易・投資協力の質・水準を高めなければならない。市場参入を拡大し、現代サービス業分野の開放を強化しなければならない。外資企業の国民待遇をしっかり実施し、外資企業が法に基づき、政府調達・入札・基準制定に平等に参加することを保証し、知的財産権と外資の合法権益の保護を強化しなければならない。
環太平洋連携貿易協定(CPTPP)・デジタル経済パートナーシップ協定(DEPA)等の高基準の経済貿易協議への加盟を積極的に推進し、関係ルール・規制・管理・基準に主動的に従い、国内関係分野の改革を深化させなければならない。外資が中国で貿易・投資・商談に従事するために最大程度の便宜を提供し、外資のシンボル的なプロジェクトの建設実施を推進しなければならない。
(留意点)
ここも重点の1つである。習近平指導部第Ⅲ期においても開放政策は維持され、外資企業への政策に変更はなく、知的財産権と合法権益を保護する旨が確認されている。
またCPTPPへの加盟申請の目的が、国際ルール・規制・管理・基準に従って、国内の関連制度改革を深化させることにある旨を強調している。
(5)重大な経済・金融リスクを有効に防止・解消する
不動産市場の平穏な発展を確保し、住宅引渡保障・民生保障・安定保障の各政策を着実にしっかり実施し、不動産業の合理的な資金調達需要を満足させ、不動産業の再編・M&Aを推進し、優良トップ不動産企業のリスクを有効に防止・解消し、資産・負債状況を改善しなければならない。同時に、違法の犯罪行為を、断固法に基づき取り締まらなければならない。
都市の事情に応じて施策を講じて、ハードな住宅需要・改善関連住宅需要を支援し、新市民・若者等の住宅問題をしっかり解決し、長期賃貸住宅市場の建設を模索しなければならない。「住宅は住むためのものであって、投機のためのもではない」という位置づけを堅持し、不動産業の新たな発展モデルへの平穏な移行を推進しなければならない。
金融リスクを防止・解消し、各方面の責任を徹底させ、地域的・システミックな金融リスクの形成を防止しなければならない。金融行政への中央の統一・集中的指導を強化する。
地方政府の債務リスクを防止・解消し、断固新規債務増加に歯止めをかけ、既存債務を解消しなければならない。
(留意点)
リスクの最重点が不動産であることを明らかにしている。中央財経委員会弁公室責任者は、「不動産業の重要性を十分認識しなければならない・不動産はチェーンが長く、及ぶ範囲が広く、国民経済の支柱産業であり、GDPに占めるウエイトは7%前後であり、建築業を加えると14%を占める。土地譲渡収入と不動産関係税収は地方総合財政力の半分近くを占め、都市住民家庭資産の7割を占め、不動産向け貸出に不動産を担保とする貸出を加えると、全貸出残高の39%を占め、金融安定にとって重要な影響があり、スピルオーバー効果がかなり強く、システム上重要な産業である」と指摘している(新華社北京電2022年12月18日)。
不動産企業の資金繰りを改善することにより、中小不動産企業の再編M&Aを促進するとともに、優良トップ不動産企業が経営破たんして業界全体の危機に発展することを防ごうとするものである。
住宅需要サイドとしては、引き続き投機を防ぎ、地方から都市に転入してきた労働者とその家族(新市民)、及び大学卒業生のハードな住宅需要と、都市住民の改善関連住宅需要が支援対象となる。
また「金融行政への中央の統一・集中的指導を強化する」とあるが、21年10月以降金融分野への反腐敗調査が強化され、人民銀行の副行長・科学技術司長、銀行保険監督管理委員会の地方幹部が次々に拘束・解任されている。今後、金融分野への党の支配を強化するという趣旨であろう。
地方政府の債務は、マクロ・レバレッジ率(政府・企業・家計債務の総和/GDP)の増大の重要な要因となっており、この抑制が引き続き大きな課題となっている。
(6)その他
農村振興を全面推進し、大規模な貧困逆戻りを断固防止しなければならない。
新たな改革の全面深化を計画する。
「一帯一路」共同建設の質の高い発展を推進する。地域重大戦略・協調発展戦略を深く実施する。
経済社会発展のグリーン転換を推進し、炭素排出削減・汚染物質排出削減・グリーン拡大・成長を協同推進して、「美しい中国」を建設しなければならない。
(留意点)
「新たな改革の全面深化を計画する」とあり、2013年党18期3中全会の「改革全面深化」以来10年ぶりに、新たな改革メニューが打ち出される可能性がある。
4.個別政策の手配
我々のような大きな経済体にとっては、経済の平穏な運営の維持は極めて重要である。
①成長・雇用・物価の安定に力を入れ、経済運営を合理的区間に維持しなければならない。
市場主体の需要を軸に施策を行うことを重視し、政策実施方式を整備し、一定期間内の効力性・精確性を増強する。
②改革を不断に深化させ、市場の活力と社会の創造力を更に大きく奮い立たせなければならない。
市場ルールを尊重し、「行政の簡素化・権限の委譲、規制緩和と管理の結合、サービスの最適化」改革を深化させる。各種所有制企業を同一視する。
③実体経済の発展に力を入れ、イノベーションに依拠して新たな動力エネルギーを育成・強大化・発展させなければならない。
伝統産業の改造・グレードアップを推進し、戦略的新興産業と現代サービス業の発展を支援し、大衆による起業・万人によるイノベーションの深い発展を促進し、全社会のイノベーション・創造の潜在能力を最大限度発揮させる。
④国内市場の潜在力を充分発掘し、経済成長に対する内需の牽引作用を高めなければならない。
経済発展と民生の緊急需要を軸に、脆弱部分を補強する重大プロジェクトの建設を推進し、個人消費を制約する不利な要因の解消に力を入れる。金融・地方債務リスクの防止・コントロールを強化し、システミックリスクを発生させない最低ラインをしっかり守る。
⑤対外貿易の規模の安定・構造の最適化を最大程度推進し、外資の残高の安定・新規投資の拡大を最大程度促進しなければならない。
国際経済貿易協力の新たな成長ポイントを育成する。
⑥基本公共サービスを強化し、基本民生の最低ラインをしっかり保障し、社会のパワーを誘導して多元的な供給を増やすことを支援し、民生福祉を引き続き増進しなければならない。
(留意点)
ここが、李克強総理の講話部分と考えられる。マクロ政策では成長・雇用・物価の安定を重視することが明らかにされている。また、改革の不断の深化、各所有制企業の同一視といった政策に変化がないことを確認している。外資については、海外流出せぬよう残高を安定させるとともに、新規外資を呼び込むとしている。リスクとしては金融・地方債務リスクが挙げられている。
(その3 へつづく)