【23-08】2022年中央経済工作会議を読み解く(その3)
2023年01月30日
田中 修(たなか おさむ)氏 :ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員 拓殖大学大学院経済学研究科客員教授
略歴
1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。2019年4月~拓殖大学大学院経済学研究科客員教授。学術博士(東京大学)
主な著書
- 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
- 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
- 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
- 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞) - 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
- 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
- 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
- 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
- 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
- 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
- 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
- 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
- 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
(その2 よりつづき)
5.総括
(1)政策の取組み姿勢
2023年の経済政策の手配・要求を正確に把握し、責任感をもってうまく取り組み、実情を察知して、創造的に貫徹実施にしっかり取り組み、23年の経済発展の主要予期目標の実現に努力し、新たな気概・新たな行動により質の高い発展推進のために新たな成果を収めなければならない。
断固改革を深化させ開放を拡大させて、経済社会発展の動力と活力を不断に増強しなければならない。重大潜在リスクを適切に処理し、経済・金融と社会の大局の安定を擁護しなければならない。
党中央の手配に基づき、疫病の防止・コントロール政策を最適化・調整し、統一・リンクを強化し、秩序立て組織的に実施し、無事に流行期を乗り切り、平穏なフェーズの転換と社会秩序の安定を確保しなければならない。
歳末・年初の各政策をしっかり実施し、市場の供給保障・価格安定を強化し、石炭・電力・石油・ガス・輸送の調節を強化し、大衆の温暖・安全な越冬を確保しなければならない。疫病・災害によって困難に遭遇している大衆と高齢者・弱者・病人・障害者等の特殊な人々の基本生活をしっかり保障し、安全生産対策を強化し、重大特大事故の発生に断固防ぎ歯止めをかける。
(2)幹部の任務
各地方・各部門と各レベル幹部は、思想と行動を第20回党大会精神と経済政策に関する党中央の政策決定・手配に統一させなければならない。
質の高い発展を社会主義現代化国家の全面建設の第一の重要任務とすることを堅持し、中央の重大政策決定・手配の実施メカニズムを整備し、発奮して取り組む精神状態と「常に安心することのない」責任意識で経済政策をしっかり実施しなければならない。
新指導部は新たな気概・新たな積極性により、学習を強化し、エキスパート、リーダーとならなければならない。
実務に真剣に取り組むことを堅持し、真実を求めて実務に励み、形式主義・官僚主義に反対し、科学的・精確に問責を行い、担当者が責任を果たすようにしなければならない。
全党は習近平同志を核心とする党中央の周囲に緊密に団結し、「四つの意識」[1]を増強し、「四つの自信」[2]を確固とし、「二つの擁護」[3]を成し遂げ、一致協力して勇躍前進し、経済社会発展の目標・任務の達成に努力し、社会主義現代化国家の全面建設、中華民族の偉大な復興の全面推進のために新たな貢献を行わなければならない。
(留意点)
ここが李強の講話部分と考えられる。ここでもコロナ対策を「最適化・調整」し、「無事に流行期を乗り切り」、「平穏なフェーズ(段階)の転換と社会秩序の安定を確保」するとしている。また、「断固改革を深化させ開放を拡大」すると、従来の政策に変更がないことを強調している。
おわりに
今回の会議で注目すべき点をいくつか指摘しておきたい。
第1に、今回は指導部交替の過渡期の会議であったということである。
通常の会議では、総書記が重要講話で翌年の政策の大方針・重点を示し、総理が総括講話の中で個別政策を簡単に紹介するという形となっていた。しかし今回は、党中央政治局常務委員は交替したものの、国務院の総理・副総理・国務委員は交替していないため、総括講話を2つに分け、個別政策を李克強総理が担当し、最後の部分を次期総理と目される李強が担当することになった。
習近平総書記の講話部分は、筆者の大見出し整理では、1.~3.が該当する。これは、「側記」が習近平総書記の重要講話として、3.までしか紹介していないことからも明らかである。4.は李克強総理の講話部分であり、この中では、彼の持論である「行政の簡素化・権限の委譲、規制緩和と管理の結合、サービスの最適化」改革の深化、「大衆による起業・万人によるイノベーション」が盛り込まれている。4.が3月の「政府活動報告」の骨子となる。5.は李強の総括講話部分であり、政策への取組み姿勢について語っている。
第2に、コロナ対策の転換を明確にしたことである。
習近平総書記の重要講話では、「6つの統一」の筆頭として、コロナ対策につき、時勢に応じて感染症対策を「最適化」し、「新たな段階」の感染症対策の各措置を真剣に実施するとし、重点対象を高齢者と基礎疾患を患う人々の絞ることとした。「動態的ゼロコロナの堅持」という表現はなくなり、「最適化」「新たな段階」という表現を用いることで、政策の転換を示唆している。
李強の総括講話でも、感染症対策を「最適化・調整」し、無事に流行期を乗り切り、平穏な「フェーズの転換」と社会秩序の安定を確保しなければならないとした。これまで上海市書記としてゼロコロナ政策を進めてきた彼としては、政策の転換を自分でもはっきり示したかったのであろう。
この直後の22年12月20日の国務院常務会議では、感染症対策措置の「最適化・調整」の秩序立った推進・実施に伴い、統一・協調して経済の安定回復の態勢を維持しなければならないとしている。また、「国際協力を強化して、緊急に必要な品を合理的に輸入する」ともしており、今後医薬品・ワクチンの供給確保について国際協力が本格化する可能性もある。
第3に、市場化改革、対外開放、民営企業の発展支援といった、これまでの政策に変更がないことを強調したことである。
習近平総書記の重要講話は、「経済政策における5つの堅持」の3番目で「社会主義基本経済制度を堅持・整備し、社会主義市場経済改革の方向を堅持し、「2つのいささかも揺るぐことなく」を堅持しなければならない」とし、4番目で「ハイレベルの対外開放の推進を堅持しなければならない」とした。
「2つのいささかも揺るぐことなく」は、1)いささかも揺るぐことなく公有制経済を強固にして発展させ、2)いささかも揺るぐことなく非公有制経済の発展を奨励・支援・誘導する、であるが、中国は元々「公有制を主体とする」こととしているので、重要なものは「非公有制経済」の発展支援である。これが打ち出された2002年第16回党大会当時、「民営企業の発展支援」を正面から口にすることはまだ難しかった。
2018年になっても、「民営企業退場論」「民営企業国有化論」は根強く、これを強く否定し、民営企業発展支援を全面的に打ち出したのが、同年11月の民営企業座談会における習近平総書記の重要講話であった。
しかし、その後も20年12月に党中央政治局会議が「資本の無秩序な拡張防止」を強調し、民間大手プラットフォーム企業への取締りが強化され、21年7月の党創立百周年記念大会で、党史における毛沢東と習近平の位置づけに比べ、鄧小平の位置づけが相対的に低下すると、内外から民営企業はおろか改革開放路線・市場経済体制の継続さえ危ぶまれるようになった。特に第20回党大会で、李克強・汪洋・劉鶴といった改革派の重鎮が党中央から去ることが決まると、その懸念はますます強まった。
今回の会議は、習近平指導部第Ⅲ期になっても、主要路線に変更がないことを内外にはっきり明らかにすることが大きな目的であったと思われる。特に、第20回党大会で「習近平一強体制」が確立されたため、経済政策の左傾化に対する内外の懸念を解消するためには、習近平総書記自身が改革開放等従来路線の堅持を明確に語る必要があった。
習近平総書記は、「5つの重大問題」を論ずる際も、3番目に「2つのいささかも揺るぐことなく」を確実に実施するとし、民営経済と民営企業の発展・壮大化を奨励・支援し、民営企業の財産権と企業家の権益を保護する旨を明らかにした。さらに4番目では、外資企業の政府調達・入札・基準制定への平等な参加、知的財産権と外資の合法権益の保護を約束している。また、その他の項目では、新たな改革の全面深化を計画するとした。新たに改革の全面深化が検討されるとすれば、2013年の党18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)以来10年ぶりとなる。逆に、第20回党大会報告では繰り返し言及していた「共同富裕の推進」については、今回は一切語らず、民営企業を暗に批判する「資本の無秩序な拡張・野蛮な生長を防ぐ」という表現も避けている。
今回の習近平総書記による従来路線の継続の強調は、21年の中央経済工作会議における重要講話で、「共同富裕」「資本のコントロール」等5つの重大理論・実践問題につき解説を行い、経済政策の左傾化への内外の疑念の解消を図ったことに続くものである。前回、共同富裕・資本について詳しく解説したため、今回は敢えて言及しなかったということであろう。
続く李克強総理の重要講話も、「改革の不断の深化」、「各種所有制企業の同一視」、「外資の残高の安定・新規投資の拡大」を主張し、李強の講話も「断固改革を深化させ、開放を拡大させて、経済社会発展の動力と活力を不断に増強しなければならない」と改革開放の堅持を強調している。
第4に、財政政策も金融政策も債務増大の回避を優先していることである。
習近平総書記は重要講話における「各政策のポイント」について、財政政策は、支出の強度を強化するとしながらも、中央財政赤字・地方政府特別債・財政による利子補給をうまく組み合わせることにより、投資の重点をインフラ投資から企業の設備投資支援へと誘導し、財政の持続可能性を保障するとともに、地方政府の債務を有効にコントロールしようとしている。
また金融政策も、流動性の合理的充足を維持することが目的であり、M2と社会資金調達規模の伸びを名目成長率と合わせ、対象を小型・零細企業、科学技術イノベーション、グリーン発展に絞ることで、安易な金融緩和を回避しようとしている。
「重大問題」の1番目内需拡大では、「消費の回復・拡大を優先的に位置づけなければならない」と、投資頼みの内需拡大を牽制し、投資についてはプロジェクトへの民間資本の参加を奨励し、政府債務の増大を防いでいる。5番目のリスク防止では、不動産以外に、金融リスクと地方政府の債務リスクの防止・解消を強調しているのである。
このように、安易な財政拡大・金融緩和を回避している背景には、23年の経済に対する楽観的な見方があろう。習近平総書記の重要講話「経済政策の総括」では、「2023年の経済運営は総体として反転・上昇が見込まれる」としている。
これにつき、中央財経委員会弁公室の責任者は、次のように解説している(新華社北京電2022年12月18日)。
「23年の世界経済成長率は顕著に落ち込む可能性があるが、わが国経済は総体として反転・上昇し、独立した向上の軌跡を形成する。
①疫病の防止・コントロール措置の最適化が、経済の回復に重大・積極的影響をもたらし、23年1-6月とりわけ4-6月期の社会生産生活秩序は急速に回復し、経済の活力が急速に発揮すると見込まれる。
②既存の政策と新規政策の相乗効果が発揮される。
22年に既に打ち出して実施した、有効需要を拡大し構造最適化を促進する政策で、継続すべきものは継続し、最適化すべきものは最適化して、政策効果は23年に引き続き顕在化する。23年は、なお実際の必要に基づき新政策・新措置を次々に打ち出さなければならない。既存の政策・新規政策は同方向で力を発揮し、経済の回復・発展を積極促進する。
③ベース効果(昨年の経済のベースが低いことによる成長率の反動上昇効果)。
22年の経済成長率は予期より低く、客観的に22年の経済ベースの相対的低さを生み出しており、23年経済が正常な成長率を回復しさえすれば、ベース効果は23年の経済データに一定のサポートを形成する」。
事実、20年の経済成長率はコロナ流行で2.2%に落ち込んだが、21年は経済が正常化したため、ベース効果により成長率が8.4%に急上昇した。23年1-3月期にコロナ流行がピークアウトすれば、4-6月期以降営業・生産が回復し、ベース効果が現れる。
中国の四半期成長率は先進国の前期比ではなく、前年同期比で計算されるので、特に22年は4-6月期と10-12月期の経済がコロナのリバウンドで落ち込んだため、ベース効果により23年4-6月期と10-12月期の成長率は不自然に高くなる可能性がある。そこに過度な景気刺激策を実施することは危険であり、当面はコロナ対策と経済の正常化・政府債務増大の抑制を優先することとしたのであろう。
第5に、今後注目すべきは、2023年秋の開催と予想される党20期3中全会ということである。
党大会で新指導部が誕生すると、通常翌年秋に党3中全会が開催され、新指導部の経済政策の基本方針が決定される。2013年の党18期3中全会では、改革の全面深化が決定された。ただし、18年は党19期2中全会で憲法改正を議論し、3中全会を2月に前倒しして国家主席・副主席・国務院首脳人事等を議論したため、秋に党中央委員会全体会議を開催することができなかった。
しかし、23年は今のところ憲法改正は予定されておらず、総理も交替するので、新指導部の政策方針を明らかにするため、秋に3中全会が開催される可能性が高い。21年中央経済工作会議・22年第20回党大会・22年中央経済工作会議では、これまでの改革開放・市場経済化・民営経済発展支援政策の堅持が繰り返されてきたが、党20期3中全会決定は、これらの方針を部分的に「上書き」する力がある。
秋の3中全会において、今回の中央経済工作会議で言及された新たな改革全面深化の計画が決定されるのか、あるいは全く異なるテーマが議論されるのか、引き続き注目したい。
(おわり)
1. 政治意識・大局意識・核心意識・一致意識。
2. 中国の特色ある社会主義の道・理論・制度・文化への自信。
3. 習近平総書記の党中央の核心・全党の核心としての地位を擁護し、習近平同志を核心とする党中央の権威と集中・統一的指導を擁護すること。